メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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 アントワネットの恨みにたぎるターコイズの瞳に映っているのは、コンスタンス自身ではなく、すべての自分より若い娘かもしれない。

 自分の地位をおびやかし、自分の客を奪い、影でこっそり自分を笑いものにし、敵意を向けてくる若々しい女たち。若く、まだ可能性や夢にあふれ、気概に燃えるすべての女性たち。そのなかにはオーレリィーもいれば、ベルやキクもいるだろう。さらには娼館での主の地位を得たガブリエルや、精神的に成熟していて若手に尊敬されているカミーユのように、うしなった若さの分だけ何かを得た女たちも入っているのかもしれない。

「やめてよ!」 堪りかねたコンスタンスは夢中になって手を振りまわしていた。

「ぎゃっ!」

 物音が響いてアントワネットが尻もちをついているのが見えた。

 開けられたままのドアの向こうでは、休みを取っていた二、三人の娼婦たちが何ごとかと部屋を覗き込み、目を丸くしている。

 尻もちついた瞬間、アントワネットのドレスの裾が大きく広がり、その不様な様子に娼婦の一人がわざとらしげに声をたてて笑った。

「なに、なんなの?」

「アントワネット姐さんの客をメイドが取ったんですって」

「アントワネットったら、メイドに客を取られて怒ってるのよ」

 残酷なあざけりがまたたく間に館中に広まっていく。騒ぎを聞いてかけつけてきたガブリエルが入って来て、急いで伯爵を連れ出そうとした。

「まぁ……、とにかく伯爵、こちらへどうぞ」

「こ、これはいったいどういうことなんだ、マダム?」

 伯爵は、ややわざとらしげに憮然とした顔を作っている。

「申し訳ございません。階下でワインでもお飲み下さいな」

「いらん。今日は帰る」

 精一杯機嫌悪そうにして、メイドに振られて、贔屓の娼婦の焼きもちに手を焼いている状況をごまかそうとしているのだろう。

「ほら、あなたたちも部屋に戻るか、お客様のお相手しなさい」

 その後も娼婦たちのくすくす笑いは廊下に響きつづけた。アントワネットは腰をさすりながら起きあがると、ありったけの憎しみを目にこめてコンスタンスを睨みつけてきた。

「覚えておきなさいよ!」

 怨嗟の言葉をのこしてアントワネットが去っていくと、部屋にはコンスタンスだけが残った。
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