メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
41 / 96

しおりを挟む
「うちなんていい方だよ。もっと厳しい所なんて、それこそ五倍から八倍の値をつけるんだから。具合が悪くて休んだら罰金を取る店だってあるんだよ」

 つくづく悲惨である。

 そうして娼館独特の経済機構に翻弄されているうちに女たちは若さや健康を失っていく。しかし借金は残り、あまり売上げが悪いと店主によって格下の二流、三流の娼館に払い下げられることもあるという。さらにそこでも売れなくなると、今度はさらに安いショートの店に売られたり、田舎の売春宿に送られたりすることもある。そこまでいくと、女の値段はもはや一杯の酒と同じであり、その売りかたも物扱いで、客は安酒一杯ぶんの金を払って順番の番号札を手に並ぶのだそうだ。

 聞いていてコンスタンスは血の気が引きそうになった。

「ひどい話だよ。一日十二時間はたらいて、五十人以上の客の相手をするっていうんだから」

 いくらなんでもそれはあり得ないだろう。作り話とは思うがソフィーの顔は真面目だった。

「最高で七十人の相手するっていう話も聞いたよ」 

 コンスタンスはもはや反論を控えた。下手に反論して、ソフィーから詳しい話を聞くのが怖いのだ。

 それでも屋根があるうちはまだましで、とうとうどうにもならなくなると、路上でその日のパンを得るために浮浪者同然の男たちに道の片隅で足をひろげる羽目になり、やがては野垂れ死にである。

 実際に、そういう連中があつまる路地もあれば、道の片隅でうずくまったまま死んでいる襤褸ぼろをまとった老娼婦なども、パリのみならず地方でも珍しくはない。

「だからこそ、いい客をつかまえればいいんだよ。金払いのいい客をものにするんだね。うまくやれば借金を払い終わって若いうちに出れるし、さらにうまくやればアパルトマンのひとつでもプレゼントしてもらえるよ。子どもの一人でも生んで金をもらうっていうのもありかもね。キクは馬鹿だよ。どうせはらむなら、ちゃんとした客の男を孕めばよかったもんを。堕ろすにしても産むにしてもそれなりのことをしてくれる客をつかまえときゃ良かったんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

野槌は村を包囲する

川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。 村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

河越夜戦 〜相模の獅子・北条新九郎氏康は、今川・武田連合軍と関東諸侯同盟軍八万に、いかに立ち向かったのか〜

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 今は昔、戦国の世の物語―― 父・北条氏綱の死により、北条家の家督を継いだ北条新九郎氏康は、かつてない危機に直面していた。 領国の南、駿河・河東(駿河東部地方)では海道一の弓取り・今川義元と、甲斐の虎・武田晴信の連合軍が侵略を開始し、領国の北、武蔵・河越城は関東管領・山内上杉憲政と、扇谷上杉朝定の「両上杉」の率いる八万の関東諸侯同盟軍に包囲されていた。 関東管領の山内上杉と、扇谷上杉という関東の足利幕府の名門の「双つの杉」を倒す夢を祖父の代から受け継いだ、相模の獅子・北条新九郎氏康の奮戦がはじまる。

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

アドリアンシリーズ

ひまえび
歴史・時代
歴史ファンタジーです。1350年ジョチ・ウルスの遊牧民としてアドリアンは誕生します。成長したアドリアンはティムール帝国を滅ぼし、ジョチ・ウルスを統一します。

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

処理中です...