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始まる夏 一
しおりを挟むシスター・グレイスはやわらなか青い目に困惑を浮かべて美波を見ている。
「お願いです。一回だけ実家に電話させてください」
「悪いけれど、それは出来ないのよ」
困り果てた顔で腕をくんで言うシスター・グレイスに美波はすがりついた。
「どうしてもママ、いえ、母に確認したいことがあるんです」
「……しょうがないわね。一回だけですよ」
溜息をついてシスター・グレイスは舎監室の机のうえの電話を指さす。礼を言ってあわてて美波は受話器を取るや、家の電話番号を押す。
(どうかママが家にいますように)
スマートフォンにかけた方が確実かもしれない。いったん切ってかけなおそうかと思ったが、幸運にもつながった。
『はい。近藤でございます』
まぎれもなく、母鞠江の声である。
「ママ!」
自分でも不思議だが、美波は母の声を聞いた瞬間、涙ぐみそうになっていた。
『あら、美波なの、どうしたの?』
のんきなその声に、瞬時に嬉しさは吹きとび、怒りが湧いてくる。
「マ、ママ、なんであんな約束したのよ?」
『約束って?』
「とぼけないでよ、ママが勝手に約束したせいで、わたし夏休みに家に帰れないのよ」
美波はこんどは悔しさに涙が出そうになった。
『ああ、そのこと。ごめん、言っておけば良かったわね』
鞠江はどこまでものんきである。
『でも、ほら、あんなことがあった後だし、この夏には法事もあるじゃない? 帰ってきたらあんたがいろいろと辛い想いをするんじゃないかと思ってね』
美波の胸でどろどろと黒いものが煮えたつ。
(どうして……)
どうして自分はこんな想いをしなくてはならないのか、歯ぎしりしたくなる。
『家に帰ってきて嫌な想いをするより、そっちで勉強している方があんたのためになるかと思ったの。田舎の学校なんだから環境もいいっていうし』
母はここでの現実を知っているのだろうか。
美波は不満をぶちまけてやりたくなったが、シスター・グレイスがそばにいるのでそれもできない。シスター・グレイスは「はやく話を終わらせろ」というせかすような目をしている。
「ねえ、今からでも家に帰れるようにして」
『無理よ。そんなことしたら違約金払うことになるの』
違約金、と聞いて美波はぎょっとした。やはり美波の母もそんな誓約を学院側とかわしていたらしい。
『学校、じゃなくて、学院が認めないかぎりは出れないことになっているのよ。それに反した場合は三百万の違約金を払わないといけないの』
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