メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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 月に一度、『白猫』では女装の趣味がある客のためにパーティーを行うのだという。

 集まってくる客は皆ここでのことは外では他言しないという誓約のもとに宴を楽しむ。

 つい先ほどまでは燕尾服か背広姿の紳士たちが、服を脱ぎすて、娼婦たちが用意したドレスをまとい化粧をするのだ。

「そっちを引っぱって」

 言われたとおりにコンスタンスはコルセットの紐の片方を引っぱる。ここ数年、女性の身体をしめつけるコルセットは消えつつあるが、今回は伝統を重んじたようだ。

 しめつけた身体に緑色のドレスをまとい、貴婦人用の靴をはかせるが、一番大きいものでもきつそうだ。化粧をほどこし、アクセサリーを選び、鬘をつける。最後に香水をひと吹き。立派な貴婦人ができあがる。

 コンスタンスは終始呆然としてその様子を見守っていた。

 今までにも耳を疑うような趣味を持つ客の話は娼婦たちのお喋りから聞いていたが、これはコンスタンスの想像を超えていた。

「お綺麗ですよ、マリアンヌ様」 声はやはり男性のものだ。

「あら、そう? 嬉しいわ。あなたもとってもきれいよ、カミーユ」

 口調まで女性的になった〝マリアンヌ〟はそう言ってカミーユと笑いあっている。つい先ほど玄関先でちらりと見た男の姿がまだ記憶に生々しくのこっているコンスタンスには目の前のその

〝レディ〟が奇妙な動物のように思えてくる。

「じゃ、行きましょうか。私たちが一番乗りね」

 廊下に出ると、別の部屋のドアのはざまから、他にもそういう客たちの身づくろいの声が聞こえてくる。

「ねぇ、そっちの鬘を取って」

「このイヤリングはどうかしら?」

「ルージュをもっと強く」

 まるで初めての舞踏会をまえに舞い上がっている少女たちのように、和気あいあい、楽しげな声が廊下にこだましているのだ。

 コンスタンスはただ、ただ、呆然としていた。ほんとうに自分は異世界へ迷いこんでしまったようだ。
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