2 / 45
二
しおりを挟む
わたくしの嫁入りが決まったのは、十四になる前のことでした。
十二で嫁にいくのもめずらしくはない頃のことでしたが、お相手はカスティーリャの王と聞かされたとき、わたくしは泣き出してしまいました。
カスティーリャなど行きたくはない、と嘆くわたくしを母上や兄上、姉上はなだめすかし、説得しました。
お相手のペドロ様は、若く凛々しく、それはご立派な方だと。年頃も似合いでわたくしたちはきっと良い夫婦になれると言われました。
この時代は十代の乙女が六十代の老王と結婚することもごく普通にございましたから、同じ年頃で結婚できるのは運が良い方なのです。
でもわたくしは、どういうわけかカスティーリャに行くのが嫌で駄々をこねました。思えば、本能でなにやら不吉なものを予知していたのか、若い娘なら誰もが持つ結婚への恐怖心だったのか。
「ブランシュ、我がまま言ってはだめよ。女なら誰しもいつかは嫁に行かなければならないのよ」
そう言ってわたくしをなだめた姉ジャンヌは後にフランス王妃となります。幼少のころから聡明で物分かりの良い姉は、王妃となるべくして生まれてきたのでしょう。
一方、わたくしは末に生まれたせいか母が時折眉をしかめるほどに癇が強く、侍女たちを困らせることもありました。そういうところは兄のルイと似ているところもあります。
結婚を嫌がったわたくしは馬に乗って従者も連れず森へ遠乗りに出てしまいました。やや反抗期でもあったようです。
「姫様、ブランシュ姫様、どちらに?」
当時城に逗留していた吟遊詩人のピエールが城門を出ていくわたくしを見咎めて、驚いてついてきたのを、多少お転婆だったわたくしはかえって面白がり、少し馬の速度をゆるめては、追いかけてきたピエールを振り切り、彼が近づいてくると、また馬の腹を蹴って逃げ出したりしておりました。
「こっちよ、ピエール、こっち」
森のなかで、馬を下りたわたくしは彼をからかって草の上を逃げまわりました。
十二で嫁にいくのもめずらしくはない頃のことでしたが、お相手はカスティーリャの王と聞かされたとき、わたくしは泣き出してしまいました。
カスティーリャなど行きたくはない、と嘆くわたくしを母上や兄上、姉上はなだめすかし、説得しました。
お相手のペドロ様は、若く凛々しく、それはご立派な方だと。年頃も似合いでわたくしたちはきっと良い夫婦になれると言われました。
この時代は十代の乙女が六十代の老王と結婚することもごく普通にございましたから、同じ年頃で結婚できるのは運が良い方なのです。
でもわたくしは、どういうわけかカスティーリャに行くのが嫌で駄々をこねました。思えば、本能でなにやら不吉なものを予知していたのか、若い娘なら誰もが持つ結婚への恐怖心だったのか。
「ブランシュ、我がまま言ってはだめよ。女なら誰しもいつかは嫁に行かなければならないのよ」
そう言ってわたくしをなだめた姉ジャンヌは後にフランス王妃となります。幼少のころから聡明で物分かりの良い姉は、王妃となるべくして生まれてきたのでしょう。
一方、わたくしは末に生まれたせいか母が時折眉をしかめるほどに癇が強く、侍女たちを困らせることもありました。そういうところは兄のルイと似ているところもあります。
結婚を嫌がったわたくしは馬に乗って従者も連れず森へ遠乗りに出てしまいました。やや反抗期でもあったようです。
「姫様、ブランシュ姫様、どちらに?」
当時城に逗留していた吟遊詩人のピエールが城門を出ていくわたくしを見咎めて、驚いてついてきたのを、多少お転婆だったわたくしはかえって面白がり、少し馬の速度をゆるめては、追いかけてきたピエールを振り切り、彼が近づいてくると、また馬の腹を蹴って逃げ出したりしておりました。
「こっちよ、ピエール、こっち」
森のなかで、馬を下りたわたくしは彼をからかって草の上を逃げまわりました。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。
空蝉
横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。
二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜
八ケ代大輔
歴史・時代
徳川家康を天下に導いた十六人の家臣「徳川十六将」。そのうちの1人「槍の半蔵」と称され、服部半蔵と共に「両半蔵」と呼ばれた渡辺半蔵守綱の一代記。彼の祖先は酒天童子を倒した源頼光四天王の筆頭で鬼を斬ったとされる渡辺綱。徳川家康と同い歳の彼の人生は徳川家康と共に歩んだものでした。渡辺半蔵守綱の生涯を通して徳川家康が天下を取るまでの道のりを描く。表紙画像・すずき孔先生。
鉾の雫~平手政秀と津島御師~
黒坂 わかな
歴史・時代
舞台は1500年頃、尾張津島。
吉法師(のちの織田信定)と五棒(のちの平手政秀)は幼い頃から津島の天王社(津島神社)に通い、神職の子である次郎とよく遊び、夏に行われる天王祭を楽しみにしていた。
天王祭にて吉法師と五棒はさる人物に出会い、憧れを抱く。御師となった次郎を介してその人物と触れ合い、志を共にするが・・・。
織田信長の先祖の織田弾正忠家が、勢力拡大の足掛かりをどのようにして掴んだかを描きました。
挿絵は渡辺カヨ様です。
※この物語は史実を元にしたフィクションです。実在する施設や人物等には一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる