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4巻
4-3
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「封印……?」
「なんだ」
「いや、可能性を考えてみただけ」
もしも何かを抑えつけておくための祭壇だったとしたら。
それは、いわゆる封印って言いませんか。すげえやべえやつを封じておくような、そういう。
ドワーフの国では地震によって、トランゴクラブが目覚めてしまった。もしも、この洞の中でも同じようなことが起こっていたとしたら。
いわゆる雑魚敵が最低ランクB。洞の入り口でランクA+のモンスターが出てきて。
それじゃあ封印されている何かっていうのは……?
やだどうしましょう怖い。
腹が満たされたので次は睡眠、と言いたいところだが、モンスターとの連戦に慣れている百戦錬磨な冒険者にとって、体力が回復したら気持ちを切り替え次へと進むのが当たり前。俺みたいに心が未熟な冒険者は、気持ちの切り替えなんて簡単にできないものだ。
しかしここでのんびりしたことで、洞の中で一夜を過ごす羽目になったら嫌だ。早く用事を済ませて温泉に入ろう。そうだ、エルフの郷に戻れば温泉があるのだ。温泉に入りながら温泉卵を食べよう。
そうやって自分を鼓舞しながら、俺は重い身体を無理やり動かし、先へと進む。
「温泉たまごぉぉーーーーっ!」
半熟のぷるんとしたところに塩を振ってあっつあつのを食べるのだ。いや、カニ肉入りのすいとん鍋を山盛り作って、そこに半熟温泉卵を投入してやろう。黄身がとろりと溶けたところが美味いんだよ。
壮大な妄想を繰り広げながら突き出す右ストレートは、毒コウモリの顔面を容赦なく叩き潰す。もう感触が気持ち悪いとか飛び散った毒血液でローブが汚れるとか、細かいことを気にするのはやめた。後でやけくそ清潔をやってやる。
「ピュイィ!」
「ビー、魔素を散らすんだ!」
「ピュイーーーッ!」
同じくやけっぱちになったビーも参戦。身体がしんどいなどと休んでいる場合ではないほど、モンスターの襲撃が激しい。風精霊に頼んで溜まった魔素を飛ばしてもらうが、洞の奥からさらなる濃厚な魔素が吹き込んでくる。この魔素の原因は、どうやら洞の奥にあるらしい。
「妙な掛け声を出すな!」
「タケル、温泉、たまご、とは、なんじゃっ!」
俺以上にモンスターをねじ伏せているクレイとブロライトも、戦闘が続くのに飽きているようだ。しかし、緊張だけは解かず的確に急所を狙うのは流石のランクA。
「防御力低下展開っ! 温泉卵っていうのは、温泉の熱いところで茹でる半熟の卵のこと!」
「とりゃあああーーーっ! それは美味いのか!」
「醤油を落としてカニ肉と合わせて食べると、こんにゃろっ、究極、美味いっ!」
「タケル、わたくしもたべますよ」
「ピュイーイ!」
暗闇の、限られた空間の中でそれぞれ精一杯戦う。
もっと広々とした場所ならクレイとブロライトの本来の力が発揮できただろうし、俺も魔法縛りがなければここまで苦労することはなかった。ある意味これも試練だと自分に言い聞かせ、今夜の夕飯の献立をそれぞれに叫び合った。
小休憩からまたしばらく連戦を続け、毒まみれのモンスターを数え切れないほど倒していく。なかにはバジリスクよりも確実に強い毒ムカデも出てきた。昆虫嫌いの俺がキャアアと乙女の悲鳴を上げながら半べそかいて退治。毒モンスターは毒にしかならないから、倒しがいがない。
もしも倒しっぱなしで放置したモンスターの中にレアな素材があったとしても、取りに帰る余力は残っていない。今は早く目的の素材を採取し、早く帰らなければ。
「この先が祭壇じゃ! 洞の最奥じゃぞ!」
「どっせぇぇーーーいっ! おらあああっ! ネコミミシメジはどこだあああ!」
