三日月幻話

平坂 静音

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 太った男の脂肪に包まれた顔は、これもよくよく見るとお父様に似ているのです。
 それだけではありません。最初は見た目の異形さはともかく、かなり美人に見えたシャム双生児の顔がだんだん違って見えます。二人はアラビア風のゆったりとした透けた衣装をまとっており、その下には豊満な胸が見えるのですが、その形が変わっていきます。
 変わっていくのは身体だけではありません。一人は相変わらず若い女なのですが、もう一人はかなり老けて見えます。わたしが呆然として目をこらしていると、彼女の金髪の髪がいつの間にか真っ白になっていました。
 顔は皺だらけです。その顔には、どこか見覚えがありました。どこかで見た顔……。
 誰かに似ているのです。
 まさか、とわたしは思いました。
「こんな所で何をしているんだい、フランシス!」
 すっかり背や腰の曲がった姿で、彼女は叫びました。
 わたしはその場にしゃがみこみそうになりました。
「お、お祖母様……!」
 そうです。その姿は、お祖母様なのです。
 わたしは恐怖のあまり悲鳴をあげて、その場から逃げ出そうとしました。
「待ってよ、フランシス」
 アニエスが笑ってわたしを追いかけてきました。
「大丈夫だってば、これは夢なんだから」
 ああ、そうかと思ってわたしが一瞬足を止めると、ひからびた声が響いてきました。
「何が夢なものかい! ご覧!」
 しなびた身体が、あっという間に天幕いっぱいに広がりました。昔話に出てくる巨人のようです。
 けれどその身体はひからびて皺だらけの老女の身体で、身につけていた薄着ははじけとんでしまっています。大きなその、〝お祖母様〟は、見たくもない巨大な老醜の裸体を見せつけてくるのです。わたしは声にならない悲鳴をあげていました。
「お待ち!」
 わたしは狂ったように辺りを逃げまどいました。狼男や蛇女の悲鳴が背後で聞こえます。
「ほほほほ、もう逃がしゃしないよ」
 わたしは天幕の片隅に追いつめられました。
 恐怖に目がくらみそうになりながらも、〝お祖母様〟を見ると、皮のたるんだ尻のあたりに、何かこぶのようなものがぶら下がっていて、必死に動いている物が目に入ります。それは、双子の片割れですが、彼女はそのままの大きさです。二人のその姿は、何だかひどく滑稽で残酷な絵のようです。わたしは怖さと気持ち悪さのあまり涙ぐんでいました。
「これは、まずいわね。こいつがここまで大きくなるとはね。あんた、よっぽど、ばあさんが怖いのね」
 アニエスが舌打ちする音が聞こえました。
「ギャー、何するんだい!」
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