メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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「ご苦労様。ありがとう」

 紙箱をわたすとキクはホッとしたような顔になった。

「……ね、それって何なの?」

 問うとキクは困った顔になった。

「ちょっと失敗しちゃったらしいのよ」

 数秒考え込んで、コンスタンスは気づいた。思えば、二日前、医者が診察に来ていた。娼館では月二回は医者の診察を受けることが義務づけられている。

「病気をもらっちゃったの?」

 ついコンスタンスは怯えた顔になっていた。娼婦がかかる病気があるということはコンスタンスでも知っている。が、キクは首を振る。

「病気じゃないんだけれど……」

 キクは憂鬱そうに呟く。

 やっとコンスタンスにもわかった。

(赤ちゃんが出来たんだわ)

 わかった瞬間、コンスタンスは頭のなかが真っ白になった。

 その後、キクとどういう会話を交わしたかはおぼろだが、コンスタンスはぼんやりしながら階段をおりていった。

(赤ちゃんが出来たんだ。出来た赤ちゃんは……どうするの?)

 そんなことを考えていた。

 お腹のなかに赤ちゃんが出来たら、……たしか十カ月ぐらいたって生まれるはずだ。それぐらいはコンスタンスでも知っている。いや、いま二ヶ月ぐらいならあと八ヶ月か。 




「そりゃ、始末するしかないさ」

 あっさりと、ソフィーは木べらで鍋をかきまわしながらそう言った。まるで、今夜の豆は煮たりなかったかねぇ、とぼやくように。

「し、始末って」

「しっ! 絶対外では言うんじゃないよ」

 厨房にはソフィーとコンスタンスだけだ。

「しょうがないだろう。産めばまた金がかかるんだし」

「で、でも、それって、犯罪なんじゃ……」

 言うのも恐ろしいが、コンスタンスは言わずにいられなかった。

「だから絶対ここ以外では言うんじゃないよ」

 コンスタンスは足が震えそうになった。

 中絶は重犯罪である。見つかれば妊婦はもちろん医者も罰せられる。だが、どうしてもそれを望む、いや必要な女性がいるのも事実で、裏ではモグリの医者に処置をたのんだり、そういった薬を購入して処置する。当然、危険であり、命にかかわることもあるが、それでもそういう状況に置かれた女たちにとってはそれしかほかに道がないのだから仕方ないのだ、とソフィーが口早に説明した。
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