無詠唱で探査を展開すると、ブロライトの指示通りの洞の先、鉱石類を示す白色、モンスターの死骸を示す赤色、植物などを示す緑色の反応。奥の部屋の輪郭がわかるほど、緑の光が眩く輝いていた。
いや、これは探査だけの輝きではない。
「うお!」
「ピュー」
ぽっかりと開けた空間の壁一面に、ぼんやりと光る白いキノコが生えていた。びっしりみっしりと。シメジというからには、あのお味噌汁や鍋に入れて楽しむ小さなフォルムを想像していたのに、大きくて一メートルはあろうかというほどの巨大キノコ。
基本はシメジなのに、頭に猫耳が生えている。なんとも面白い形をしていた。
【キエトネコミミシメジ ランクB】
湿気の多い暗がりに生息する食用キノコの一種。キエトの洞のなかで独自進化を遂げた新種であり、栄養価が高い。煮るなり焼くなりお好みで。バター醤油はどうでしょう。
魔素を吸い込み発光する性質。
備考:多少の薬効成分も含んでいるため食べるほどに体力が回復する。
調査先生、わかっていらっしゃる。キノコ種はバター醤油が合うんですよ。鍋の具材にもなるし、スープに入れても美味い。
しかも一本一メートルの巨大キノコ。数本採取すればとうぶん食材に困ることはない。おまけにランクBの新種! ここにしか生息していないから、ランクも高いんだろうな。これもグリットに売ってやろう。ベルカイムを離れていても、遊んでいたわけじゃないんだぞと言い訳ができる。
「すごいなこれは! 立派じゃ!」
「俺が知るネコミミシメジよりも大きいぞ」
それも数本ではなく、壁やら天井やら、広い空間にめいっぱい。
まるで宝箱を開けたような心地になってしまう。金銀財宝よりも、ずっと嬉しい発見だ。実際に売ればそこそこの値段がつくんじゃないかな。これでエルフの郷の連中の胃袋も掴みまくってやり、保守派の頑固な考え方も柔らかくしてやる。
郷の中央にあった祭壇、現プニさんの寝床でキャンプファイアーをやるっていうのはどうだろうか。巨大シメジをその場で焼いて、皆で食うんだよ。きっと楽しいはず。
「タケル、ぼんやりとしているひまはありませんよ」
「へあ?」
脳内妄想ではエルフたちが笑顔でマイムマイムしていたんだけど、プニさんの声で我に返る。
クレイとブロライトはそれぞれに気配を察し、戦闘態勢を取った。
現実では毒々しい真紫の巨大な……
なにあれ。
「ジュジュ、ジュルル、ジュル」
あれは鳴き声なのか、それとも威嚇音なのか。
暗がりからゆっくりと出てくるものに、俺たちを追いかけてきたモンスターたちが我先にと逃げ出していった。モンスターもランクが高ければ知恵もつく。空腹よりも我が身を優先させた。それだけ、今から出てこようとしているものが恐ろしいのだろう。
「つよいちからをかんじます」
「ピュィィィ……」
背にプニさんを乗せたビーが怯えた声を出した。今までどんな強いモンスターが来ようとも、ビーが怯えたことなど一度もなかったのに。
空間が広すぎてその姿が見えない。他のモンスターは逃げ出したことだし、相手はラスボスだと覚悟しよう。相手がどれだけ強くても、どれだけ厄介でも、きっとボルさんほどの強さはない。それだけはわかる。
「クレイ、ブロライト、今からここを明るくする。存分に戦えるはずだ」
「承知した!」
「タケル、盾を貰えるか!」
「はいよー!」
とてつもなく濃い魔素。
湿気どころではない、まるでサウナ状態。換気については触れないようにしましょう。
魔法は効かない。魔素は濃いまま。相手は得体の知れない何か。
「これが終わったら温泉卵!」
「おおよ!」
「カニも食べるのじゃ!」
「ピュイイイーーッ!」
ユグドラシルの杖を両手に持ち、魔力を練る。
「照光展開! 全員に盾、速度上昇、軽量展開っ!」
いつもより強い魔力で展開される魔法の数々に、俺自身が驚く。きっと盾はより強固に、速度上昇は目にもとまらぬ速さで動ける。
眩い光の玉に照らされた空間は、広く高いドーム型の天井。一面に光る巨大シメジを背景に、謎のモンスターの全容が……
「えっ」
ナメクジ?
