メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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 だが……、食べたあとで、混血の娼婦にパンをわけてもらって喜んでいる自分を思い、なんとも言えない気持ちになり――コンスタンスはやはりこの時代の中産階級の娘なのだ――、惨めさに、ふと涙ぐみそうになった。

 娼館の食堂で娼婦たちといっしょにパンをかじっている今の自分を、アガットやペリーヌが見たらなんと思うだろう。さぞ哀れみ、笑うだろう。しかも並んで座っているのは黒人や黄色人種の混血なのだ。こういった差別意識を持つな、というのが無理な時代なのである。

(わたしは……堕ちたんだ……。こういうのを、落ちぶれるっていうのかな……)

 コンスタンスはあわててそんな想いを振り切る。こんなことで落ち込んでいる暇はない。

(そうよ。わたしは、生きるためにここへ来たんだわ。そして、……エマを殺した犯人をつかまえるために)
 
 心の内で、強く決意した。




「こっちよ、この上。荷物ひとつ持ってあげるわ」

 真紅の絨毯を敷きつめた廊下や階段を上がっていくと、ホテルのように並ぶドアが見える。

「あそこはお客様の部屋よ。一階の広間で相手が決まったら、二階の部屋を選んで、そこでお客様のお相手をするの」

 つまり、客と寝る、ということのなのだろう。メイドのお仕着せを着た初老の女たちが三人ほど、あわただしく掃除をしている。娼館だと知らなければホテルにしか見えない。

「あの人たちは通いのメイドなの。今のところ住みこみの使用人はイギリス人のキャロルと、厨房のソフィーだけ」

 キャロルという名はフランス名でもそのまま通用する。

「こっちよ」

 さらに階段を上がっていくと、屋根裏への階段がある。

「こっちが屋根裏部屋」

(あ……)

 コンスタンスは一瞬、まばたきた。

 木の扉のなかへ一歩入った途端、世界が灰色に変わった。

 さらに、薄暗く、埃っぽい階段をのぼり、廊下に出る。コンスタンスはキクの指さす部屋へと歩きながら、違和感にとまどわずにいられなかった。
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