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六
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「な、なんて……」
失礼な、ひどい、と叫びたいが、言葉が出てこない。
コンスタンスは今更ながらに思い出した。そうだ。ここはメゾン・クローズ、娼館なのだ。ここにいる女たちはそれを生業としているのだ。そしてコンスタンスも今はまだメイドだが、やがては娼婦として、ルイの言うとおり客を取る日が来るのだ。
(だからって、まさかルイがこんな言い方するなんて。……友達だと思っていたのに)
しかし考えてみれば、ルイとの友情は、あくまでもエマ殺しの犯人を捕まえるまでの同盟のようなものだ。真実の友人というわけではない。
コンスタンスの無言に、さすがにルイは無神経なことを言ってしまったと気づいたようだ。
「いや、すまない、そんなつもりじゃ」
彼がそう言いかけたとき、廊下に靴音が響いてきた。
「ねぇ、今夜は私と遊びましょうよ」
聞こえてきた声はアントワネットだ。
「いやぁー、遊びたいのはやまやまだけれど、金が無くてね」
咄嗟にコンスタンスとルイはふたたび観葉植物の影にかくれていた。
「いいわよ、今夜は私のおごりよ」
アントワネットは酔っているようだ。
「駄目だよ、アントワネット。そんなこと言っていたら借金返せないだろう?」
「なによ、借金なんて。このアントワネット様にかかったら、そんなものすぐ払えるわよ。私には大口の客がいるんだから」
「といっても君、今夜の上客、逃してしまったじゃないか。あの劇場支配人、オーレリィーと二階へ行っちまったよ」
「ふん! あんなの、こっちから願いさげよ!」
「あの実業家は、カミーユにご執心のようで、作家先生はギリシャの女の子に興味があるみたいで、子爵家の坊やはベルのような肌の黒い女がお好みときている」
男はおどけるように言う。コンスタンスは首の後ろが痒くなった。声に聞き覚えがあるような……。
「なんで、あんなギニアの雌猿がいいのかしら」
辺りに悪い酒の匂いがただよってきそうだ。
「そりゃ、外の世界じゃめったに黒人や東洋人は抱けないからね。やっぱり珍しいものには手が出るよ。珍味を欲するのは人間の常さ」
失礼な、ひどい、と叫びたいが、言葉が出てこない。
コンスタンスは今更ながらに思い出した。そうだ。ここはメゾン・クローズ、娼館なのだ。ここにいる女たちはそれを生業としているのだ。そしてコンスタンスも今はまだメイドだが、やがては娼婦として、ルイの言うとおり客を取る日が来るのだ。
(だからって、まさかルイがこんな言い方するなんて。……友達だと思っていたのに)
しかし考えてみれば、ルイとの友情は、あくまでもエマ殺しの犯人を捕まえるまでの同盟のようなものだ。真実の友人というわけではない。
コンスタンスの無言に、さすがにルイは無神経なことを言ってしまったと気づいたようだ。
「いや、すまない、そんなつもりじゃ」
彼がそう言いかけたとき、廊下に靴音が響いてきた。
「ねぇ、今夜は私と遊びましょうよ」
聞こえてきた声はアントワネットだ。
「いやぁー、遊びたいのはやまやまだけれど、金が無くてね」
咄嗟にコンスタンスとルイはふたたび観葉植物の影にかくれていた。
「いいわよ、今夜は私のおごりよ」
アントワネットは酔っているようだ。
「駄目だよ、アントワネット。そんなこと言っていたら借金返せないだろう?」
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男はおどけるように言う。コンスタンスは首の後ろが痒くなった。声に聞き覚えがあるような……。
「なんで、あんなギニアの雌猿がいいのかしら」
辺りに悪い酒の匂いがただよってきそうだ。
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