マーメイド・セレナーデ 暗黒童話

平坂 静音

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「どうしたんだ、遅かったじゃないか?」
 
 その夜、宴がたけなわになってからメリジュスはやっと二人の前に顔を出した。
 
 メリジュスはにっこりと笑って、被衣をとった。ジェルディンの碧の瞳は一瞬見開かれ、そして背けられた。見れば、そのどす黒くなった痣がうつると言わんばかりに。

 彼の後ろでレイミィが息をのんで口をおさえた。近くの客が酔いの醒めた顔でメリジュスを凝視している。給仕女は悲鳴をあげそうになった。

「ひどいでしょう? 昨夜気づいたんです。痣がどんどんひろがっていたことに。色も黒くなって。背中も足も、痣だらけでした」

 もしかしてそれは先日、初潮をむかえて身体が変わってきたことが原因なのかもしれない。この、妙に気がたかぶって、感情をおさえられなくなってしまったのも。

 近くの席にいた領主夫人が悲鳴をあげた。

 鮮血があたりに散り、ジェルディンがその場にくずれ落ちる。

「伝説の人魚姫は愚かね。……一瞬の夢のために破滅して……わたしも哀れな人魚姫」

 狂っている……宴の席にも顔を出していた商人がつぶやいた。領主も、駆けつけてきたアルディンも呆然として突っ立ったまま、メリジュスの手にしているナイフからしたたる血を凝視ししている。
 
 沈黙のなか、声をあげたのは結婚式もあげるまえに未亡人になってしまった初々しいレイミィだった。




「いいえ、あれは人間たちが勝手に夢見たおとぎ話よ。現実に陸にあがって人間と情を通じたのは姫ではなくて、王子なのよ。あなたは海の王子が人間の女と情を通じて生まれた娘なの」

 レイミィは嬉しそうに床にあふれる恋人の血を見つめ、それを白い手ですくいとった。

「わたしもそうよ。わたしはあなたより耳が良かったようで、初潮をむかえてから、海の父王の声が聞こえるようになったの。異母妹をさがして海に戻ってくるように、と」

 濡れた手がメリジュスの頬や首を撫でた。

 その瞬間メリジュスの内で何かが炸裂した。

 嬉々としてレイミィは赤いしたたりを人目も気にせずドレスをまくりあげ、自分の不自由な足に塗りたくった。

「これでいいわ。わたしたちが海に戻るためには若い男の血がいるの。わたしがするつもりだったけれど、手間がはぶけたわ。これで、あなたの痣は鱗になり、わたしの足も正しい形に変わるの。さぁ、行きましょう。妹よ」




 巨大な墓場のようになってしまった宴の広間を後に、驚愕のあまり自失している人々を尻目に、海王の姉妹たちは手をつないで優雅にすすんだ。足取りはゆっくりなのに、誰も彼女たちをつかまえられない。

 その夜、老いた漁師は崖から二人の娘が海に飛びこむのを見た。二人は楽しそうに笑っていたという。さらに老いた漁師は目をこらして、黒い波間にそれを見た。

 上半身は美しい赤毛と、銀髪の少女。月光に照らされた夜目にも白い胸が漁師の目を奪った。だが……その下半身は。



 漁師は腰を抜かしそうになって、もう一度波間に目をむけ、それを見た。
 巨大なうねる二匹の海蛇を。

                            終わり










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