「なんだあれは! 見たことがないぞ!」
「わたしも知らぬ! なんともおぞましいっ……!」
いや、あれナメクジじゃね?
ウミウシ……じゃないよな。あの姿形はどう見てもナメクジ。
紫色で、あちこち突起物が出た、巨大ナメクジ。
どんな恐ろしいモンスターが出てくると思いきや、ぬめった軟体生物。これならガレウス湖で遭遇したイソギンチャクのモンスターのほうがおぞましかった。ナメクジなんてトロいし、怯える必要はないよビー。
【キエトダークスラグ ランクS】
キエトの洞で独自進化を遂げた新種のモンスター。身体を構成するすべてのものが猛毒であり、僅かでも触れれば死に至る。タケル・カミシロでもやばいかも。
弱点:炎。
「俺でもやばいって!」
「ピュ!?」
調査先生のとんでもない忠告に、さっきまでの余裕が吹き飛んだ。
イソギンチャクよりランクが上だった。しかもマデウス初のランクS。
そもそもモンスターのランクっていうのはいまいちよくわかっていないんだが、ともかく目の前の巨大ナメクジは強いということだ。
それでも俺には絶望的な気持ちはなかった。もう駄目だ、死んでしまう、などと一切思わない。
クレイがいる。ブロライトがいる。ビーもプニさんもいる。
俺独りじゃない。
独りじゃなければ、きっとなんとかなる。
確実に倒して、温泉卵を食おう!
照光に照らされた洞の内部は真昼のように明るく、学校の体育館並みの広さがあった。
これでクレイとブロライトは本来の戦いができる。
巨大ナメクジは全身から毒の臭気を放っていた。きっと普通の人間ならこの匂いを嗅ぐだけでも死んでしまうのだろう。俺にとっては初夏のエアコン使い始めた電車内の匂いに似ているな、程度にしか感じられない。地味に臭い。
大きさはトランゴクラブ並み。こいつが極上の食材になるのなら嬉々として倒すんだが、ただのナメクジだからなあ。しかも毒。
真紫に赤ドットの気色悪いナメクジを見上げたブロライトは、驚愕しつつも何かを疑うように問う。
「タケル、あの化け物の名はわかるか」
「えーと、巨大ナメクジ……じゃなくて、キエトのダーク、スラグ?」
「なんじゃと!!」
ブロライトがジャンビーヤを構えながら叫んだ。
その顔は恐怖におののいている。
「そんな、まさか!」
「どしたの」
「クレイストン、覚えはないか? アッロ・フェゼン大陸のガナフ王国のことを」
「ああ……まさか」
「そのまさかじゃ!」
アッロ・フェゼン大陸というのは、俺が今いるグラン・リオ大陸の南にある。
マデウスには東西南北に大陸があり、それぞれの大陸を治める巨大国家によって平穏が保たれている。ガナフ王国っていうのは聞いたことがない。アッロ・フェゼン大陸最大の国は、獣人が統治するフェルス王国のはず。
「はい、俺、知らないんですけど」
「ピュイ」
ビーと揃って挙手すると、ブロライトはなぜかこそこそと声を潜める。
「ガナフ王国は滅んだのじゃ」
「うん。うん? え?」
「私も話に聞いただけではあるが、なんとも恐ろしい…………」
「ごめん、意味がわかんない。えっと、どうして滅んだんですか」
強敵を前に随分と余裕だなと思ったが、その強敵の動きが恐ろしく遅いのだから仕方がない。こちらに到達するまでまだ距離がある。さすがナメクジ。
ブロライトの足らなすぎる説明に質問をすると、クレイがやれやれと補足してくれた。
「ガナフ王国に迷い込んだスラグ種のSランクモンスターが、国軍や冒険者らの防衛をものともせず国を滅ぼしたと聞いておる」
「Sランクのモンスターってそんなに強いの?」
「ああ、強い。ガレウス湖で戦いしダークアネモネとは比べ物にならぬであろう。ダークアネモネすらランクA。あのモンスターも強力な毒を有していた」
「へえー」
見た目は確かに気持ち悪いが、絶体絶命という気持ちにはどうしてもなれない。
最強のSS種古代竜と対峙した経験からか、俺に恐怖心は芽生えなかった。ただ、うねうねしているから粘液で汚れるのは嫌かな程度。
舐めているわけじゃないんだ。
俺のなかの本能が、なんとかなるさと言っている。
「駄目じゃ、我らだけではとうてい敵わぬ! 逃げるぞ!」
「えっ、やだ」
来た道戻るの? それとも、転移門で戻るの?
