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(結局……やっぱりこういうことになるの?)
実の母であるエマも失踪した父も、コンスタンスを売ろうとした。そうするしか他にもう生きる道が、生活手段がないからだ。両親の感覚ではコンスタンスに売り子や女工、メイドをさせるよりは、まだ金持ちのパトロンを見つくろうか、一流娼館で働かせる方がましだと思えたのだろう。というより、それしかコンスタンスが生きる道はないと思っていたのかもしれない。
「あたしがあんたの親なら、やっぱりこういう店で働く方をすすめるね」
コンスタンスの考えを読んだかのようにキャロルがそんなことを言う。
「考えてもごらんよ、工場でまる一日働いたってもらえる金なんてごくわずかだよ。借金を返すどころか食べていくのがやっという生活を続けるより、こういう店で酒飲んでドレス着て、洒落た会話を楽しんで生きる方がずっとましさ」
ソフィーもうなずく。
「工場で働いていても、結局男に身を売るようになる女なんてごまんといるよ。そんなときの相手なんて、周りの労働者か、成金の小金持ちぐらいだ」
娼婦がいやだからといって堅気の労働者になったところで、女が、それも若く美しい女が操を守りぬくのは難しい世の中だ。世界の花の都パリには誘惑の陥穽はいたるところにある。まして親もいないコンスタンスがこの先一人で純潔をまもって生き抜くのは、どう考えても無理だと二人とも言うのである。
実際、メゾンクローズに働きに来る女たちのなかには、最初は真面目に普通の仕事をしていても、いつの間にか金や物とひきかえに身近な男と寝るような関係になってしまい、それぐらいなら本職の娼婦になったほうがましだと思って来る娘もいるという。
「ここじゃ、貴族の旦那が持てるんだよ。あんたは恵まれているんだよ」
「な、なんでわたしが恵まれているのよ」
人の気も知らずに、と涙ぐみそうになりながら言い返そうとするコンスタンスにキャロルは笑った。
「だって、あんた鏡を見てごらんよ。あんたは飛びぬけて別嬪じゃないか?」
これにはコンスタンスは沈黙してしまった。言われたことがあまりに意外で、どう返していいのかわからない。
「鳶色の髪も目も魅力的だし、身体付きも素晴らしい。あと二、三年もすれば出会う男が皆あんたを追いかけるようになるさ。あんたは、気づいていないだろうけれど、娼婦として最高の資本を持っているんだよ。あんたが娼婦になれば、まちがいなく『白猫』一番の売れっ娘になるのは間違いなしだね」
値踏みするような目をキャロルは向けてくる。
実の母であるエマも失踪した父も、コンスタンスを売ろうとした。そうするしか他にもう生きる道が、生活手段がないからだ。両親の感覚ではコンスタンスに売り子や女工、メイドをさせるよりは、まだ金持ちのパトロンを見つくろうか、一流娼館で働かせる方がましだと思えたのだろう。というより、それしかコンスタンスが生きる道はないと思っていたのかもしれない。
「あたしがあんたの親なら、やっぱりこういう店で働く方をすすめるね」
コンスタンスの考えを読んだかのようにキャロルがそんなことを言う。
「考えてもごらんよ、工場でまる一日働いたってもらえる金なんてごくわずかだよ。借金を返すどころか食べていくのがやっという生活を続けるより、こういう店で酒飲んでドレス着て、洒落た会話を楽しんで生きる方がずっとましさ」
ソフィーもうなずく。
「工場で働いていても、結局男に身を売るようになる女なんてごまんといるよ。そんなときの相手なんて、周りの労働者か、成金の小金持ちぐらいだ」
娼婦がいやだからといって堅気の労働者になったところで、女が、それも若く美しい女が操を守りぬくのは難しい世の中だ。世界の花の都パリには誘惑の陥穽はいたるところにある。まして親もいないコンスタンスがこの先一人で純潔をまもって生き抜くのは、どう考えても無理だと二人とも言うのである。
実際、メゾンクローズに働きに来る女たちのなかには、最初は真面目に普通の仕事をしていても、いつの間にか金や物とひきかえに身近な男と寝るような関係になってしまい、それぐらいなら本職の娼婦になったほうがましだと思って来る娘もいるという。
「ここじゃ、貴族の旦那が持てるんだよ。あんたは恵まれているんだよ」
「な、なんでわたしが恵まれているのよ」
人の気も知らずに、と涙ぐみそうになりながら言い返そうとするコンスタンスにキャロルは笑った。
「だって、あんた鏡を見てごらんよ。あんたは飛びぬけて別嬪じゃないか?」
これにはコンスタンスは沈黙してしまった。言われたことがあまりに意外で、どう返していいのかわからない。
「鳶色の髪も目も魅力的だし、身体付きも素晴らしい。あと二、三年もすれば出会う男が皆あんたを追いかけるようになるさ。あんたは、気づいていないだろうけれど、娼婦として最高の資本を持っているんだよ。あんたが娼婦になれば、まちがいなく『白猫』一番の売れっ娘になるのは間違いなしだね」
値踏みするような目をキャロルは向けてくる。
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