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オフィーリアたち 一

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「彼女はもう学院を去ったわけですから調べようがないし、仮にそれが事実であったとしても、彼女を責任追及しようなんて気はさらさらありませんよ。むしろ、私は彼女の苦しみに気づいてやれなかった自分を恥じているんです。もしそれが事実なら、井田は一人でどれほど辛い想いをしていたでしょう」
 繁華街のネットカフェのトイレで、嬰児を生み落とさねばならないほどに。
 もともと体格のいい子だったが、たしかにそのころ少し太っていたのを駒田は思い出した。成長期にはよくあることだと、まったく気にも止めていなかった自分の鈍感さが、今更ながらに恨めしい。
「まったく、女の子を教育するということは困難ですよ。私が男だから余計そう思うのかもしれませんが」
 由樹よしきは間をおいてから質問した。
「駒田先生、オフィーリア症候群というのをご存知ですか?」
 駒田はちょっと考えこむように唇をひきしめた。
「いえ。シンデレラ・コンプレックスなら聞いたことはありますが」
 シンデレラ・コンプレックスは、王子様、つまり理想の恋人があらわれるのを待つだけで自分から行動できなくなり、依頼心がつよく精神的に自立できない女性特有の心理傾向このことだと駒田は記憶している。
「オフィーリア症候群というのは、シンデレラ・コンプレックスほど知られていませんが、思春期の少女が親や周囲のプレッシャーによって自我を確立できず、まわりに流されてしまうようになる心理現象です。シンデレラ・コンプレックスと似ていなくもないですが、つくづく女の子が大人になるまでの微妙な時期を乗り越えるのは、たいへんなものだと思うんですよ」
 由樹は自分の吐いた言葉をかみしめるように下唇をかんだ。
「僕はなぜ少女たちが格別オフィーリアというヒロインに惹かれるのか、少しわかる気がするんです」
 そこで由樹は駒田から目をそらした。
「あの物語を読んだとき疑問に思ったものです。ハムレットは狂気をよそおうときに、恋人の気持ちについてなにも考えなかったのだろうか? 彼女がどれだけ傷つき悩むか思いやらなかったのだろうか? 父と兄と、ハムレットの板ばさみになって彼らにふりまわされ、それでいて真実を知らされず、運命に翻弄され、その運命に挑むことも戦うこともできなかった可哀想な少女、オフィーリア……。僕にはこの件にかかわっている少女がすべてオフィーリアに思えてくるんです。中西みゆきも、田添美沙も杉山菜穂も、そして井田由香子も。いえ、女の子は多かれ少なかれ、オフィーリアのようなところがあるのかもしれません」
 由樹はそこで考えこむように下唇をかんだ。
「オフィーリア症候群について書かれた本を読んだこともあります。それは海外の話ですが、親や教師、恋人、友人たちとの軋轢に悩み、過食症や麻薬、望まない妊娠などで苦しむ少女達などで、どこの国でも女の子は皆たいへんです」
「それは、……しかし女の子だけじゃないでしょう?」
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