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二
しおりを挟むどれぐらいたったでしょう?
三日月が放つほのかな輝きのもと、小さな星のように光るものが見えてきました。
小さな星は、近づいてきました。
それは……よく見ると、女の子でした。わたしと同じ年頃、つまり、十五、六歳ぐらいの少女です。わたしと同じように黒いドレスのようなものをまとっています。肩まである黒髪はわたしと同じぐらいの長さですが、癖のある巻き毛のようです。
わたしの髪は限りなく黒にちかい茶色です。それは、わたしにとって悩みのひとつでした。いっそ、真っ黒なら、それはそれで好きになれたのに、妙に中途半端に茶色がかっているのが、子どもの頃から嫌でした。
(おまえの亡くなった母様の髪は、烏の濡れ羽色のような真っ黒だったよ)
ずっと幼い頃、父様がわたしを膝に抱きよせ、わたしの髪を撫でて、懐かしむようにそう言ったのを覚えています。父様が母様のことを口にしたのは、後にも先にも、そのとき一回きりでした。
「こんばんは」
少女は微笑んでそう挨拶しました。
「こんばんは。いい夜ね」
わたしは挨拶を返しましたが、内心、ちょっと嫌な気持ちになりました。何故なら、この世界は、わたし一人だけのものだと思っていたからです。
この果てしない夜空は、わたしだけのものだと信じていたのに、そこに闖入者が現れたのですから、面白いわけがありません。
「あなた、名前、なんていうの?」
少女はわたしの不快感に気づくことなく、無邪気に質問してきます。
こういうとき、よく小説やお芝居に出てくる勝気なヒロインは、「人に名を訊くときは、自分から名乗るものよ」という高飛車な台詞を口にするものですが、わたしには到底そんなことは言えません。素直に名乗りました。
「わたしはフランシスよ」
「そう。私は、アニエス」
アニエスは象牙色の肌に、切れ長の目が妖しく光る、なかなかの美少女です。小首をかしげると、縮れた黒髪がゆれて、とても可愛く見えます。けれども意志の強そうなその黒目は、少し意地悪そうに見えます。わたしは最近見たバレエの『白鳥の湖』に出てくる悪役の少女オディールを思い出しました。
「フランシス、あなた、どこから来たの?」
どこから、と訊かれてわたしは困りました。
ここは夢の世界のはずですから、外の世界から来たというべきでしょうか。
一瞬考えてから、またも素直に答えました。
「聖アマルベルジュ学園からよ」
わたしはそこの学園、正確に言うと、寮のベッドで寝ていたのです。それが、いつの間にか夜の街を飛んでいたのでした。
「アニエス、あなたこそ、どこから来たの?」
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