牢獄の夢

平坂 静音

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 王の死を聞くや、悲しみにひたる間もないうちに彼女たちはまずは遠征先のジブラルタルから逃亡しようとしたといいます。

 つい今朝までは王国すべてを手中にいれていた稀世きせいの女傑が、その夕暮れにはすべてをうしない、追われる身となって命からがら逃げ出さざるを得なかったのでございますから、人の運命というものは本当に誰にもわからないものでございます。

 伯爵を名乗り、騎士団の団長である彼女の息子たちも同様でした。権力や地位というものがいかにもろいか身に染みて知らされる出来事でしょう。

 しかもこのとき逃げ行く彼女たちにいったいどれほどの人が手を差し伸べたことでしょうか。

 つい昨日までは彼女たち親子に迎合げいごうし、必死に愛想笑いを振りまいていた人々が皆一様に背を向けたのでした。そのなかには彼女のおかげで出世した人もいれば、彼女と縁つづきになる者も多くあり、のちには彼女の下の息子でさえ「自分には父も母もいない。ただ王のみがいるだけ」と異母兄ペドロに臣従するような有様でした。
 
 キリストの教えを唱えながらも、蛮風ばんぷう吹きすさぶ現代、弱肉強食のこの世界、生きるか死ぬかの危機をまったく一度も経験せずに人生を終える幸運な人などほとんどいない今のこの時代のことですから、わたくしはそういった心弱き人々を責めるつもりは毛頭ございません。
 
 ですが、このとき助けを求めたレオノール親子を見限ったメドナ=シドニィアの代官であったコロネルという男にはややあきれました。
 
 彼はレオノールの縁者ということで城を預かる栄誉を得たというのに、彼女が助けを求めたその日に、臣下の誓いの破棄を申し出たといいます。
 
 清廉せいれんで知られたなかなかの君子でもあったと聞きますが、人というものはこうも簡単に変われるものかと、ある意味世のなかの勉強をさせてくれたような、みごとなてのひらの返しようだったそうでございます。
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