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妖猫の館 一
しおりを挟む闇のなか、確かに何かの気配を感じた。
ドアが開閉する音も聞いた。
(誰……? 誰かがいる)
ミシリ……と床を踏む音。鼠などではない。
コンスタンスは背に汗が走るのを感じた。
咄嗟に思ったのは泥棒だが、金目のものがあるガブリエルの部屋ならまだしも、こんな屋根裏部屋に来るのはおかしい。次に別の考えが頭に浮かんだ。
(犯人がわたしを殺しに来た……?)
そう思った瞬間、全身が凍りつきそうになった。
みしり、みしり、と足音は近づいてくる。
キャロルがいないかと首をかろうじてひねってみたが、隣のベッドは無人だ。
影がコンスタンスにおおいかぶさってきた。
(殺される……?)
コンスタンスは悲鳴をあげそうになった。ほとんどあげかけていた。だが口から声がもれるまえに、熱っぽい手が口をふさぐ。
「しっ……静かに」
声は男のものだった。しかもどこかで聞いたことがある。確か……。
「震えているのかい、お嬢さん。可愛いねぇ……」
コンスタンスはやっと声の主を思い出した。以前、コンスタンスにからんできた客だ。ガブリエルは彼のことを伯爵と呼んでいた。
「な、なんでここにいるんですか?」
やっと相手の手がはなれた瞬間、コンスタンスはどうにかそう言った。
「お嬢さんを一目見て好きになってしまったんだよ。ああ、なんていい臭いなんだ。やっぱり若い子はいい」
老人特有のかわいた手が、しかしねちっこくコンスタンスの首に触れてくる。コンスタンスは背に虫唾が走るのをこらえた。
「わ、若い子なら下にいっぱいいるでしょう。そっちへ行ってください」
窓からは、かすかに階下の騒ぎが聞こえる。広間では客たちがまだ楽しんでいるのだろう。階段を下りてそこへ行けば、いくらでも娼婦たちを金で買えるはずだ。
「私はね、お嬢さん、あんな化粧の濃い年増たちよりも、お嬢さんのような純真無垢な若い子が好きなんだよ。まだ世間の汚れを知らない清い、けなげな子が」
ふとコンスタンスは屑屋の少女を思い出した。少女を買った客は、あえて襤褸をまとった貧相な彼女を余分な金を払って欲しがったのだ。今、自分はあの少女のように男の目に映っているのかもしれない。
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