メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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 事実である。娼館では人種のちがう娼婦はそれだけで売れるのだ。

「それで、あんたはあの肌の黄色い猿娘に夢中ですもんね。この誇りたかきパリジェンヌの私を袖にして」

「おいおい」

「いいわよ、今日あたりの客なんてどうでも。私がその気になったら、いくらで新しい客がつかまえられるだから」

「アントワネット、しっかりしろよ、ほら。しばらく部屋で休むかい?」

「ちょっと……ごめん。吐きそう」

 そう言うとアントワネットは気分が悪くなったのか足早で立ち去った。

「しょうがないなぁ、酔っ払いは」

 そう言って彼が振り向いた瞬間、コンスタンスは息を飲んだ。

「……カルロス!」




「な、なんで、あなたがここにいるのよ!」

「それはこっちの台詞だよ。なんで君がここにいるんだよ!」

 廊下に出たコンスタンスはカルロス・オベールと向かいあって叫んでいた。向こうもかなりびっくりしている。

 広間にいたときは背中しか見えず、また芝居の真似で声をつくっていたので気づかなかったが、そこにいたのはあの夜の街で偶然出会い、マダム・オベールの館へと自分を連れて行ったカルロス・オベールだった。

「見たらわかるでしょう? メイドをやっているのよ」

 コンスタンスは今回もエプロンの裾をひろげ、メイドの粗末なお仕着せを、女王の紫衣のごとく堂々と見せる。

「それよりも、あなた、なんでピエールっていう名なの?」

「芸名なんだよ」

 カルロスの黒ずんだ目はクリスチャンの澄んだ黒水晶の瞳ともマダム・オベールの妖しいブラックオニキスの瞳とも違うが、ふしぎと魅惑的に光っている。

「僕は役者の卵なんだよ」

 カルロスは胸をそらした。

 役者の卵と聞いて、コンスタンスは直観した。

「そう言って、キクのこと騙しているのね」
 
 彼がキクの想い人だったのだ。 

「心外だな」
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