聖白薔薇少女 

平坂 静音

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 だが、さすがに夕子の何倍も生きてきた学院長は気迫がちがう。夕子が今までに相手にしてきた両親や教師のような大人たちともどこかちがう。何がちがうのかと問われれば答えにつまるだろうが、格、というかけたがちがうのだ。どんなに生意気ぶってみせても、しょせん十六歳の子どもでしかない夕子の怒りなど、学院長の全身から発される冷たい青い怒りの炎のまえにはあっさりと消えてしまう。

「い、家に、実家に帰っていました」

 夕子は両足に力をこめ、身体がふるえないように努力した。

「愚かなことを……。ここから逃げられると思っていたのですか」

 学院長の凍ったような薄青うすあおの瞳が夕子をさらにはげしく睨みつけてくる。夕子が息をのんだのは、学院長の右手に鞭があるせいだ。

「違約金の話は聞いたでしょう?」

「あたしは知りませんでした。あんなの、おかしいです」

「おだまり!」

 一喝とともに学院長が鞭を振った。

 風が起こり、夕子の頬を攻撃してくる。それでも夕子は退かなかった。

「で、でも、おかしいです。本人が辞めたいって言っているのに、なんで駄目なんですか? ここは日本なんだから、義務教育終わったら、あとは本人の自由じゃないですか。ひっ!」

 ふたたび、黒い鞭先が空を舞う。鞭先はディスクを打ち、ペンや定規、セロテープなどの文房具がふるえた。

「おだまり!」 ふたたび怒声が響く。 

 カツ、カツ、カツ――。黒革の靴が飴色の床をたたく。

「自由、自由、自由! あんたたちはいつもそれを言いたて、勝手な権利を要求する! そのあげくがどうなった? 淫らな行為に耽って罪の子を生み、この世を汚している」

「う、産んでないです……!」

 流産したというのはこの場の反論にはそぐわず、夕子はかろうじてそう言うしかない。

「あなた、この学院がなんのためにあるか知っている? 教えてあげましょう。この聖ホワイト・ローズ学院はね、あんたのような堕落した罪深い女たちを救ってやるための、ありがたい場所なのよ」

 夕子は必死に虚勢をはって相手を嘲笑あざわらってみせた。

「あ、あたしは救ってもらわなくたっていいです」

「どこまで愚かなの、あんたは」

 学院長の言葉づかいはくだけたものとなり、いっそう表情が恐ろしくなったきた。

「あんたみたいな子は、間違いなく地獄に堕ちるね。地獄で永遠の業火に焼かれるんだよ! この淫売!」

 眼鏡のおくの凍り付いた目からは冷気がただよってきそうだ。夕子は足がふるえるのを感じていた。
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