三日月幻話

平坂 静音

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 いきなり〝お祖母様〟が悲鳴をあげてのけぞりました。
「あいつが食いついたみたい」
 双子の片割れが、〝お祖母様〟のお尻の辺りに噛みついたらしいです。
「今よ。ひとまず逃げよう。おいで、フランシス」
「お、お待ち」
 わたしたちが逃げようとするのを察した相手の、巨大な手が覆いかぶさってきた瞬間、わたしはアニエスに腕を引っ張られ、そのまま天幕の外に引きずり出されました。
 逃げるとき、アニエスはぽつりとつぶやきました。あいつは、あんたの母親よ……。
「ああ……」
 夜気がわたしの頬を撫でます。空では、相変わらず三日月が冷ややかに光っています。
 わたしたちは夢中で逃げました。
 
 夜道を行くと、ぼんやりとした明かりが見えます。立ち止まると、そこでは黒いマントをはおった人が、やはり黒布を張った台の上で人形劇をやっていました。
 こんな時間だというのに、まばらに観客が立っていて、人形遣いの言葉を待っています。
 わたしもアニエスも何も言わず、まるで引き込まれるように人形たちの奇妙な動きを見つめていました。
 糸で操られた、古風なドレスをまとった人形は、ひとつは女のようで、ひとつは男のようです。男の人形の頭には紙でこしらえた冠らしきものがあります。
 人形遣いは巧みに〝彼ら〟をあやつり、台詞を述べます。
「あんまりでございます、王様! わたしのどこが悪いというのですか?」
 女の人形は身体を伏せるようにして泣いています。
「うるさい! 余に近寄るな、この魔女め!」
 ぽか、と男の人形が女の人形を蹴り、客たちのあいだから笑い声が響きました。
「わたしのいったい何が悪いの? 故郷では絶世の美女と言われたのに」
「ええい、うるさい! よるなと言うに、この醜女しこめが!」 
 また、ぽかり。
「ああ! ひどいわ!」
「おまえとは、もう一緒におれん。離婚じゃ、離婚。さっさと国へ帰れ!」
「ひ、ひどいわ!」
 人形遣いのわざとらしい甲高い声に、またも客たちは笑いをこぼします。
「なによ、あなたのアレが立たないのは、わたしのせいじゃないわよ! あんたがインポなだけじゃないの!」
 王妃らしい人形の台詞が下品なものになると、観客たちの笑い声は高くなりました。 
「う、うるさいわ! おまえだから立たんのだ!」
 うろたえる王様。
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