33 / 96
七
しおりを挟む
何か言わねば、とコンスタンスは思うのだが、口が動かない。
「嫌なこと言うけれど、あんたにはけっこう貸しもあるのよ。今すぐとは言わないけれど、返していってもらわないと」
ガブリエルの碧の瞳には同情がこもっているが、それだけではない打算の光もきらめく。
「それって、復讐ですか?」
ふと、コンスタンスのなかで、ほのかな怒りが燃えた。
「何言っているの?」
ガブリエルはさも驚いたというふうに目を見張る。しかしコンスタンスのなかで爆ぜる怒りはおさまらない。
コンスタンスにはこういう所があるのだ。
自分でも自覚しているが、腹が立つとおさまらない。そしてガブリエルは、思えばエマ殺しの一番の容疑者なのだ。
「かつての競争相手への復讐に、その娘の私を苛めたいんですか?」
「なんてことを言うの」
咄嗟に、ガブリエルはコンスタンスではなく、テーブルの隅のキャロルを睨んだ。キャロルは顔をすくめる。
「馬鹿ねぇ。私がエマの娘を苛めるわけがないじゃない。エマと私は……そりゃ売れっ娘の座を争って競争していたけれど、親友でもあったのよ。あんたをここへ呼んだのは、借金のことを聞いていたから、なんとかしてあげようと思ってのことよ。下手したらあんた、外国へ売り飛ばされていたのかもしれないのよ」
さすがにコンスタンスは黙ってしまう。そういうことも世間にはあると聞いていたが、想像すると恐ろしい。
「外国では若いフランス人の女は高値で売れるのよ。フランス人娼婦というのはどこへ行ってもひっぱりだこなんだから。あんた植民地へ行って稼ぐ方がいい?」
「そ、それは……」
コンスタンスの声は消え入りそうになってしまった。
「それは嫌でしょう? それぐらいなら、この店で金持ち客をつかまえなさいよ。あんただったら借金なんてすぐ払えるわ」
悔しいが、ここはいったん退いた。その代わりコンスタンスは別のことを口にしていた。
「……あの、エマは、いえ、母は、辞めてからもこの店へ来ることはあったんですか?」
一瞬、ガブリエルはふしぎそうな顔になったが答えてくれた。
「嫌なこと言うけれど、あんたにはけっこう貸しもあるのよ。今すぐとは言わないけれど、返していってもらわないと」
ガブリエルの碧の瞳には同情がこもっているが、それだけではない打算の光もきらめく。
「それって、復讐ですか?」
ふと、コンスタンスのなかで、ほのかな怒りが燃えた。
「何言っているの?」
ガブリエルはさも驚いたというふうに目を見張る。しかしコンスタンスのなかで爆ぜる怒りはおさまらない。
コンスタンスにはこういう所があるのだ。
自分でも自覚しているが、腹が立つとおさまらない。そしてガブリエルは、思えばエマ殺しの一番の容疑者なのだ。
「かつての競争相手への復讐に、その娘の私を苛めたいんですか?」
「なんてことを言うの」
咄嗟に、ガブリエルはコンスタンスではなく、テーブルの隅のキャロルを睨んだ。キャロルは顔をすくめる。
「馬鹿ねぇ。私がエマの娘を苛めるわけがないじゃない。エマと私は……そりゃ売れっ娘の座を争って競争していたけれど、親友でもあったのよ。あんたをここへ呼んだのは、借金のことを聞いていたから、なんとかしてあげようと思ってのことよ。下手したらあんた、外国へ売り飛ばされていたのかもしれないのよ」
さすがにコンスタンスは黙ってしまう。そういうことも世間にはあると聞いていたが、想像すると恐ろしい。
「外国では若いフランス人の女は高値で売れるのよ。フランス人娼婦というのはどこへ行ってもひっぱりだこなんだから。あんた植民地へ行って稼ぐ方がいい?」
「そ、それは……」
コンスタンスの声は消え入りそうになってしまった。
「それは嫌でしょう? それぐらいなら、この店で金持ち客をつかまえなさいよ。あんただったら借金なんてすぐ払えるわ」
悔しいが、ここはいったん退いた。その代わりコンスタンスは別のことを口にしていた。
「……あの、エマは、いえ、母は、辞めてからもこの店へ来ることはあったんですか?」
一瞬、ガブリエルはふしぎそうな顔になったが答えてくれた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

野槌は村を包囲する
川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。
村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
河越夜戦 〜相模の獅子・北条新九郎氏康は、今川・武田連合軍と関東諸侯同盟軍八万に、いかに立ち向かったのか〜
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
今は昔、戦国の世の物語――
父・北条氏綱の死により、北条家の家督を継いだ北条新九郎氏康は、かつてない危機に直面していた。
領国の南、駿河・河東(駿河東部地方)では海道一の弓取り・今川義元と、甲斐の虎・武田晴信の連合軍が侵略を開始し、領国の北、武蔵・河越城は関東管領・山内上杉憲政と、扇谷上杉朝定の「両上杉」の率いる八万の関東諸侯同盟軍に包囲されていた。
関東管領の山内上杉と、扇谷上杉という関東の足利幕府の名門の「双つの杉」を倒す夢を祖父の代から受け継いだ、相模の獅子・北条新九郎氏康の奮戦がはじまる。
下級武士の名の残し方 ~江戸時代の自分史 大友興廃記物語~
黒井丸
歴史・時代
~本作は『大友興廃記』という実在の軍記をもとに、書かれた内容をパズルのように史実に組みこんで作者の一生を創作した時代小説です~
武士の親族として伊勢 津藩に仕える杉谷宗重は武士の至上目的である『家名を残す』ために悩んでいた。
大名と違い、身分の不安定な下級武士ではいつ家が消えてもおかしくない。
そのため『平家物語』などの軍記を書く事で家の由緒を残そうとするがうまくいかない。
方と呼ばれる王道を書けば民衆は喜ぶが、虚飾で得た名声は却って名を汚す事になるだろう。
しかし、正しい事を書いても見向きもされない。
そこで、彼の旧主で豊後佐伯の領主だった佐伯權之助は一計を思いつく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる