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菜穂 一
しおりを挟む一応寮内は男子禁制ということになっているため、菜穂の部屋に行くことはできないので、寮の入り口をぬけてすぐ、一面のガラス窓を背にソファがならべられたロビーで会うことになった。
寮の一階は、高級ホテルなみに贅沢な造りで、大理石の床には赤い絨毯がしかれ、高価そうなオレンジ色のソファがならんでいる。
由樹は、壁に一列にかけられている、卒業していった寮生たちの集合写真に気づいた。
昨年の日付が付記されているものに目をやり、井田という少女はどんな子だったのだろう、とそれらしき生徒をさがしてみる。
美沙の話では、ショートカットでスポーティーなタイプだというが、考えてみれば、彼女は卒業したのではなく退学したのだ。卒業写真に載っているわけがない。
もともと顔を知らないから見分けようがないが、妙に物悲しい気持ちになった。
彼女の映った写真がこの壁にかけられることも、学院のアルバムに残ることもないのだ。おそらく同窓会に呼ばれることもない……だろう。彼女の貴重な青春は、途中で切り裂かれてしまったのだ。
(……でも、まだ十七、八。これからまだまだ未来がある。もともとは健康で活発な子だったというから、傷を癒して、新しい学校に編入したかもしれない。そうであってくれたらいいんだけれど)
「あのー、村田さんですか?」
頬のふっくらした色の黒い少女がおずおずと由樹の前に歩いてきて。
白シャツにジーンズというごくありふれたかっこうで、髪は肩あたりで切りそろえている。顔だちも身長もごくごく平均的で、どこにでもいそうな普通の感じの子だ。美沙や駒田たちが言うほどに性格の悪い子のようにも見えなかったが、上目づかいに由樹を見てくる目つきはどことなくきつい。
「呼び出してごめんね。どうぞ座って」
「あのー、なんの用でしょうか?」
「中西みゆきくんが寮の窓から飛びおりた件で、いろんな生徒に話を聞いているんだ」
とたんに杉山菜穂の目つきがさらにきつくなった。
腫れぼったい目に強烈な自我が燃える。
「あたしは関係ないですから!」
その一瞬の変貌ぶりに、由樹の方がたじろいだ。
「いや、ただ参考にいろいろ聞いているだけで」
「あたしは、いっさい関係ないですから! みんなあたしのせいみたいに言ってるけれど、あたしべつに中西のこと苛めたりなんかしてません!」
静かな広間に菜穂の甲高い声が響く。夏休み中でほとんど生徒がいなくて良かった。
「いや、べつに君が苛めたなんて思っていないよ」
とにかく杉山菜穂を落ち着かせるために、由樹はそう言いつくろった。
「まぁ、とりあえず座って。缶コーヒーでも買ってこようか?」
菜穂は由樹の言葉を聞いていなかった。
「そりゃ、あたしなんでも思ったこと言うし、一年の時は、ちょっとみゆきのことからかったりもしたけれど、でも苛めてなんか……、そんな、自殺するような苛めなんか、してません! 先生も他の子たちもあたしのせいみたいに言ってるようだけれど、あたしそこまでみゆきに興味なんかないし」
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