5 / 12
授かりもの 一
しおりを挟む
(あんたはね、特別な授かり者なんだよ)
その言葉を聞かされたとき、メリジュスは泣きたいような、笑いたいような気持ちになった。そして、そんなメリジュスの想いを察してか、母はいっそう厳しい顔つきになって眉をよせて言いつのった。
(あんたはね、特別な子なんだよ)
(特別って、母さん、それはどういうことなの?)
言葉の意味を問うても母はけっして教えてはくれず、そうして病で亡くなった。母が死んでから、べつの使用人たちが母について教えてくれたことは、母も父親の知れない娘であり、十四歳でやはり父親の知れないメリジュスを生んだということだ。
メリジュスの父という男は、屋敷で宴がひらかれたとき招かれた異国の貴族の男だそうだ。たまたま給仕についた母が彼の目にとまり、その晩にお手がついたらしい。そして三日ほどの滞在のあと何も言わず去って行ってしまったという。珍しくもない。
そしてこの地では、そういった父親のいない子どものことを《人魚の落し子》と呼ぶ。
長じるにしたがってメリジュスは《人魚の娘》と呼び習わされるようになった。その言葉には侮蔑の意図もあれば、原始の神々を信仰するこの地方特有の大らかさもふくまれており、父の知れない子は皆自然のもたらしたものという寛容な意味もこめられている。
三年ほどまえ、屋敷での宴の折り、旅の吟遊詩人がメリジュスに小声で教えてくれたことがあった。
「あんたはこの地に生まれて幸せなんだよ」
母親を亡くした最初の秋の実りのころで、村人や屋敷の人々の楽しげな笑い声が無数の針のように、メリジュスの心に刺さっていた。
「よそじゃ、父無し子には、世間は冷たいものだぜ。まっとうな仕事になんかつけやしない。ほかの土地に生まれていたら、あんたみたいな娘は、ご領主様のお屋敷なんぞでは、絶対雇ってもらえなかったぜ。せいぜい酒場の女給で、行く末は娼婦にでもなるしかないぐらいだ。男ならその日仕事で一生終わるもんさ。あんた、幸せだよ」
だから俺は吟遊詩人になんったんだ……。男は自分も父親が知れないから、と小声でつけくわえた。
「あら、あなた、これでもわたしが幸せ者だっていう?」
いつもしっかりとかぶっている灰色の被衣をメリジュスは払いのけてみせてやった。後ろでまとめていた赤毛の髪が波のようにゆれ、吟遊詩人は一瞬、目を見開き、それからすぐその目を伏せた。
つねに被衣をかぶっているせいで、メリジュスの頬や首筋は日焼けすることのない深窓の貴族の令嬢のように美しい真珠色だが、ぽつり、ぽつりと、左頬から顎、首筋にとかけて、まるで墨でも塗ったかのような青黒い痣がいくつもちらばっている。
その言葉を聞かされたとき、メリジュスは泣きたいような、笑いたいような気持ちになった。そして、そんなメリジュスの想いを察してか、母はいっそう厳しい顔つきになって眉をよせて言いつのった。
(あんたはね、特別な子なんだよ)
(特別って、母さん、それはどういうことなの?)
言葉の意味を問うても母はけっして教えてはくれず、そうして病で亡くなった。母が死んでから、べつの使用人たちが母について教えてくれたことは、母も父親の知れない娘であり、十四歳でやはり父親の知れないメリジュスを生んだということだ。
メリジュスの父という男は、屋敷で宴がひらかれたとき招かれた異国の貴族の男だそうだ。たまたま給仕についた母が彼の目にとまり、その晩にお手がついたらしい。そして三日ほどの滞在のあと何も言わず去って行ってしまったという。珍しくもない。
そしてこの地では、そういった父親のいない子どものことを《人魚の落し子》と呼ぶ。
長じるにしたがってメリジュスは《人魚の娘》と呼び習わされるようになった。その言葉には侮蔑の意図もあれば、原始の神々を信仰するこの地方特有の大らかさもふくまれており、父の知れない子は皆自然のもたらしたものという寛容な意味もこめられている。
三年ほどまえ、屋敷での宴の折り、旅の吟遊詩人がメリジュスに小声で教えてくれたことがあった。
「あんたはこの地に生まれて幸せなんだよ」
母親を亡くした最初の秋の実りのころで、村人や屋敷の人々の楽しげな笑い声が無数の針のように、メリジュスの心に刺さっていた。
「よそじゃ、父無し子には、世間は冷たいものだぜ。まっとうな仕事になんかつけやしない。ほかの土地に生まれていたら、あんたみたいな娘は、ご領主様のお屋敷なんぞでは、絶対雇ってもらえなかったぜ。せいぜい酒場の女給で、行く末は娼婦にでもなるしかないぐらいだ。男ならその日仕事で一生終わるもんさ。あんた、幸せだよ」
だから俺は吟遊詩人になんったんだ……。男は自分も父親が知れないから、と小声でつけくわえた。
「あら、あなた、これでもわたしが幸せ者だっていう?」
いつもしっかりとかぶっている灰色の被衣をメリジュスは払いのけてみせてやった。後ろでまとめていた赤毛の髪が波のようにゆれ、吟遊詩人は一瞬、目を見開き、それからすぐその目を伏せた。
つねに被衣をかぶっているせいで、メリジュスの頬や首筋は日焼けすることのない深窓の貴族の令嬢のように美しい真珠色だが、ぽつり、ぽつりと、左頬から顎、首筋にとかけて、まるで墨でも塗ったかのような青黒い痣がいくつもちらばっている。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる