メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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 何か言わねば、とコンスタンスは思うのだが、口が動かない。

「嫌なこと言うけれど、あんたにはけっこう貸しもあるのよ。今すぐとは言わないけれど、返していってもらわないと」

 ガブリエルの碧の瞳には同情がこもっているが、それだけではない打算の光もきらめく。

「それって、復讐ですか?」

 ふと、コンスタンスのなかで、ほのかな怒りが燃えた。

「何言っているの?」

 ガブリエルはさも驚いたというふうに目を見張る。しかしコンスタンスのなかで爆ぜる怒りはおさまらない。
コンスタンスにはこういう所があるのだ。

 自分でも自覚しているが、腹が立つとおさまらない。そしてガブリエルは、思えばエマ殺しの一番の容疑者なのだ。

「かつての競争相手への復讐に、その娘の私を苛めたいんですか?」

「なんてことを言うの」

 咄嗟に、ガブリエルはコンスタンスではなく、テーブルの隅のキャロルを睨んだ。キャロルは顔をすくめる。

「馬鹿ねぇ。私がエマの娘を苛めるわけがないじゃない。エマと私は……そりゃ売れっ娘の座を争って競争していたけれど、親友でもあったのよ。あんたをここへ呼んだのは、借金のことを聞いていたから、なんとかしてあげようと思ってのことよ。下手したらあんた、外国へ売り飛ばされていたのかもしれないのよ」

 さすがにコンスタンスは黙ってしまう。そういうことも世間にはあると聞いていたが、想像すると恐ろしい。

「外国では若いフランス人の女は高値で売れるのよ。フランス人娼婦というのはどこへ行ってもひっぱりだこなんだから。あんた植民地へ行って稼ぐ方がいい?」

「そ、それは……」

 コンスタンスの声は消え入りそうになってしまった。

「それは嫌でしょう? それぐらいなら、この店で金持ち客をつかまえなさいよ。あんただったら借金なんてすぐ払えるわ」

 悔しいが、ここはいったん退いた。その代わりコンスタンスは別のことを口にしていた。

「……あの、エマは、いえ、母は、辞めてからもこの店へ来ることはあったんですか?」

 一瞬、ガブリエルはふしぎそうな顔になったが答えてくれた。
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