メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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「う、産んじゃ駄目なの?」

 ソフィーは考え込むような顔になった。

「余裕があればねぇ。キクは稼ぎは悪くないけれど借金が大きいからね。今子どもを産むとなると仕事しづらくなるし、里子に出すにしても養育費がかかるし」

 今ではもうすたれたが、ひと昔前までパリでは子どもを里子に出して乳母に育てさせるという習慣があり、富裕層の主婦から街の女工まで、産んだ子はたいてい他人にあずけて育てさせていた。それはあたりまえの習慣だった。

「娼館では四歳以上の子は置いておけないと法律でも決まっているからね。学校やるにしても金がかかるし。最悪、棄児きじ院か孤児院行きだよ」

 捨て子はパリでは珍しくない。ルイ十六世の時代からあちこちに捨て子を入れるための回転箱が設置されており、現在は批判もあって減少し、子を捨てる場合は遺棄事務所で住所氏名を報告することが義務づけられているが、当然それを嫌がる女性もおおく、こっそり街角に捨てられてしまう例もおおい。

 そういった合法、非合法に捨てられた赤ん坊は棄児院に預けられ、学童期になると孤児院に行くことになる。棄児院や孤児院がどういう場所なのかコンスタンスは知るよしもないが、そこではけっして幸福な子ども時代を送れないことは想像つく。

「それに、」

 ソフィーは言葉をいったん切った。

「東洋人の娼婦の子なんて……どのみち苦労するだけだよ。苦労するために生まれてくるようなもんじゃないか」

 ソフィーの濁った黒目はかすかに潤んで見える。思えば彼女もロマの血を引いているという噂だから、苦労もいろいろあったのだろう。

 公園のお祭りや、芝居小屋ではいくらもてはやされても、いったん街を歩けば、どうあっても彼らは迫害視される。いや、ロマにかぎらず、東洋人にしても黒人にしても、この街では異人種なのだ。思えば芝居の舞台や娼館などのように特殊な区切られた世界は、彼らにとって存在を認められるわずかな場所なのかもしれない。

 しかし今のコンスタンスは、異人種の彼らに同情するよりもなによりも、とうとう自分も異人種の側に見られる方へ来てしまったという恐怖感の方が強かった。
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