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十
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「まぁ、本当にそいつが父親かどうかはわからないがね」
苦笑まじりのカルロスの言葉は、実はコンスタンスも思ってしまったことだ。
「とにかく……、幸せにやっているのね」
「まぁ、結婚したとしても実家のこともあるし、子どもができたらできたで金がまたかかるから、仕事はやっぱりつづけるだろうな」
「え、つづけるの?」
カルロスの言葉にコンスタンスは呆然となってしまう。
結婚して子どもを産んだらいいお母さんになって、主婦業に専念するものだと思い込んでいたのだ。
「なに驚いているんだよ? 世のなかには子持ちの娼婦なんてごまんといるよ」
「そ、そんなことして、相手の男人は怒らないの?」
「世のなかにはヒモや夫のいる娼婦なんてのもごまんといるんだよ。で、その娼婦の稼いだ金で生活している男もね」
コンスタンスには信じられない話だが、まえにソフィーから聞いた、結婚したらキクが働くことになるという話や、エマのことが頭によぎった。エマはどういうやりかたで家を支えていたのか、コンスタンスはあまり考えたくなかった。
「さて、広間でもう少し過ごすか。あの劇場支配人に取り入って役をもらおうと思っていたんだがね……」
カルロスのあとにつづいてコンスタンスも廊下を歩いていくと、長椅子のうえにある黒い物に目を引かれた。
「おや、これ、あいつが忘れていったんじゃないか?」
緋色の天鵞絨ばりの椅子のうえに黒い背表紙の本。先ほどクリスチャンが読んでいたものだ。おそらく後でまた椅子に戻るつもりだったのだろうが、ルイに声をかけられてあわてて帰ってしまったのだ。
「娼館に来てまで本を読んでいるなんて、いかにもあいつらしいな」
やれやれ、というふうにカルロスが本を手に取る。
「それ、わたしが預かっておくわ。今度来たとき、返すから」
なぜか焦ってコンスタンスはそんなことを言っていた。
苦笑まじりのカルロスの言葉は、実はコンスタンスも思ってしまったことだ。
「とにかく……、幸せにやっているのね」
「まぁ、結婚したとしても実家のこともあるし、子どもができたらできたで金がまたかかるから、仕事はやっぱりつづけるだろうな」
「え、つづけるの?」
カルロスの言葉にコンスタンスは呆然となってしまう。
結婚して子どもを産んだらいいお母さんになって、主婦業に専念するものだと思い込んでいたのだ。
「なに驚いているんだよ? 世のなかには子持ちの娼婦なんてごまんといるよ」
「そ、そんなことして、相手の男人は怒らないの?」
「世のなかにはヒモや夫のいる娼婦なんてのもごまんといるんだよ。で、その娼婦の稼いだ金で生活している男もね」
コンスタンスには信じられない話だが、まえにソフィーから聞いた、結婚したらキクが働くことになるという話や、エマのことが頭によぎった。エマはどういうやりかたで家を支えていたのか、コンスタンスはあまり考えたくなかった。
「さて、広間でもう少し過ごすか。あの劇場支配人に取り入って役をもらおうと思っていたんだがね……」
カルロスのあとにつづいてコンスタンスも廊下を歩いていくと、長椅子のうえにある黒い物に目を引かれた。
「おや、これ、あいつが忘れていったんじゃないか?」
緋色の天鵞絨ばりの椅子のうえに黒い背表紙の本。先ほどクリスチャンが読んでいたものだ。おそらく後でまた椅子に戻るつもりだったのだろうが、ルイに声をかけられてあわてて帰ってしまったのだ。
「娼館に来てまで本を読んでいるなんて、いかにもあいつらしいな」
やれやれ、というふうにカルロスが本を手に取る。
「それ、わたしが預かっておくわ。今度来たとき、返すから」
なぜか焦ってコンスタンスはそんなことを言っていた。
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