メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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 キクの事情を知っているのだろうか。コンスタンスは気になったが、背後にいるルイの目をおもんぱかって今はそのことは口に出すのはやめた。

「あ、ほら、お客が待っているよ」

「お客じゃないわよ。彼は刑事さんよ」

 一瞬、カルロスはぎょっとした顔になった。

「え……、ということは、風紀取り締まり警察?」

 警戒を浮かべてルイを見るカルロスに、ルイは軽く手を振った。

「いや、今回は別の件で。じゃ、コンスタンス、今夜は帰るから、また。くれぐれも気をつけて」

「え、ええ。また」

 軽く別れの挨拶を交わしてルイは館を出て行く。彼が消えた途端、コンスタンスはカルロスに言わずにいられなかった。

「キクのこと知っているの?」

「キク? 今夜は見ていないなぁ」

 空とぼけるようにカルロスは言う。

「……具合が悪くて休んでいるのよ」

 風邪をひいて熱を出していると聞かされているが、事実は違うはず。コンスタンスは、つい恨みがましい目でカルロスを見ていた。

「あれからこっちも大変だったよ。マダムは逮捕されて……まぁ、釈放されたけれどね。聞いているかもしれないけれど、今はべつの場所で小さく商売しているよ」

「あんなことがあってもそういう仕事を続けるのね」

「はははは。こういう商売に染まってしまったら、もう脱け出せないさ」 

 何気なく言ったのだろうが、カルロスのその言葉はコンスタンスの胸に、ざくり、と釘のように突き刺さる。

「それで、君も新しい職場をさがしてここへ来たのかい?」

「……ここのマダムが、わたし母と昔馴染みだったのよ。その縁で行く所のないわたしを雇ってくれたの」

 コンスタンスは簡単に事情を説明してから、ふと、あることが気になって訊いていた。

「もしかたら、あなたがクリスチャンを連れてきたっていう友人なの?」

 カルロスは微妙な笑みを浮かべた。

「クリスチャン? 友人……の友人かな。どうやら、あいつ、帰っちまったようだな」

 カルロスは廊下を見わたして呟いた。

「役者仲間にたのまれてね。こういう遊びを少し教えてやって欲しいと。そうしたら根性もつくんじゃないかって」
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