目の前に大量のお宝があるのに、敵に恐れをなして逃げるなんて勿体ない。みっともないとは言わない。逃げることは負けることじゃないから。
でもさ、負けると決めつけているのは宜しくないな。
「ブロライト、逃げないでいい」
「なにゆえ! あやつは国をも滅ぼす悪魔じゃ! とても、とても今のわたしでは敵う相手ではない!」
ブロライトの経験上、ここまでのモンスターに遭遇したことがないのだろう。
そもそもSランクのモンスターというのは、魔素の濃い場所に行けば必ず遭遇できるというわけではない。出逢えば死を覚悟しろと言われているモンスターがそこらにゴロゴロしていたら、冒険者の人口はもっと少ないだろう。
Sランク種とは、同時に超希少種にもなるのだ。滅多に遭遇、撃退できるわけではないため、素材にならずとも価値が恐ろしく高い。
凄腕の経験豊富なランクA冒険者ですら、Sランクモンスターに遭遇できる確率はないに等しいと言える。わざわざ探しに行かなければの話だが。
しかし、勝機はある。
俺の隣にいるのは誰だ? 俺の頭の上で威嚇している生き物は何だ? その生き物の背に乗っているのは現役の神様だぞ。
負ける気がしないだろうが。
「ブロライトが独りで戦うわけじゃないだろ? なあ、クレイ」
「おおよ。ブロライト、ずうっと黙っておったがな、俺は、種を……変えたのだ」
クレイの身体がむちっと大きくなる。
筋肉がぼこりと蠢き、背の角が巨大化。
謎の湯気を全身から放ち、顔はより凶悪に。
「なっ!? なにがおこるのじゃ! 如何したのじゃクレイストン!」
「大丈夫、ちょっと魔王が降臨するだけだから」
「はああ!?」
ナメクジの動きが止まった。クレイの恐ろしいほどの殺気を感じたのだろう。隣にいる俺だってちょっと怖いもの。
ぐいぐい大きくなるクレイは、目に炎を宿し獲物を捉える。この姿になってから戦いはじめるとめちゃくちゃ暴走しまくるからな、あのオッサン。
巨大なシメジを破壊しないよう、今のうちに天井や壁に結界を展開し、作戦会議。
「弱点は炎。魔法が効かないからどこまで弱らせられるかわからんが、お前らに傷ひとつつかないよう、精一杯防御力を上げる。クレイはとにかく好きに暴れなさい」
「うおおおおお!」
「はいはいうるさい。ブロライトは毒攻撃に気をつけること。あと、むやみやたらと全身汚さないように。あいつ臭いから」
「よ、よし! お前が逃げぬと申すのなら、わたしはそれに従うまで!」
「ビーもはっちゃけろ」
「ピュイッ!」
「プニさんは!」
「おうえんします!」
「はい!」
「ピュイイイーーー!」
ビーの鳴き声とともに、ナメクジの腹部分から触手らしきものが勢いよく飛び出た。
触手はクレイの腕に巻き付き、一気に引き寄せる。
「クレイッ!」
「舐めるなああああーーーっ!」
触手を引きちぎり、大槍をぶん投げて応戦するクレイに、さらなる速度上昇と軽量を重ねがけする。クレイの巨体がより素早くなった。
「洞の王者であろうとも、我の命は奪えぬ! この青き鋼の衣に懸け、立ちふさがりし我が宿敵を倒さん!」
余計なこと言ってる間にさっさと倒せよとは言えない。
きっとクレイの世界があるんだ。流儀ってものがあるんだろう。
「うおおおおーっ!」
「ジュジョ、ジュジョジョ!!」
全身から飛び出た触手がクレイを襲う。あの触手もすべて毒なんだろうな。クレイの皮膚がどす黒く変色していく。
盾と浄化をしていても意味を成さないほど毒が強いってことか? それなら重ねがけしまくりゃいい。
視界を奪うことができれば戦闘を有利に進められそうだが、目は……どこにあるのかわからない。
