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晩餐 一
しおりを挟むそれでもさすがに夏期休暇中のせいか、夜の食事はいつものものに比べれば手が込んでいた。ビーフシチューの美味しそうな香が一階の廊下にただよっていて、美波はやや胸がはずんだ。
長方形のテーブルに座った生徒たちは、寮では滅多に見せない笑顔でシチューをすすっている。いつもはあまり食べない真保も今夜の食事は半分以上たいらげた。
それだけではなく、普段は飲めないコーヒー、紅茶、ココアなども一人一杯、好きなものをゆるされた。
「これを入れるといっそう美味しくなるわよ」
そう言って杉がすすめてくれたのはシナモン・パウダーだった。他にもいろいろスパイスがあり、美波は香りゆたかなコーヒーに黒い小瓶の中身をふりかけ、かぐわしい匂いや味をたのしんだ。本当にこんな美味しい食事は久しぶりだった。
しかもそのうえ、ごく少量だが食後のデザートとして杉がソフトクリームを出してくれたときは、生徒たちのあいだから歓声が出た。
食欲がないと言っていた雪葉も、ソフトクリームだけは目を輝かせてスプーンですくっている。
「なんか、これすっきりした味がするわ」 雪葉がうっとりと言う。
「ミントかしら?」
美波にはすこし癖があるハーブのように感じるが、妊娠中は嗜好や味覚が変わるというが、雪葉にはかなりの美味に思えるようだ。思えば、雪葉は朝食も昼食もあまり口をつけていなかった。悪阻のせいであまり食べられないのだろう。同情した美波は、あまりソフトクリームに手をつけず、それとなく雪葉にすすめてやる。
「いいの?」
小声で問われて、小声で返す。
「いいわよ」
雪葉は目を細めてソフトクリームを堪能している。
ふと目をやると、向かい斜めの席に夕子がいる。やはり無表情で、機械的にソフトクリームを口にはこんでいるのが気になる。
夕子とは朝に会ったきり顔を合わすことはなかったが、その表情を見るかぎり、元気にやっていたとは思えない。顔の傷跡もまだ目を引く。
美波はそっと話しかけてみた。
「今日一日、どうだった?」
「……まあまあ」
そう返事がかえってきただけましかもしれない。さらに声を低めて訊いてみる。
「……レイチェルにからまれていない?」
そのレイチェルは別のテーブルにいる。
「別に」
「レイチェルなら、まだましよ。もっと嫌なのは貝塚寧々よ」
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