聖白薔薇少女 

平坂 静音

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「さっさと部屋に戻るんだよ。そして、明日からは別館に行くといい」

 学院長の声はどこまでも冷たい。地獄の底からとどろいてくるようなその声に押され、夕子は這うようにして学院長室を出ようとした。

「明日から別館での仕事をするんだよ。そこでおまえの汚れた魂を洗うがいい。それがおまえのためだ」

「うう……」

 夕子は両手で顔をおさえながら、泣きじゃくり、必死に恐怖の部屋から逃げた。だが、外につづく廊下にも寮の部屋にも、もうどこにも夕子にとって安息の場所はなかったのだ。




「どうしたの、その顔!」
 
 早朝、夕子を一目見るなり美波はそう声をあげていた。

 深夜になってドアが開く音がして夕子が戻って来たのには気づいていたが、美波が問う間もなく彼女はベッドにもぐりこんでしまい、闇のなかでもその背は激しい拒絶を示しており、声をかけることすらためらわれた。

 とりあえず朝になれば話を聞こうと思っていたが、夏の早い朝の光のもと、夕子の顔のいくつもの赤い傷跡を見て、美波の方が悲鳴をあげそうになっていた。

「な、なにがあったの? 誰にされたの?」

「学院長……」

 ぼそっっと呟く夕子に美波は目を見開いた。

「嘘でしょう? 体罰があることは聞いていたけど……。でも、それって……そこまでいったらもう犯罪じゃない?」

「この学院じゃ犯罪じゃないんだよ」

 またも夕子はぼそっと呟くように言う。夕子は制服のままだが、ナイトウェアの美波はとりあえずあわてて着替える。 

「ついでに言うなら、ここは学院じゃなくて、あいつらも教師じゃない」

 ベッドに腰かけたまま傷ついた横顔でそう呟く夕子に美波は髪を梳く手をとめた。

「教師じゃなくてシスターっていうこと?」

「……ちがう。あいつらは教師でも……シスターでもない」

 夕子の口調は淡々としていてまるでロボットのようだと美波は思った。

「あいつらは……シスターたちは看守で、学院長は所長みたいなもん」

「……なにがあったの」

 昨夜、おそらくはシスターか学院長に体罰を受けたのだということは美波にもわかるが、しかし女の子の顔に傷をつけるなどということがあっていいのだろうか。今の日本でこんなことがあるのだろうか。

「いくらなんでもひどい……。ね、親に連絡してみるのは無理?」

 シスター・グレイスにたのんで電話をかけることは出来ないだろうかと美波は考えてみたが、夕子は力なく顔をふる。

「できないって。……ここを辞めたいって言ったら、三百万払わないといけないんだって」

「え?」
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