聖白薔薇少女 

平坂 静音

文字の大きさ
上 下
98 / 210

しおりを挟む


 横浜の実家に着いたころには空が黒くなりはじめていた。

 見慣れた近くの小学校では、まだ宵闇のなかでボールを蹴っている少年たちがいる。なかには女の子もいる。夕子もほんの四、五年前まではあそこで男子にまじって無邪気にボールを追いかけていたのだ。彼方かなたにかすかにのこるオレンジ色の淡いきらめきに見慣れた世界が果てしなく遠く見えた。

 下町の風情をのこすその辺りは古い小さな家が並んでおり、アパートや団地も見える。そんないたって庶民的な通りのなかに、夕子の実家はあった。

「サンキュー」

 家が見えるところでバイクを止めてもらうと、夕子はポケットをまさぐり、あるだけの千円札を取りだした。

「ちょっとだけど、ガソリン代と運転代。あと、ファミレスでもおごってもらったし」

「千円だけもらっとく」

 いらねえよ、と言わないところがある意味佐藤の潔いところだ。年長者なのだが、会った最初の日からまるで同い歳のような付き合いをしきてきた。あくまでも友人としてだが。

「またな」

「バイ」

 アルバイトが終わったときのように何気ない挨拶をかわして別れ、夕子はそのまま我が家へと向かった。

 小さな家だが、ささやかながら庭もあり、やや遅咲きの紫陽花が近くの電灯に照らされてぼんやりと提灯ちょうちんのように薄闇に淡く紫色に輝いている。

 夕子はそっと引き戸を開けた。声をかけるのはためらわれる。内心で、ただいま、と呟き玄関をあがったまさに
その瞬間、台所から出てきた母といきなり直面した。

「夕子、あんた、本当に逃げてきたの?」

 母は夕子を見るなり叫ぶように言った。すでに連絡が入っていたようだ。

「うん。だって、無理だよ、あんな学校」

 あの学院の異常性を説明すれば母もあきらめると思ったが、母は夕子の話を聞くどころではない。

「まぁ、どうしょう! 困ったわ。お父さん、夕子が帰ってきてしまったわよ」

 父は二階にいたようで、階上から「なにぃ」という叫び声がきこえた。弟の姿が見えないのは、塾にでも行っているらしい。

 どたどたと階段を下りてきた父は、夕子を見て気色ばんだ。運動するわけでもないのに、家ではたいていジャージのズボンを穿いている父は、いかにも下町の親父である。

「学校から電話がかかってきて、まさかとは思ったが……、困るぞ、なんで帰ってきた?」

「だって……」

「すぐ戻んなさい」

 母が横から口をはさむ。

「だって……、無理だって。あんな所、とてもあたしに無理! 見てよ、このダサイ制服」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

処理中です...