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ジンクス 一
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「村田由樹です。よろしくお願いします」
にっこり笑った相手は、色白の肌に縁なしのメガネが似合う理知的な雰囲気で、思っていたよりも大人っぽく見える。
身体つきはほっそりとしていかにも今風の草食系男子のようだが、なにかスポーツでもしているのか、半袖の青いシャツからのぞく腕にはほどよく筋肉がついており、ジーンズにつつまれた脚もすらりとして見栄え良い。やや長めに耳の後ろで切りそろえた髪はさらさらとして清潔そうで好感がもてる。
(この子、きっともてるんだろうなぁ)
変な意味でなくちょっと見とれてから、駒田は挨拶をかえした。
「駒田です。担当教科は国語です。このたびは厄介なことをお願いして。あ、どうぞ、かけてください。今日はあいにく院長の都合がつかなかったので、僕の方からいろいろ説明させてください」
二人は向かいあうようにして院長室のソファに腰かけた。
壁の時計は午後一時をさしており暑い盛りだが、今はエアコンを自由につかえるので、駒田にとってはありがたい。今日は院長も不在なので、駒田もラフな半袖の白シャツと黒のスラックスだ。
「では、その自殺未遂をされた生徒さんは、今のところ動機が不明なんですね」
儀礼的に、出されたアイスコーヒーを一口すすってから由樹はたずねた。
内心、駒田はすこし感心した。二十歳そこそことは思えないほど落ち着いた動作としゃべり方だ。つい、今年二十五になる英語教師の柴山を思い出した。彼の方がよっぽど歳下のように思える。
「ええ、これが彼女の写真です。どちらかといえばおとなしいタイプの子ですが、暗いというわけでもないです。……ただ、今になって思えば少し様子がおかしかったですね」
メガネの奥の由樹の目が光った。
「どんなふうにですか? なにか悩んでいたようだったのでしょうか? 恋愛とか、進学とか」
「いえ、そんなんじゃないんですが、その、夏休みまえに妙な噂がひろまりまして」
「噂ですか?」
「ええと、ですね」
駒田はわざとらしく咳払いしてから言葉をつむいだ。
「この学院では毎年春の学院祭でシェイクスピアの『ハムレット』を上演するんです。創立者が英米文学の専門家で、そちらの分野でかなり活躍した人だったので。『ハムレット』のストーリーはご存知ですか?」
「ええ、ひととおりは。生きるべきか、死すべきか、でしょう。有名な戯曲ですからね」
「父親を殺された王子ハムレットが、その仇であり母と再婚して義父となった叔父を復讐のために殺そうとする話なのですが、その彼の恋人役オフィーリアを演じたのが中西みゆきなんです」
「へえ」
奥二重の目が興味ぶかげに輝く。
「オフィーリアは、狂ったふりをしたハムレットや、父や兄の死に悩み傷つき、さいごには彼女自身が本当に発狂し、自殺まがいの死をとげる悲劇のヒロインです。中西みゆきはこの不幸な美少女役を演じたんですよ」
「たしかに、悲劇のヒロインが似合いそうな生徒さんですね。可愛いし」
由樹が目線を写真のうえに向けた。つられて、あらためて駒田も写真に目を向ける。
学院の制服である白いブラウス姿の中西みゆきは、いかにも幸薄いヒロイン役が似合いそうで、駒田はふと首筋に悪寒を感じた。
「……この学院には奇妙な噂がありましてね」
にっこり笑った相手は、色白の肌に縁なしのメガネが似合う理知的な雰囲気で、思っていたよりも大人っぽく見える。
身体つきはほっそりとしていかにも今風の草食系男子のようだが、なにかスポーツでもしているのか、半袖の青いシャツからのぞく腕にはほどよく筋肉がついており、ジーンズにつつまれた脚もすらりとして見栄え良い。やや長めに耳の後ろで切りそろえた髪はさらさらとして清潔そうで好感がもてる。
(この子、きっともてるんだろうなぁ)
変な意味でなくちょっと見とれてから、駒田は挨拶をかえした。
「駒田です。担当教科は国語です。このたびは厄介なことをお願いして。あ、どうぞ、かけてください。今日はあいにく院長の都合がつかなかったので、僕の方からいろいろ説明させてください」
二人は向かいあうようにして院長室のソファに腰かけた。
壁の時計は午後一時をさしており暑い盛りだが、今はエアコンを自由につかえるので、駒田にとってはありがたい。今日は院長も不在なので、駒田もラフな半袖の白シャツと黒のスラックスだ。
「では、その自殺未遂をされた生徒さんは、今のところ動機が不明なんですね」
儀礼的に、出されたアイスコーヒーを一口すすってから由樹はたずねた。
内心、駒田はすこし感心した。二十歳そこそことは思えないほど落ち着いた動作としゃべり方だ。つい、今年二十五になる英語教師の柴山を思い出した。彼の方がよっぽど歳下のように思える。
「ええ、これが彼女の写真です。どちらかといえばおとなしいタイプの子ですが、暗いというわけでもないです。……ただ、今になって思えば少し様子がおかしかったですね」
メガネの奥の由樹の目が光った。
「どんなふうにですか? なにか悩んでいたようだったのでしょうか? 恋愛とか、進学とか」
「いえ、そんなんじゃないんですが、その、夏休みまえに妙な噂がひろまりまして」
「噂ですか?」
「ええと、ですね」
駒田はわざとらしく咳払いしてから言葉をつむいだ。
「この学院では毎年春の学院祭でシェイクスピアの『ハムレット』を上演するんです。創立者が英米文学の専門家で、そちらの分野でかなり活躍した人だったので。『ハムレット』のストーリーはご存知ですか?」
「ええ、ひととおりは。生きるべきか、死すべきか、でしょう。有名な戯曲ですからね」
「父親を殺された王子ハムレットが、その仇であり母と再婚して義父となった叔父を復讐のために殺そうとする話なのですが、その彼の恋人役オフィーリアを演じたのが中西みゆきなんです」
「へえ」
奥二重の目が興味ぶかげに輝く。
「オフィーリアは、狂ったふりをしたハムレットや、父や兄の死に悩み傷つき、さいごには彼女自身が本当に発狂し、自殺まがいの死をとげる悲劇のヒロインです。中西みゆきはこの不幸な美少女役を演じたんですよ」
「たしかに、悲劇のヒロインが似合いそうな生徒さんですね。可愛いし」
由樹が目線を写真のうえに向けた。つられて、あらためて駒田も写真に目を向ける。
学院の制服である白いブラウス姿の中西みゆきは、いかにも幸薄いヒロイン役が似合いそうで、駒田はふと首筋に悪寒を感じた。
「……この学院には奇妙な噂がありましてね」
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