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手蔓 一
しおりを挟む夕子は机の引き出しからスマートフォンをを取り出した。
ちょうどこの学院へ来る数日前、買い替えたのだが、英語、国語、漢字辞書アプリなどで重くなるので、古いス
マートフォンを捨てずにそのままアプリ専用として持っていたのだ。
学院長に没収されたのはネットにつながらない辞書用だけの古い方で、新しいのはこっそり隠し持っており、持ち物検査をされたとき、とっさに制服の背中にしのばせた。内心冷や冷やしていたが、どうにか気づかれずにやり過ごせた。同室の美波も今のところまだ気づいていない。
電源を切っていたのでバッテリーはまだ半分以上残っている。メールを打ち込む指がふるえるのは、先ほどのことがやはりショックだったのか。
(たいしたことじゃない……)
目がかすんでいるのは涙がにじんでいるのだと気づくのに数秒かかった。
ふたたび打ちこんだメールを送信ボタンを押すことなく保存して、夕子は唇を噛んだ。
(とても、こんなところにいられない)
考えこむこと数秒。もういちどスマートフォンをひらくと、先ほど保存したメールを送信した。送信先は、〝カズ〟。バイト先の先輩だ。
胸が奇妙にざわめくのを感じながら美波は部屋に戻るため廊下を歩いていた。夕子は何しているだろう、とぼんやり思う。夕子にだけはあの事をすべてを打ち明けるべきだろうろうか……。
(駄目よ、すべて忘れるって、決めたじゃない)
誰にも言っては駄目だ。けれど、本当に一生守りぬける誓いというのはあるのだろうか。
高校生が考えるようでないことを考えていた夕子だが、廊下の途中でシスター・グレイスに会うのを忘れていたことを思い出した。
一瞬、悩んだが、まだシスター・グレイスの部屋は遠くない。美波はシューズのつま先を逆方向に向け、シスター・グレイスの部屋へと急いだ。
「あの、失礼します」
「あら、どうしたの?」
美波の慌てた顔を見てシスター・グレイスは持っていたカップを置いた。お茶の時間だったらしい。
「あの、雪葉……のことで」
「雪葉がどうしました?」
昨日のことを話すと、シスター・グレイスは複雑な顔になったが、名簿らしき書類を背後の棚から取り出した。
「手紙を出すのは月二回、それもシスターが点検してからでないといけないのだけれど」
まるで刑務所のようだ、という一言を美波はもらさずにすんだ。
「雪葉、ええと、西条雪葉……。ここね、保護者の名前が西条まり子」
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