光も差さない洞の奥では、目は退化してしまうだろう。だとしたら、他の感覚を研ぎ澄まして生きているはずだ。怪しいのは、あの頭の上に生えている触角。
「盾、浄化展開っ! ブロライト、頭の上の触角を狙え!」
「頭から生えておるあのつんつんか!」
「そのつんつんだ!」
「承知したあああっ!」
もともと風のように素早いブロライトが、速度上昇の効果で瞬時にナメクジの背後を取る。ナメクジが気づいたときにはもう遅く、頭上の触角を見事に切り落とした。
「ジョギャアアア!」
「どうじゃああっ!」
凄い凄い!
気づいたらブロライトの身体が消えていて、それと同時に触角がぽとりと落ちた。エルフって瞬間移動できる種族だっけ? と思ってしまうほど、速い。
触角を失ったナメクジはあらぬほうへ触手を放つ。よしよし、あれはセンサーのようなものだったんだな。
「ピュピュ!」
呑気に拍手している俺の頭上で、妙な熱気が溢れ出る。
そして。
「ピュイッ! ピューーーイーーーッ!!」
「離れろバカタレェェェッ!」
ビーの特大火炎が口から放射される。俺の前髪焦がして。
魔素の影響で弱っていたはずなのに、炎の威力は今まで見たことがないほど強かった。
身体が小さくても、吐き出す息吹は古代竜が生み出す特殊な炎。ナメクジが大仰に驚き、巨体を暴れさせた。
「つぎのこうげきです! やきつくしなさい!」
「ピュイイイイーーーッ!」
なんだか調子に乗っちゃっているミニマムプニさんに言われるまま、ビーが中空を飛びながら炎を吐き出す。風精霊の支援もあって、炎は渦を巻いてナメクジの表皮を焼く。いやだなにこれ磯の香り。
「ジョジュッ、ジョジュ!」
「でりゃあああ!」
「てえええい!」
次から次へと生えてくる触手の攻撃をかわし、口らしきところから吐き出される毒息や毒粘液を避けるが、流石のランクS、弱っている気配がしない。俺たちも必死だが、ナメクジも必死だ。
「タケル! このままでは無駄に体力を消費するだけじゃ! なんとかならんか!」
一撃必殺の超すごい技とかあればいいが、思いつくのが俺だからな。
「ゲームをやっていたときはどうしてたんだ? ええと、ええと、ラスボスに対して防御力を上げる、上げた。素早さ上げた。それから、それから……攻撃、攻撃? そうか!」
イメージできる魔法は、そのまま放つことができる。
「攻撃力上昇!」
ユグドラシルの杖によって凝縮された魔法は、周りの魔素を吸い込み神々しい光となって放たれた。
魔法の調整ほんと難しいなと思いつつも、各々の攻撃力は格段に上昇。攻撃に鋭さと重さが増し、戦闘能力が倍増。したと思う。
「グオオオオオ!」
魔王クレイの雄叫びが洞内に轟く。その迫力はナメクジよりもずっと強烈。どっちがラスボスかわからんな。
だがクレイが繰り出す強烈な拳の打撃は、ナメクジを確実に追い込んでいる。全身から飛び出ていた触手は数を減らし、その素早さも半減。
気づけばあれだけ濃厚だった魔素が薄れていた。俺が魔法を遠慮なく使いまくっているせいだろうか。どちらにしろ、ビーに元気が戻ったのは良いことだ。
「タケル! ダークスラグが怯んでおるぞ!」
ブロライトが指さす先、洞の奥へと続くくぼみに入ろうとしているナメクジ。
まだ奥があったのか。このまま逃がすわけにはいかない。そもそもここはブロライトやエルフたちが気軽に訪れることができた洞。魔素の濃さにより来られなくなっただけ。こんな危険なモンスターが郷の近くに巣くっているままじゃ危険だ。
ここで出逢ったが冒険者の宿命。危険なモンスターは討伐しなければならない。
