メゾン・クローズ 闇の向こうで見る夢

平坂 静音

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 雀色すずめいろの床をすすみ、コンスタンスはアナが指差した椅子に腰かけた。大きな木のテーブルはおそらく娼婦たちが皆で囲むものなのだろう。台所は日当たりは良く、高い所にある窓からは昼前の陽光がふんだんに入ってくる。

 館に入ったときから静かだったが、娼婦たちはまだ階上の部屋で寝ているのだという。起きているのは、コンスタンスを出迎えてくれたアナと、下働きの老女ソフィーだけだ。この時間でも寝ているというのがいかにも娼館らしく、コンスタンスにとっては驚きだった。

「で、あんた警察へ届けは出しているかい?」

「え? あ、あの、まだ」

 ソフィーが出してくれたカフェオレのカップを見ながら、コンスタンスは緊張して言った。

「それじゃ、明日にでも警察へ行って登録してもらうといい」

「い、いえ、あの……、わたし、娼婦になるつもりはないんです。その、今はまだ……」

「どういうことだい?」

 アナは目をすがめた。濁った碧の目がコンスタンスを睨む。碧というよりもほとんど土色に近い。夜の世界と夜の女を見つめつづけてきて淀んだその瞳で見つめられ、コンスタンスはブラウスの襟に首をうずめた。

「あの、わたしまだ十六なんで、もうしばらくは見習いとして置いてもらえないでしょうか?」

「……つまり」

 アナは太い腕を組んだ。首も胸も腕も太い。いや、太いというよりも分厚い。

「ここでまずは下働きをしたい、ということかい?」

「え、ええ。つまり……そうです」

 ふーっ、と吐いた息は煙草の残り香がして、コンスタンスは眉をしかめそうになる。

 面倒くさそうに、かぶっていたボンネットを取ると、アナは暑苦しげに首を振る。結ってあったブルネットの髪が肩にゆれる。マダム・オベールの髪と似ているが、こちらは白いものが目立ち、いっそう白みがかって見える。

「確認しておきたいけれど、一年ほど下働きをしたら、娼婦の仕事をしてくれるんだろうね」

 コンスタンスは答えに詰まった。

「あの……もし、わたしに勤まりそうなら……」
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