聖白薔薇少女 

平坂 静音

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 美波はふとシスター・マーガレットに反感のようなものを覚えた。実際、あんなふうに過去の傷を他の生徒のまえで引きずりださせるようなことをしていいのだろうか。言った方も聞いた方もどちらも嫌な気分になるだけではないか。

(わたしだって……次回は言わされるんだ……)

 背筋が寒くなった。

 うまくやれるだろうか。不安になってくる。シスター・マーガレットがどれだけ美波のことを知っているのかも疑問だ。まさか母が何か言っているのかもしれない。

 美波は唇を噛んだ。




 緑葉のかおりに夏が深まっていくのを感じながら美波は別館へと急いでいた。

 ドアを開けると、先日会った管理人らしき中年の女性がおり、彼女に挨拶をし、屋内へとすすむ。薄暗い建物のなかを歩き二階へ上がる。

 せまい部屋へ向かって左側のベッドで雪葉はぼんやりと座っていた。その横顔はまるで疲れはてた老女のようで、十六、七の少女とは思えない。最初のときの、あの生意気で気の強そうな雪葉を思うと、美波はすこしやるせない。

「雪葉……調子どう?」

「悪いわ」

 雪葉はベージュ色の毛布をたぐりよせて胸を抱くようにした。着ているのは美波たちが寮でつかっているのとおなじナイトウェアだ。

「雪葉のお父さんに電話してみたの」

 雪葉は一瞬、怪訝けげんそうな顔をみせ、それからすぐに背を伸ばした。

「パパ、なんて?」

「えーと、あの、今すぐには行けないけれど、来月には行けるからって」

「パパにここのこと伝えてくれた? 私がこんな場所に入れられているって」

 雪葉がせまく暗い部屋を見渡しながら言うのに、美波はあわてて首をふった。

「そんなの、無理よ」

 雪葉の両目の端が吊りあがる。

「なんで? なんで言ってくれなかったの?」

 ヒステリックに叫ばれ、美波は困惑しながらも説明した。

「そばにシスター・グレイス……舎監がいて、しかも、本当は電話するのも駄目なのに、特別に許可してくれたのよ」

「……ひどい。パパがここの様子を知ったら、絶対怒るわ」

 ベッドの上で立てている膝に雪葉は顔をうずめた。

「……来月まで待ってみなさいよ。まぁ、それまでに体調も良くなるかもしれないし」

「そんなの……」

 雪葉が何かを言おうとした瞬間、ドアがひらいた。

「なによ、ノックしてよ」

 涙のにじんだ雪葉のきつい目にさらされた相手は一瞬たじろぐ。
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