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閉門 一
しおりを挟むそれにしても、ここが閉鎖されるとは。どうすればいいのだろう。家に戻ろうにも家などないし、そもそもナツは自分がどこから来たかわからないのだ。
ナツには幼いころの記憶がない。覚えている最初の記憶というのは、真っ赤な炎。
それからは髭面の外国人だ。そいつがナッツをくれたのだ。くれたというより、地面にばらまいたのを猿のように拾って食べたのだ。そのナッツにちなんで、よくいっしょにいた年長の子どもが、自分のことをナッツ、ナッツ、ナツと呼ぶようになり、いつの間にかそれが名前になった。近くには鳩が見えた。ベンチも見えた。やたら厚化粧の女たちもいた。ナッツをひろって食べているナツを見て笑っていた。夜になると、女か男かよくわからない人も歩いていた。
ナツの覚えている記憶は他にもある。地下鉄、どぶ、公衆便所、どれもひどい場所だった。あのひどい匂いは今も覚えている。暗いどこかで眠っていると、近くで一緒に寝ていた他の子の垂れ流す尿によって目が覚めることもあった。
記憶が変わったのは、あるとき黒い服を着た男たちに追いかけられたときだ。そして乱暴に、それこそ荷袋でも放り投げるようにトラックの荷台に放りこまれた。他にもおなじように見知った顔の子どもたちがトラックに放りこまれていた。二十人、三十人はいたろうか。そのままトラックは発車し、長い時間ナツミたちは荷台で揺られ、そのうち眠ってしまっていた。
たどり着いた場所は見知らぬ山のなかだった。
「ほうら、どこでも好きなところへ行っちまえ、浮浪児どもが!」
ナツたちは田舎の山に放り出されていた。
山のなかで子どもたちはとにかく歩きつづけた。
歩いて、歩いて、どれぐらい歩いたろう。見知らぬ村で家もいくつかあったが、どこへ行けばいいのかなどわからない。そのうち一人はぐれ、二人はぐれ、気づけばナツは一人だった。歩けなくなって倒れたとき、誰かの足が見えた。黒い靴がナツの頭をつつく。何かしゃべっているようだが、聞き取れないのは日本語ではなく英語だったからだと後に知った。
気づいたとき、ナツは見知らぬ場所にいた。
気の遠くなるようないい匂いがしたかと思うと目の前に湯気をあげている粥の椀が出された。おそるおそる食べてみて、嬉しさに死にそうになった。そこは厨房と呼ばれる場所だった。
「とにかくこの子を洗ってやらないと。すごい匂いだわ」
厨房ではたらく女たち。何人かは黒いドレスのようなものをまとっている。彼女たちがシスターと呼ばれることを知った。
「女の子だから神父様がしばらく置いてやってもいいって。良かったわね、お嬢ちゃん」
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