三日月幻話

平坂 静音

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 向かって右側の首が言いました。
「今晩は」 
 今度は左側の首が。
「こ、今晩は……。いい夜ね」
 わたしは恐々こわごわ、言葉を返しました。足は震えたままです。夢よ、すべて夢。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
 最初に挨拶をしてきた真ん中の首が訊きます。
「フ、フランシスよ。あなたのお名前は?」
 あなたたち、と訊くべきだったかしら、とわたしがつまらないことを考えていると、真ん中の首が答えました。
「私はジギベルト」
 つづいて右側の首が言います。
「俺はシルペリックだ!」
 さらに左側の首が。
「僕はゴントランだよ」
 ふと気になってわたしは訊きました。
「あなたたち兄弟なのね」
 檻には「三つ首男」と書かれた札が下げられています。
「ああ、そうだよ」
 真ん中のジギベルトが言います。
「俺が兄貴だぞ」
 シルペリックが叫びました。
「ちょ、ちょっと、兄さん、うるさいよ」
 ゴントランが眉をしかめます。
「……それじゃ、お元気で」
 わたしは足を早めました。 
 自分の胸の鼓動にせかされるようにして、薄暗い天幕のなかを行くわたしの目に映ったのは、薄い寝巻のようなものを着て、軟体動物のように床を這う「蛇女」、猫のように異常に目の吊り上がった「猫娘」。
 その次は、腰のあたりで身体がつながった「シャム双生児」の金髪の双子姉妹。先に見た「三つ首男」に比べればまだ大人しいものの、とにかく衝撃的なものばかりでした。
 そんな不思議な生き物を見るにつけ、わたしはやはり全ては夢なのだと確信しました。これが現実だったら、とっくにわたしは悲鳴をあげて逃げ出していたでしょう。
 興奮がおさまってくると、わたしは奇妙な悲しさに襲われました。どうして悲しいのでしょうか? 
 そのうち、奇妙なことに気づきました。
 檻のなかからわたしを見つめる猫娘。単に毛皮を着ているひどく小さな女の子なのだと思うのですが、鼻からは猫の髭を伸ばしています――それも作り物でしょう――。その猫娘の顔が、誰かに似ていることに気づきました。誰だったかしら? しばし考え思いいたりました。同じ寮の嫌いな生徒です。
 そして、床を這う蛇女。
 これも誰かに似ています。凝視していると、蛇女が床から、それこそ鎌首をもたげる蛇のように、頭を持ちあげました。なんということでしょう、蛇女は継母に似ているのです。
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