三日月幻話

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
3 / 10

しおりを挟む
「私? 私は……**からよ」
 よく聞き取れませんでしたが、どこかの通りの名前に似ています。
「この街のなかよね?」
「そうね。……来る?」
 アニエスはわたしの右手首をにぎりました。
 反対する間もなく、わたしはアニエスの向かう方向へと飛んでいました。わたしたちはまるで魔女のように三日月夜の空を飛んでいました。いいえ、もしかしたら、わたしたちみたいなことが出来る人間――特に、女を、昔の人は魔女と呼んだのかもしれません。
(おまえの死んだ母親は、魔女だよ。うちの跡取り息子をたぶらかしたんだからね)
 そうやって憎々し気につぶやくお祖母様こそは、わたしから見たら恐ろしい人食い鬼のようでしたが、勿論そんなことは口には出せませんでした。
 ああ……、でも、わたしは本当に魔女なのかもしれません。
 魔女の血をひくからこそ、こんな不思議なことが出来るのかもしれません。わたしたちは手をつなぎ、飛びつづけました。
 どれぐらい飛んだでしょうか。
「ほら、あそこよ」
 地上が近づくと、どこかの通りが見えてきました。小さな店が幾つも連なっています。夜に開いて、明け方近くになって閉店するたぐいの店が集まっているようです。勿論、わたしのような子どもは出入りできませんが。
 わたしたちは地面に着きました。けれど、通りを行き交う人たちは、誰もわたしたちに注意を払いません。恐らく、わたしたちの姿は見えないのでしょう。歩いているのは、ほとんどは酔っぱらった男の人たちばかり。
 そんな男の人の腕に、派手なかっこうの女性たちがしなだれかかっています。わざとらしい笑い声や、陽気な歌声が響き、煙草の煙、お酒や香水の匂い、それに外国の人が好む香辛料の匂いが辺りに漂っています。夜はまだまだ終わりません。
「こっちよ」
 アニエスがわたしの手を引っ張ります。わたしは手をひかれるままに一軒のお店に入っていきました。誰もわたしたちに注意を払いません。誰にもわたしたちは見えないのです。
 
 奥から低い歌声が聞こえてきました。そこは小さなミュージックホールのようです。舞台では褐色の肌の女性が肌もあらわなドレスをまとって歌をうたっています。
 肌の色のちがう女性を見たのは、実を言うと初めてでした。わたしは少し興奮しましたが、アニエスに幼稚だと思われるのが嫌で、何でもないという顔をしていました。
 観客席では酔客すいきゃくたちが面白そうに目をほそめて歌を聞いているようですが、どちらかといえば、目当ては歌より歌手の大きな胸のようです。わたしは大人の世界を覗き見しているようで、ますます興奮してきました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

拾われ子だって、姫なのです!

田古みゆう
歴史・時代
南蛮人、南蛮人って。わたくしはれっきとした倭人よ! お江戸の町で与力をしている井上正道と、部下の高山小十郎は、二人の赤子をそれぞれ引き取り、千代と太郎と名付け育てることに。 月日は流れ、二人の赤子はすくすくと成長した。見目麗しい姿と珍しい青眼を持つため、周囲からは奇異の眼で見られる。こそこそと噂をされるたび、千代は自分は一体何者なのだろうかと、自身の出自について悩んでいた。唯一同じ青眼を持つ太郎と悩みを分かち合おうにも、何かを知っていそうな太郎はあまり多くを語らない。それがまた千代を悶々とさせていた。 そんな千代を周囲の者は遠巻きに見ながらも、その麗しさに心奪われる者は多く、やがて年頃の千代にも縁談話が持ち上がる。 しかし、当の千代はそんなことには興味がなく。寄ってくる男を、口八丁手八丁で退けてばかり。 果たして勝気な姫様の心を射止める者が、このお江戸にいるのかっ!? 痛快求婚譚、これよりはじまりはじまり〜♪

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

悲恋脱却ストーリー 源義高の恋路

和紗かをる
歴史・時代
時は平安時代末期。父木曽義仲の命にて鎌倉に下った清水冠者義高十一歳は、そこで運命の人に出会う。その人は齢六歳の幼女であり、鎌倉殿と呼ばれ始めた源頼朝の長女、大姫だった。義高は人質と言う立場でありながらこの大姫を愛し、大姫もまた義高を愛する。幼いながらも睦まじく暮らしていた二人だったが、都で父木曽義仲が敗死、息子である義高も命を狙われてしまう。大姫とその母である北条政子の協力の元鎌倉を脱出する義高。史実ではここで追手に討ち取られる義高であったが・・・。義高と大姫が源平争乱時代に何をもたらすのか?歴史改変戦記です

シンセン

春羅
歴史・時代
 新選組随一の剣の遣い手・沖田総司は、池田屋事変で命を落とす。    戦力と士気の低下を畏れた新選組副長・土方歳三は、沖田に生き写しの討幕派志士・葦原柳を身代わりに仕立て上げ、ニセモノの人生を歩ませる。    しかし周囲に溶け込み、ほぼ完璧に沖田を演じる葦原の言動に違和感がある。    まるで、沖田総司が憑いているかのように振る舞うときがあるのだ。次第にその頻度は増し、時間も長くなっていく。 「このカラダ……もらってもいいですか……?」    葦原として生きるか、沖田に飲み込まれるか。    いつだって、命の保証などない時代と場所で、大小二本携えて生きてきたのだ。    武士とはなにか。    生きる道と死に方を、自らの意志で決める者である。 「……約束が、違うじゃないですか」     新選組史を基にしたオリジナル小説です。 諸説ある幕末史の中の、定番過ぎて最近の小説ではあまり書かれていない説や、信憑性がない説や、あまり知られていない説を盛り込むことをモットーに書いております。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

切支丹陰陽師――信長の恩人――賀茂忠行、賀茂保憲の子孫 (時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)暦道を司る賀茂の裔として生まれ、暦を独自に研究していた勘解由小路在昌(かげゆこうじあきまさ)。彼は現在(いま)の暦に対し不満を抱き、新たな知識を求めて耶蘇教へ入信するなどしていた。だが、些細なことから法華宗門と諍いを起こし、京を出奔しなければならなくなる。この折、知己となっていた織田信長、彼に仕える透波に助けられた。その後、耶蘇教が根を張る豊後へと向かう――

処理中です...