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母 一
しおりを挟む「ここです。ちょっと待ってください。たぶん中西のお母さんが来ていると思うんですが」
田舎にしては広い病院だった。
病院独特の消毒薬の匂いがし、寝巻すがたの入院患者や付き添い人や見舞い客らしき人が緑色の廊下を歩いている以外は静かであり、ときに白衣の医者や看護師たちがせわしげに行き交いしている。
駒田は履きかえたスリッパのたてる妙にまのびした足音に、つい顔の筋肉をゆるめてしまいそうで、必死に気を引きしめた。これから娘が自殺未遂した親と会うのだ。
「ああ、あちらにいらっしゃいました。どうも、中西さん、お疲れさまです」
トイレにでも行っていたのか、髪を後ろでくくっている茶色のワンピースすがたの中年女性が、ハンドバッグの中を探るようにしながらもどってきた。こちらに気づくとあわてて一礼する。
「先生、来てくださったんですか? いつもすいません」
「いえ、こちらこそ。あの、こちらは、村田さんです。学院長の知り合いでして」
駒田は口早に説明した。こんな若い、それも素人の探偵に何ができるのだ、と怒るのではないかと心配したが、中西みゆきの母親は、むしろ安心したように由樹を見た。
「ちょうど良かったですわ。あの、今日はこちらへみつ子が来てまして。みゆきの姉ですの。どうしても先生に会いたいと言ってきかないんですの。あの……みつ子は主人に似てちょっと短気なところがありまして、どうしたものかと思っているんですが」
内気な母の代わりに、みつ子というその古風な名の姉娘は、舎監教師にこうなったことにたいする文句のひとつも言ってやろうというのだろうか。母親の顔はひどく青ざめて心配そうだった。駒田よりも由樹がさきに口をひらいた。
「それは好都合です。僕も同席してごいっしょに話を聞いていいでしょうか?」
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