確実に息の根を止めなければ。
「調査! 脳みそは……触角の根元! クレイ!」
「ゴアアアアアアアッ!」
聞いてんのかよあの魔王。
4 粉錫の決着
魔王対巨大ナメクジの戦い。
字面だけ見ればB級映画のようだが、目の前で繰り広げられる死闘は現実。肌を焼くほどの熱と、鼻腔を突き刺すクッサイ匂い。
クレイもブロライトもビーも、巨大ナメクジと見事に戦っている。いや、こちらが優勢だ。
たとえ相手がランクSの強敵だろうとも、俺たちが一丸となれば負ける気がしない。ほぼクレイ一人が猛攻しているが、ブロライトとビーも見事な攻撃を続け、何度目かの「冒険者ってすげぇんだなー」という気持ちにさせてくれた。
俺もあの激戦のなかに加わってナメクジ退治をやりたいが、できることとできないことがあるのです。それを人は向き不向きとも言う。
ナメクジがよろめいた隙に一気に間合いを詰め、両手を硬化して拳を繰り出す。
「カニすーいとーーーんっ!」
「おんせんたまごぉぉーーーっ!」
「ピュイイイーーーッ!」
それぞれ食べたいものを掛け声に、力を振り絞って一斉にタコ殴り。
「なんだ」
「いや、可能性を考えてみただけ」
もしも何かを抑えつけておくための祭壇だったとしたら。
それは、いわゆる封印って言いませんか。すげえやべえやつを封じておくような、そういう。
ドワーフの国では地震によって、トランゴクラブが目覚めてしまった。もしも、この洞の中でも同じようなことが起こっていたとしたら。
いわゆる雑魚敵が最低ランクB。洞の入り口でランクA+のモンスターが出てきて。
それじゃあ封印されている何かっていうのは……?
やだどうしましょう怖い。
腹が満たされたので次は睡眠、と言いたいところだが、モンスターとの連戦に慣れている百戦錬磨な冒険者にとって、体力が回復したら気持ちを切り替え次へと進むのが当たり前。俺みたいに心が未熟な冒険者は、気持ちの切り替えなんて簡単にできないものだ。
しかしここでのんびりしたことで、洞の中で一夜を過ごす羽目になったら嫌だ。早く用事を済ませて温泉に入ろう。そうだ、エルフの郷に戻れば温泉があるのだ。温泉に入りながら温泉卵を食べよう。
そうやって自分を鼓舞しながら、俺は重い身体を無理やり動かし、先へと進む。
「温泉たまごぉぉーーーーっ!」
半熟のぷるんとしたところに塩を振ってあっつあつのを食べるのだ。いや、カニ肉入りのすいとん鍋を山盛り作って、そこに半熟温泉卵を投入してやろう。黄身がとろりと溶けたところが美味いんだよ。
壮大な妄想を繰り広げながら突き出す右ストレートは、毒コウモリの顔面を容赦なく叩き潰す。もう感触が気持ち悪いとか飛び散った毒血液でローブが汚れるとか、細かいことを気にするのはやめた。後でやけくそ清潔をやってやる。
「ピュイィ!」
「ビー、魔素を散らすんだ!」
「ピュイーーーッ!」
同じくやけっぱちになったビーも参戦。身体がしんどいなどと休んでいる場合ではないほど、モンスターの襲撃が激しい。風精霊に頼んで溜まった魔素を飛ばしてもらうが、洞の奥からさらなる濃厚な魔素が吹き込んでくる。この魔素の原因は、どうやら洞の奥にあるらしい。
「妙な掛け声を出すな!」
「タケル、温泉、たまご、とは、なんじゃっ!」
俺以上にモンスターをねじ伏せているクレイとブロライトも、戦闘が続くのに飽きているようだ。しかし、緊張だけは解かず的確に急所を狙うのは流石のランクA。
「防御力低下展開っ! 温泉卵っていうのは、温泉の熱いところで茹でる半熟の卵のこと!」
