明媚な狐の交換魂

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「たくさん買わなくてはいけませんね」
「何もなかったですね」
紺が驚くほどにそこにはなにもなかった。ネギ、豆腐、味噌! …味噌汁ですか?
「醤油とか調味料も必要ですね」
「お店に案内します。必要なものを揃えましょう」
 家を出ると紺は橋の方向へと足を向けた。橋から極力離れた道の端へと爽音を誘導し、爽音を隠すように川側を歩く。
 丁度あの橋の横を通り過ぎようかというとき野太い男の声が紺の名を呼んだ。
「紺さん、呼んでますよ」
聞こえないのか聞こえないふりをしているのか、答えない紺に問いかける。
「行きましょう」
何でもないように歩き続ける紺に男はまた、今度は少し大きく声をかける。
「おいコン、聞こえてるだろ!」
紺は意地でも気に止めないつもりのようだ。
「紺さん?」
「どうしましたか?」
「周りの人が見てます」
男の大声に周囲の人々は爽音たちへと視線を集中させている。これは恥ずかしい。
 同じように周りを見渡した紺は隠すこともせず面倒そうな顔をする。
「…爽音さん、すみませんが少し時間をいただきます」
諦めた様子で紺は大きくため息を吐くとやっと男の方を振り返った。
「なんですかコジュウメ。煩いですよ」
コジュウメと呼ばれた大男は釣り竿を片手に紺に悠々と近づいてくる。白い浴衣からのぞく筋肉がたくましい。同じく白い長くてボサボサの髪を下の方でまとめてある。あの耳と尻尾は犬だろうか。
「お前が無視するからだろ」
「すみません。聞こえませんでした」
「そんなわけあるか。その耳は飾りか? え?」
「煩いと言っているでしょう」
親しげに声をかけるコジュウメに対し紺の言葉には少しトゲがある。 
「こんなところで遊んでいていいんですか」
「あ? なんで?」
「シュナさんはどうしたんです」
コジュウメは興味がなさそうに手を振る。
「いいのいいの。どうせトトと遊んでるだろ」
「監督はお前が任されているでしょう。そもそもオカサキさんはこの時間は仕事中のはずです」
「あいつだってもう手伝いの一つや二つできる年だぜ。俺が見てなくたってトトと店番してるさ」
「だからといってお前が仕事を放り出して遊んでいい理由にはなりません」
「あーもう、うるせぇなぁ久々に会ったんだからもうちょっと優しくしてくれたっていいだろう」
ふとコジュウメの視線がこちらへ向いた。
「で、そいつは?」
コジュウメが指差すと紺は爽音を隠すように着物の袖を広げた。
「お前に話す必要はありません。その手を下げなさい」
「なんだよ。名前聞いただけだろう。さすがにお前の女はとらねぇよ。そいつが、例の?」
「失礼な物言いをしないでいただきたい」
「なんだよ相変わらず固いなぁ。悪かったよ。悪かったから、名前だけ。な?」
言葉とは裏腹にコジュウメに悪びれるようすはない。
 紺は再び大きなため息を吐いた。振り返り申し訳なさそうにこちらを見る。
「すみません。少しお昼が遅くなりそうです」
「いいですよ、少しくらい。どうしたんですか」 
紺は後ろを指差し笑う。
「これを持ち場までつれていきます。一緒にいらしてください。誰かがいないと平静でいられそうにありませんので」
「おいおい、俺はちゃんとこれからあいつのとこ行こうとしてたんだよ?」
「おや、ではこちらでは逆方向ですが? オカサキ商店は橋の向こう側ですよ」
「それはお前がいたから━━」
「私に会った時点でこうなることが予想できなかったのでしたらやはり送って行く必要があるのでは。それほどまでに判断が鈍っているのでしたら逆に珠奈さんに見張ってもらう必要がありそうですね」
「はぁ? 勘弁してくれよぉ」
「なにか? そうだ、ここでのことは珠奈さんにきちんとお伝えしておきましょう。遊んで貰えなくてコジュウメが寂しがっていると。何と言って出てきたのかは知りませんが一人で釣りをしていると言えば喜んで相手をしてくれます。丁度弟がほしくなる年頃でしょうし」
「むぐぅ」
ぐうの音を残し大人しくなったコジュウメを連れて赤い橋を渡る。
「で、名前なんていうんだよ。まだ聞いてなかったろ」
コジュウメの背は高く、こう近いとどうしても見下げられる形になる。それ故に少し威圧感がある。
「さっ、爽音です。なっ、…な長谷爽音」
「ふーん。ぱっとしねぇ名前だなぁ」
「そうですかね」
コジュウメ。ふん、そっちだって。
「あっ、今俺の悪口考えてただろ」
「そんなこと」
「いーや、考えてたな。顔に出てた」
えっ、うそ?
「図星だな」
「あまり爽音さんに話しかけないでください」
「なんでだよ、いいだろ?」
「爽音さんの耳が汚れます」
「ひでぇ」
「こ、紺さん、そこまで言わなくても」
「爽音さん、こちらへ。あまり近寄ると馬鹿が移ります」
紺に手を差し出され横につく。後ろで二人の間を歩くコジュウメは呆れたようにぼやく。
「俺の何がそんなに不満かねぇ。俺としては仲良くしてきたつもりなんだがなぁ」
「では気のせいということなのでしょう」
驚くほどに淡々と切り捨て紺は振り返りもしない。
 そんな調子でしばらく歩くと道はどんどんと賑やかになった。両側に様々な店屋が並び、人の出入りも激しい。見たところ服や髪飾りなど身に付けるものが多いようだ。
「あちらがオカサキ商店ですよ」
紺が示した先には大きな「岡」の字が入った暖簾を出した建物があった。
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