7 / 96
七
しおりを挟む
だが……、食べたあとで、混血の娼婦にパンをわけてもらって喜んでいる自分を思い、なんとも言えない気持ちになり――コンスタンスはやはりこの時代の中産階級の娘なのだ――、惨めさに、ふと涙ぐみそうになった。
娼館の食堂で娼婦たちといっしょにパンをかじっている今の自分を、アガットやペリーヌが見たらなんと思うだろう。さぞ哀れみ、笑うだろう。しかも並んで座っているのは黒人や黄色人種の混血なのだ。こういった差別意識を持つな、というのが無理な時代なのである。
(わたしは……堕ちたんだ……。こういうのを、落ちぶれるっていうのかな……)
コンスタンスはあわててそんな想いを振り切る。こんなことで落ち込んでいる暇はない。
(そうよ。わたしは、生きるためにここへ来たんだわ。そして、……エマを殺した犯人をつかまえるために)
心の内で、強く決意した。
「こっちよ、この上。荷物ひとつ持ってあげるわ」
真紅の絨毯を敷きつめた廊下や階段を上がっていくと、ホテルのように並ぶドアが見える。
「あそこはお客様の部屋よ。一階の広間で相手が決まったら、二階の部屋を選んで、そこでお客様のお相手をするの」
つまり、客と寝る、ということのなのだろう。メイドのお仕着せを着た初老の女たちが三人ほど、あわただしく掃除をしている。娼館だと知らなければホテルにしか見えない。
「あの人たちは通いのメイドなの。今のところ住みこみの使用人はイギリス人のキャロルと、厨房のソフィーだけ」
キャロルという名はフランス名でもそのまま通用する。
「こっちよ」
さらに階段を上がっていくと、屋根裏への階段がある。
「こっちが屋根裏部屋」
(あ……)
コンスタンスは一瞬、まばたきた。
木の扉のなかへ一歩入った途端、世界が灰色に変わった。
さらに、薄暗く、埃っぽい階段をのぼり、廊下に出る。コンスタンスはキクの指さす部屋へと歩きながら、違和感にとまどわずにいられなかった。
娼館の食堂で娼婦たちといっしょにパンをかじっている今の自分を、アガットやペリーヌが見たらなんと思うだろう。さぞ哀れみ、笑うだろう。しかも並んで座っているのは黒人や黄色人種の混血なのだ。こういった差別意識を持つな、というのが無理な時代なのである。
(わたしは……堕ちたんだ……。こういうのを、落ちぶれるっていうのかな……)
コンスタンスはあわててそんな想いを振り切る。こんなことで落ち込んでいる暇はない。
(そうよ。わたしは、生きるためにここへ来たんだわ。そして、……エマを殺した犯人をつかまえるために)
心の内で、強く決意した。
「こっちよ、この上。荷物ひとつ持ってあげるわ」
真紅の絨毯を敷きつめた廊下や階段を上がっていくと、ホテルのように並ぶドアが見える。
「あそこはお客様の部屋よ。一階の広間で相手が決まったら、二階の部屋を選んで、そこでお客様のお相手をするの」
つまり、客と寝る、ということのなのだろう。メイドのお仕着せを着た初老の女たちが三人ほど、あわただしく掃除をしている。娼館だと知らなければホテルにしか見えない。
「あの人たちは通いのメイドなの。今のところ住みこみの使用人はイギリス人のキャロルと、厨房のソフィーだけ」
キャロルという名はフランス名でもそのまま通用する。
「こっちよ」
さらに階段を上がっていくと、屋根裏への階段がある。
「こっちが屋根裏部屋」
(あ……)
コンスタンスは一瞬、まばたきた。
木の扉のなかへ一歩入った途端、世界が灰色に変わった。
さらに、薄暗く、埃っぽい階段をのぼり、廊下に出る。コンスタンスはキクの指さす部屋へと歩きながら、違和感にとまどわずにいられなかった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

野槌は村を包囲する
川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。
村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。
河越夜戦 〜相模の獅子・北条新九郎氏康は、今川・武田連合軍と関東諸侯同盟軍八万に、いかに立ち向かったのか〜
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
今は昔、戦国の世の物語――
父・北条氏綱の死により、北条家の家督を継いだ北条新九郎氏康は、かつてない危機に直面していた。
領国の南、駿河・河東(駿河東部地方)では海道一の弓取り・今川義元と、甲斐の虎・武田晴信の連合軍が侵略を開始し、領国の北、武蔵・河越城は関東管領・山内上杉憲政と、扇谷上杉朝定の「両上杉」の率いる八万の関東諸侯同盟軍に包囲されていた。
関東管領の山内上杉と、扇谷上杉という関東の足利幕府の名門の「双つの杉」を倒す夢を祖父の代から受け継いだ、相模の獅子・北条新九郎氏康の奮戦がはじまる。

新撰組のものがたり
琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。
ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。
近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。
町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。
近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。
最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。
主人公は土方歳三。
彼の恋と戦いの日々がメインとなります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる