メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
48 / 96

しおりを挟む
「な、なんて……」

 失礼な、ひどい、と叫びたいが、言葉が出てこない。

 コンスタンスは今更ながらに思い出した。そうだ。ここはメゾン・クローズ、娼館なのだ。ここにいる女たちはそれを生業としているのだ。そしてコンスタンスも今はまだメイドだが、やがては娼婦として、ルイの言うとおり客を取る日が来るのだ。

(だからって、まさかルイがこんな言い方するなんて。……友達だと思っていたのに)

 しかし考えてみれば、ルイとの友情は、あくまでもエマ殺しの犯人を捕まえるまでの同盟のようなものだ。真実の友人というわけではない。

 コンスタンスの無言に、さすがにルイは無神経なことを言ってしまったと気づいたようだ。

「いや、すまない、そんなつもりじゃ」

 彼がそう言いかけたとき、廊下に靴音が響いてきた。

「ねぇ、今夜は私と遊びましょうよ」
 
 聞こえてきた声はアントワネットだ。

「いやぁー、遊びたいのはやまやまだけれど、金が無くてね」

 咄嗟にコンスタンスとルイはふたたび観葉植物の影にかくれていた。

「いいわよ、今夜は私のおごりよ」

 アントワネットは酔っているようだ。

「駄目だよ、アントワネット。そんなこと言っていたら借金返せないだろう?」

「なによ、借金なんて。このアントワネット様にかかったら、そんなものすぐ払えるわよ。私には大口の客がいるんだから」

「といっても君、今夜の上客、逃してしまったじゃないか。あの劇場支配人、オーレリィーと二階へ行っちまったよ」

「ふん! あんなの、こっちから願いさげよ!」

「あの実業家は、カミーユにご執心のようで、作家先生はギリシャの女の子に興味があるみたいで、子爵家の坊やはベルのような肌の黒い女がお好みときている」

 男はおどけるように言う。コンスタンスは首の後ろが痒くなった。声に聞き覚えがあるような……。

「なんで、あんなギニアの雌猿がいいのかしら」

 辺りに悪い酒の匂いがただよってきそうだ。

「そりゃ、外の世界じゃめったに黒人や東洋人は抱けないからね。やっぱり珍しいものには手が出るよ。珍味を欲するのは人間の常さ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

野槌は村を包囲する

川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。 村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

伝説の刀鍛冶が包丁を打った理由

武藤勇城
歴史・時代
戦国時代。 それは、多くの大名が日本各地で名乗りを上げ、一国一城の主となり、天下の覇権を握ろうと競い合った時代。 一介の素浪人が機に乗じ、また大名に見出され、下剋上を果たした例も多かった。 その各地の武将・大名を裏で支えた人々がいる。 鍛冶師である。 これは、戦国の世で名刀を打ち続けた一人の刀鍛冶の物語―――。 2022/5/1~5日 毎日20時更新 全5話 10000文字 小説にルビを付けると文字数が変わってしまうため、難読・特殊な読み方をするもの・固有名詞など以下一覧にしておきます。 煤 すす 兵 つわもの 有明 ありあけ 然し しかし 案山子 かかし 軈て やがて 厠 かわや 行燈 あんどん 朝餉 あさげ(あさごはん) 褌 ふんどし 為人 ひととなり 元服 (げんぷく)じゅうにさい

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

下級武士の名の残し方 ~江戸時代の自分史 大友興廃記物語~

黒井丸
歴史・時代
~本作は『大友興廃記』という実在の軍記をもとに、書かれた内容をパズルのように史実に組みこんで作者の一生を創作した時代小説です~  武士の親族として伊勢 津藩に仕える杉谷宗重は武士の至上目的である『家名を残す』ために悩んでいた。  大名と違い、身分の不安定な下級武士ではいつ家が消えてもおかしくない。  そのため『平家物語』などの軍記を書く事で家の由緒を残そうとするがうまくいかない。  方と呼ばれる王道を書けば民衆は喜ぶが、虚飾で得た名声は却って名を汚す事になるだろう。  しかし、正しい事を書いても見向きもされない。  そこで、彼の旧主で豊後佐伯の領主だった佐伯權之助は一計を思いつく。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

ふたりの旅路

三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。 志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。 無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。

処理中です...