「とりゃあああーーーっ! それは美味いのか!」
「醤油を落としてカニ肉と合わせて食べると、こんにゃろっ、究極、美味いっ!」
「タケル、わたくしもたべますよ」
「ピュイーイ!」
暗闇の、限られた空間の中でそれぞれ精一杯戦う。
もっと広々とした場所ならクレイとブロライトの本来の力が発揮できただろうし、俺も魔法縛りがなければここまで苦労することはなかった。ある意味これも試練だと自分に言い聞かせ、今夜の夕飯の献立をそれぞれに叫び合った。
小休憩からまたしばらく連戦を続け、毒まみれのモンスターを数え切れないほど倒していく。なかにはバジリスクよりも確実に強い毒ムカデも出てきた。昆虫嫌いの俺がキャアアと乙女の悲鳴を上げながら半べそかいて退治。毒モンスターは毒にしかならないから、倒しがいがない。
もしも倒しっぱなしで放置したモンスターの中にレアな素材があったとしても、取りに帰る余力は残っていない。今は早く目的の素材を採取し、早く帰らなければ。
「この先が祭壇じゃ! 洞の最奥じゃぞ!」
「どっせぇぇーーーいっ! おらあああっ! ネコミミシメジはどこだあああ!」
無詠唱で探査を展開すると、ブロライトの指示通りの洞の先、鉱石類を示す白色、モンスターの死骸を示す赤色、植物などを示す緑色の反応。奥の部屋の輪郭がわかるほど、緑の光が眩く輝いていた。
いや、これは探査だけの輝きではない。
「うお!」
「ピュー」
ぽっかりと開けた空間の壁一面に、ぼんやりと光る白いキノコが生えていた。びっしりみっしりと。シメジというからには、あのお味噌汁や鍋に入れて楽しむ小さなフォルムを想像していたのに、大きくて一メートルはあろうかというほどの巨大キノコ。
基本はシメジなのに、頭に猫耳が生えている。なんとも面白い形をしていた。
【キエトネコミミシメジ ランクB】
湿気の多い暗がりに生息する食用キノコの一種。キエトの洞のなかで独自進化を遂げた新種であり、栄養価が高い。煮るなり焼くなりお好みで。バター醤油はどうでしょう。
魔素を吸い込み発光する性質。
備考:多少の薬効成分も含んでいるため食べるほどに体力が回復する。
調査先生、わかっていらっしゃる。キノコ種はバター醤油が合うんですよ。鍋の具材にもなるし、スープに入れても美味い。
しかも一本一メートルの巨大キノコ。数本採取すればとうぶん食材に困ることはない。おまけにランクBの新種! ここにしか生息していないから、ランクも高いんだろうな。これもグリットに売ってやろう。ベルカイムを離れていても、遊んでいたわけじゃないんだぞと言い訳ができる。
「すごいなこれは! 立派じゃ!」
「俺が知るネコミミシメジよりも大きいぞ」
それも数本ではなく、壁やら天井やら、広い空間にめいっぱい。
まるで宝箱を開けたような心地になってしまう。金銀財宝よりも、ずっと嬉しい発見だ。実際に売ればそこそこの値段がつくんじゃないかな。これでエルフの郷の連中の胃袋も掴みまくってやり、保守派の頑固な考え方も柔らかくしてやる。
郷の中央にあった祭壇、現プニさんの寝床でキャンプファイアーをやるっていうのはどうだろうか。巨大シメジをその場で焼いて、皆で食うんだよ。きっと楽しいはず。
「タケル、ぼんやりとしているひまはありませんよ」
「へあ?」
脳内妄想ではエルフたちが笑顔でマイムマイムしていたんだけど、プニさんの声で我に返る。
クレイとブロライトはそれぞれに気配を察し、戦闘態勢を取った。
現実では毒々しい真紫の巨大な……
なにあれ。
「ジュジュ、ジュルル、ジュル」
あれは鳴き声なのか、それとも威嚇音なのか。
