メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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月こそ太陽 一

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 コンスタンスは深夜の屋根裏部屋で溜息をついていた。ひどく疲れてしまった。

 あれから午後いっぱいあれこれと用事を言いつけられ、動きまわっていたせいだ。

 いや、仕事もさることながら、環境の変化にとまどってしまったのが疲労の一番の原因だろう。

(あー、本当に疲れたわ)

 コンスタンスは服のままベッドに横になると、自分を圧倒した娼館の世界を思い出してみる。

(……メゾン・クローズって、こんなところだったんだわ)

 日が暮れはじめると、娼婦たちは身づくろいや化粧をはじめる。色とりどりのドレスをまとうが、それは外を歩けるようなものではない。コンスタンスなら、正直金を積まれても着たくないドレスである。

 夜になると客があつまり始め、メゾン・クローズ『白猫』の夜が、いや館にとっての朝が始まる。この館では月が太陽だった。

 客たちは皆燕尾服えんびふくすがたの紳士で、いかにも金も地位もありそうなことにコンスタンスはあらためて驚いた。『マドレーヌ』とは格がちがう。

 娼婦たちは花のような笑顔で彼らをむかえ、蝶のように優雅にまといつき、そして蜂のような鋭さでもって懐を狙う。コンスタンスはメイドのお仕着せを着て飲み物をくばりながら、そんな彼女たちの様子を好奇心にあおられうかがい見ていた。

 正直、子どものとき見ていたサーカスを思い出す。滅多に見られない珍しいものを見るような、もしくは芝居か映画を見ているような気分だ。

 いや、この頃の映画はまだ娯楽として成立しておらず、ただ光景を映しただけで無声であり、映画の内容そのものより、映像技術を楽しむレベルのもので、多少コメディー的要素がふくまれてはいても、十六のコンスタンスがそれほど興じるようなものではなく、生きた現実のドラマである娼館の広間の場面の方が、ずっと生々しく強烈な迫力をもってコンスタンスを圧倒した。

(なんか、すごい……。お芝居の世界に迷いこんだみたい)

 マダム・オベールの店では客はそそくさと目当ての女性を連れて部屋へ消えるが、ここの客たちは広間で娼婦たちとの会話やダンスを楽しみ、客同士いろいろ語りあって笑いあっている。

 彼らは夜の社交を楽しんでいるのだ。ひどく贅沢な時間と空間にコンスタンスは酔いそうになった。今夜は蓄音機が優雅な曲を奏でていたが、月に二回は音楽家たちを呼んで本物の音楽を奏でるという。
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