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四
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「実業家よ。これだけの店を切り盛りしているんだから」
「ふうん……。タイプライターとかも打てるのかしら?」
「打てるんじゃない? 部屋に置いてあるし」
顔に感情を出さないようにコンスタンスは気をつけた。網に魚がひっかかった気分だ。
「それはすごいわね。ああ、わたしもタイプの練習して秘書とかになりたかったなぁ」
「頼んだら打たせてもらえるかもよ。オーレリィーもおもしろがって打っていたことがあったからね」
かかった魚が二匹になった。だが、今にも逃げられそうな気分だ。
「オーレリィーも打てるの?」
「最初にあの中古のタイプライターが館に届いたとき、けっこうみんなでおもしろがって打っていたね」
やはりタイプライターは一般人には珍しいものである。
「まぁ、みんなせいぜい自分の名前を打てるとこでせいいっぱいだったけれどね。一番打てるようになったのは意外なことに、アナだったわ」
コンスタンスは何気ない顔をつくりながらも、内心あわただしく考えていた。
(案外、あとで打てるようになることもあるわ。やっぱり全員可能性があるわ)
髪を梳きながらキャロルは話しつづける。
「マダムだって元はこの娼館の娼婦だったんだけれどね。あの人は本当にやり手よ。しかも運がいい。いいパトロンを見つけて、ここを前の持ち主から買い取ったんだから」
「ますます、すごい」
コンスタンスが目を見張ったのは半分演技だが、半分は本心からだ。
「この業界じゃ、ちょっとした成功者だね」
「うわ。経営者になるのが無理なら、せめて高級娼婦になれたらねぇ……」
キャロルの横顔は苦笑にゆがんだ。
「あ、それは無理だね。ここは一流店だけれど、いったんメゾン・クローズにはいって公認娼婦になった娼婦は、いくら売れっ娘でも高級娼婦になるのは無理だね」
キャロルは手をひらひらと振って、無理としめす。
コンスタンスも話には聞いていたが、ここは敢えて知らないふりをして会話をつづけてみた。
「え? そうなの? 小説の『椿姫』みたいになるのは無理なのかしら?」
「ふうん……。タイプライターとかも打てるのかしら?」
「打てるんじゃない? 部屋に置いてあるし」
顔に感情を出さないようにコンスタンスは気をつけた。網に魚がひっかかった気分だ。
「それはすごいわね。ああ、わたしもタイプの練習して秘書とかになりたかったなぁ」
「頼んだら打たせてもらえるかもよ。オーレリィーもおもしろがって打っていたことがあったからね」
かかった魚が二匹になった。だが、今にも逃げられそうな気分だ。
「オーレリィーも打てるの?」
「最初にあの中古のタイプライターが館に届いたとき、けっこうみんなでおもしろがって打っていたね」
やはりタイプライターは一般人には珍しいものである。
「まぁ、みんなせいぜい自分の名前を打てるとこでせいいっぱいだったけれどね。一番打てるようになったのは意外なことに、アナだったわ」
コンスタンスは何気ない顔をつくりながらも、内心あわただしく考えていた。
(案外、あとで打てるようになることもあるわ。やっぱり全員可能性があるわ)
髪を梳きながらキャロルは話しつづける。
「マダムだって元はこの娼館の娼婦だったんだけれどね。あの人は本当にやり手よ。しかも運がいい。いいパトロンを見つけて、ここを前の持ち主から買い取ったんだから」
「ますます、すごい」
コンスタンスが目を見張ったのは半分演技だが、半分は本心からだ。
「この業界じゃ、ちょっとした成功者だね」
「うわ。経営者になるのが無理なら、せめて高級娼婦になれたらねぇ……」
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「あ、それは無理だね。ここは一流店だけれど、いったんメゾン・クローズにはいって公認娼婦になった娼婦は、いくら売れっ娘でも高級娼婦になるのは無理だね」
キャロルは手をひらひらと振って、無理としめす。
コンスタンスも話には聞いていたが、ここは敢えて知らないふりをして会話をつづけてみた。
「え? そうなの? 小説の『椿姫』みたいになるのは無理なのかしら?」
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