三日月幻話

平坂 静音

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「怖いの。……こんな所に来たのが知られたら、わたし怒られるわ」
「馬鹿ねぇ! これは、夢のなかのことなのよ」
 ああ、そうでした。
 わたしは一気に拍子抜けした気分です。ここは夢の世界だったのです。何をしようが、どこへ行こうが、誰も知らないのです。わたしは、薄暗い禁断の世界へ足を踏み入れました。
 竹の檻のなかで、何かが動きました。わたしは緊張して必死にアニエスの手を握りしめました。知らない人が見たら、わたしたちは姉妹か、仲の良い友人同士に見えたことでしょう。
 けれど、怯えて固くなっているわたしを見るアニエスの目は、相変わらず少し意地悪そうで、綺麗でした。世の中には、性悪であればあるほど魅力的に見える人というのが、確かにいるようです。
 震える足で進んでいくと、檻のなかに、ひどく小さな人がいるのが見えました。粗末な木の札には「小人」とあります。その身体に合わせて作られた背広を着こんでいます。わたしと目が合うと、被っている帽子を少し持ち上げて会釈します。わたしは強ばった笑顔を返しました。
 次の檻のまえには、大きな人がいました。
 まるで山のように大きいのです。太っていて、お腹のお肉が、やはりその身体に合わせて作られたシャツからはみ出ています。札には、「巨人」とあります。
 その大きな男は、威嚇するようにわたしを、その身体には不釣り合いなほど細い目で睨みつけてきます。
 目を伏せて檻のまえを進むと、次の檻にいたのは、これは上品そうなレディーでした。
 茶褐色の地味なドレス姿で優雅に木の椅子に腰かけています。けれど、近づいていくと、その白い顔の顎には、男のように長い髭が垂れています。近所の男の子が言っていた髭のある女とは、この人のことなのでしょう。そう、札には「髭女」とあります。
 そして、次の檻にいたのは、狼男でした。
 いえ……人間のはずなのですが、顔じゅうから毛が生えているのです。手からも。長い、動物のような毛が。彼と目が合った一瞬、わたしの心臓は止まりました。……ああ、やっぱりこれは夢なのです。夢で良かった。
 けれど、そうやって必死に自分の心をなだめた次の瞬間、わたしは悲鳴をあげそうになりました。
「やあ、今晩は、お嬢ちゃん」
 そう言葉をかけてきた男性の顔の両側には、別々の顔がならんでいます。
 それなのに三つならぶ首の下の身体はひとつなのです。彼、というか彼らは、ひどく古びた、歴史物語の芝居に出てくるような着物をまとっています。
「今晩は」
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