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#2 白雪の降る国

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 ボン・ハリ港を出て二日、ゆったりと馬車に揺られながら観るテナン領土は長閑のどかでまあ、つまらな……良いところだ。
 控えめにご説明すると、海沿いの温暖な気候よろしく、背が低めの柑橘系の木々がずらーっと並んでる。それなりの数の家々もあるんだが、みな同じような色形をしていて、木と家と、数えていたら眠りかけるという失態を俺は何度か繰り返していた。
 目の前にテナン公国第一公子デーテン、傍にはメルトロー王国第二王子ギルウォールが揃っていて、もっと緊張感持てよ! って場面なんだけどな。まあ良くも悪くも俺の表情は、眠くてもそんなに変わらないから大丈夫。
 海沿いの最短距離を行くのかと思いきや、帝国本土の目を気にしてか、いつの間にか海は見えない。
 二日でたどり着くはずの王都の全貌も未だ見えず。随分内陸まで入り込んだようにさえ感じる。
 俺たち…このまま人知れず殺されちゃったりしないよな?
 なんて心配までしてしまうくらい、……要は暇なんだって!
 海沿いでもあったなら、ここいらの透けるような瑠璃色の海と空を堪能できたんだけどなあ。
「そろそろ王都へ抜ける街道に戻ります。その前に今夜のご宿泊場所に」
「ああ、有り難い。そろそろ酒が飲みたくてウズウズしてたんだ」
 馬車に乗ってからこっち、苦手な会話のほとんどを〝側近?〟でやたら口調が尊大なギル様がこなしてくれている。俺は本当に、無言で景色を眺めるくらいしかやることが無かった。
「それは気がつかず申し訳ありません。お好きな銘柄がありましたら馬車内にもお持ちできますが」
「側近としてご報告申し上げると、こいつはテナン産の葡萄酒が大のお気に入りのようでね。銘柄は確か〝森の真珠〟だったか?」
 主人のことをコイツ呼ばわりした側近ギル様に目を向けて、俺は目を細めた。もちろん笑ったんじゃない。余計なことを言うんじゃないですよ、っていうアイコンタクトだ。
 睨みつけられて尚、ギルは俺に向けて頰に窪みをつくって見せる。
「おや、禁酒するんだったか? 公女殿下は、まだ未成年だもんなァ」
 そうして悪者めいた声を立ててギルウォールは笑った。まったくガラが悪いったら! ここは甲板の上じゃないし、お前はお上品な王族として振舞ってくれなくちゃ。
「ギル……」
 俺は低い声で言葉を搾り出した。諭すように呼んだつもりだったが、どうやら失敗だったらしい。
「…申し訳ありません、あまり良い話題ではなかったようで」
 デーテン殿下はこちらが険悪な空気になったと思ったらしい。自身はまったく悪くないのに、謝罪を口にのぼらせ額を床に向けた。ごめんよ、これじゃあ俺ギル様を御すどころか持て余してる。
「いえ、銘柄に拘りはありませんが、公女殿下に飲酒した状態でお会いすることに気が引けていたのは事実です。こちらこそ言葉足りず申し訳ない」
 酒臭いオジサンほど、嫌いなものはないんだろ? 女の子ってさ。女の子の好きな物も嫌いな物も、俺はだいたい全部分からないんだがな…。
 デーテン殿下に倣って俺も礼をしたところで、どん!!! という大きな音と共に、馬車がぐらりと左右に振られた。
 襲撃か?! やっぱり俺、ここで消されるんだな!
 あわや身構えたところで馬車の扉が開き、
「いやいや、遅れて申し訳ございません」
 カランヌ・トルターダ・アロヴァイネンの涼やかな笑みが目に飛び込む。
「お、お前!」
 居ないと思ったら、一番行儀の悪い方法で後乗りしてきやがって!
 デーテン殿下は俺らを守ろうとしてか、座席からずり落ちるようにして扉の横に手をかけていた。勿論右手には短刀が握られている。
 扉は開かれたまま、カランヌは身体の半分を外に出した状態でにっこり笑っている。デーテン殿下が防いでいるから、馬車の中まで入り込めないんだ。
 ただごとじゃない事態なのに、その間にも馬車は走り続けていた。おそらく御者は、カランヌの来訪を心得ていたんだろう。相変わらずというか…、手の回し方が姑息だ。
「お知り合いですか」
 緊迫した声でデーテン殿下が問う。
「失礼。カランヌ・トルターダ・アロヴァイネンと申します。位は伯爵。国王陛下の参謀をしておりまして、この度も同行するようにと仰せつかって参りました」
 ああ……なんということだ。癖の強いやつがもう一人増えちゃったよ。
 片目を瞑って天の御使みつかいのごとく微笑むカランヌを見て、デーテン殿下は力の抜けたように扉の縁から指を離した。
「宿泊場所の邸宅でお待ちするはずだったのですが、随分ごゆっくりされているようで。お迎えにあがったのですよ」
 海沿いを離れて大回りしているせいで、おそらく大幅に予定を遅らせていることは間違いない。カランヌの言葉を受け、デーテン殿下は渋い顔で首肯うなずく。
「ご負担にならぬ行程をなるべく選んでまいります。お泊りいただき、明日の夕方には城へ到着しましょう」
 柑橘系の樹木がとぎれ、ゆるい坂に葡萄の畑が見え始める。収穫の時期はとうに過ぎているから、茶色くなった蔓だけが畑に隆々と広がっていた。
「あちらです」
 葡萄園の持ち主であろう邸宅がその彼方にあらわれて、俺はひとまず安堵の息をついた。
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