聖白薔薇少女 

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
196 / 210

しおりを挟む
「もう終わったよ。レイチェルが見つけてきたんだ。犯人はこの近藤美波だよ」

 そこで学院長はシスター・アグネスを見、言いつけた。

「鞭をもっておいで」

 その言葉自体がきびしい鞭として美波の身体と心を打つ。

「学院長、落ち着いてください。……ここではなく、せめて院長室で」

 さすがにシスター・アグネスは、常軌を越した学院長の様子をこれ以上生徒のまえに晒してはまずいと思ったのだろう。
「ふん、そうだね」

 周囲をとりまく生徒たちのこわばった顔に、今になって学院長もすこしばつが悪くなってきたようだ。

「ついておいで」

 ここでこれ以上反抗する意図はなかったが、美波は足が動かすことができない。

「行きなさい」

 小声でせかしたのはシスター・マーガレットだ。はい……と、ちいさく返事をし、美波は勇気をふりしぼった。

(殺されるかもしれない)

 そんなことを思いつつ、学院長のあとに従った。

 食堂を出る間際、心配そうに自分を見ている夕子と目が合った。夕子の顔の傷はほとんど治りかけていたが、それでも、かすかに赤い蚯蚓腫れが残っている。

 自分も顔を殴られるのだろうか。想像すると足が止まりそうだ。美波はその止まりそうになる足を引きずるようにして学院長のあとを追った。その後をシスター・アグネスがついてくる。




 別館から本館までの道を、夏の清らかな朝日を受けながら、美波は屠殺場とさつじょうへ連れて行かれる羊の気分で従った。背後にはシスター・アグネスがおり、逃げようにも逃げれない。仮にこの場は逃げれたとしても、周囲を巨大な塀で囲まれたこの学院から逃げ出すことなどできないのだ。

 やがて三人は学院長室へとたどり着いた。

 シスター・アグネスは室のなかまでは入ってこず、ドアのところで「では、私は」と言って背をむける。

 最後にちらりと見たシスター・アグネスの目には、学院長にたいして恐怖と嫌悪がかすかに光っていた。シスター・アグネスでさえも学院長をどこかで嫌い怖れていることを美波は感じとった。

 学院長室で学院長と二人きりになった美波はいっそう怯えたが、せめてその怯えを顔に出さないように努めるのが精一杯だ。

 学院長が戸棚から鞭を取り出すのを美波はぼんやりと見ていた。

 まるで自分の身にこれから起こることが、他人ごとのように、映画の場面のように思えてくる。恐怖のあまり、脳が現実逃避に走っているのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

探偵幼稚園クロウ 三つの謎に挑む

トマト
ミステリー
探偵幼稚園クロウ 体育館の怪 踊る人体模型 三つの短編をまとめました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...