暗がりからゆっくりと出てくるものに、俺たちを追いかけてきたモンスターたちが我先にと逃げ出していった。モンスターもランクが高ければ知恵もつく。空腹よりも我が身を優先させた。それだけ、今から出てこようとしているものが恐ろしいのだろう。
「つよいちからをかんじます」
「ピュィィィ……」
背にプニさんを乗せたビーが怯えた声を出した。今までどんな強いモンスターが来ようとも、ビーが怯えたことなど一度もなかったのに。
空間が広すぎてその姿が見えない。他のモンスターは逃げ出したことだし、相手はラスボスだと覚悟しよう。相手がどれだけ強くても、どれだけ厄介でも、きっとボルさんほどの強さはない。それだけはわかる。
「クレイ、ブロライト、今からここを明るくする。存分に戦えるはずだ」
「承知した!」
「タケル、盾を貰えるか!」
「はいよー!」
とてつもなく濃い魔素。
湿気どころではない、まるでサウナ状態。換気については触れないようにしましょう。
魔法は効かない。魔素は濃いまま。相手は得体の知れない何か。
「これが終わったら温泉卵!」
「おおよ!」
「カニも食べるのじゃ!」
「ピュイイイーーッ!」
ユグドラシルの杖を両手に持ち、魔力を練る。
「照光展開! 全員に盾、速度上昇、軽量展開っ!」
いつもより強い魔力で展開される魔法の数々に、俺自身が驚く。きっと盾はより強固に、速度上昇は目にもとまらぬ速さで動ける。
眩い光の玉に照らされた空間は、広く高いドーム型の天井。一面に光る巨大シメジを背景に、謎のモンスターの全容が……
「えっ」
ナメクジ?
「なんだあれは! 見たことがないぞ!」
「わたしも知らぬ! なんともおぞましいっ……!」
いや、あれナメクジじゃね?
ウミウシ……じゃないよな。あの姿形はどう見てもナメクジ。
紫色で、あちこち突起物が出た、巨大ナメクジ。
どんな恐ろしいモンスターが出てくると思いきや、ぬめった軟体生物。これならガレウス湖で遭遇したイソギンチャクのモンスターのほうがおぞましかった。ナメクジなんてトロいし、怯える必要はないよビー。
【キエトダークスラグ ランクS】
キエトの洞で独自進化を遂げた新種のモンスター。身体を構成するすべてのものが猛毒であり、僅かでも触れれば死に至る。タケル・カミシロでもやばいかも。
弱点:炎。
「俺でもやばいって!」
「ピュ!?」
調査先生のとんでもない忠告に、さっきまでの余裕が吹き飛んだ。
イソギンチャクよりランクが上だった。しかもマデウス初のランクS。
そもそもモンスターのランクっていうのはいまいちよくわかっていないんだが、ともかく目の前の巨大ナメクジは強いということだ。
それでも俺には絶望的な気持ちはなかった。もう駄目だ、死んでしまう、などと一切思わない。
クレイがいる。ブロライトがいる。ビーもプニさんもいる。
俺独りじゃない。
独りじゃなければ、きっとなんとかなる。
確実に倒して、温泉卵を食おう!
照光に照らされた洞の内部は真昼のように明るく、学校の体育館並みの広さがあった。
これでクレイとブロライトは本来の戦いができる。
巨大ナメクジは全身から毒の臭気を放っていた。きっと普通の人間ならこの匂いを嗅ぐだけでも死んでしまうのだろう。俺にとっては初夏のエアコン使い始めた電車内の匂いに似ているな、程度にしか感じられない。地味に臭い。
大きさはトランゴクラブ並み。こいつが極上の食材になるのなら嬉々として倒すんだが、ただのナメクジだからなあ。しかも毒。
真紫に赤ドットの気色悪いナメクジを見上げたブロライトは、驚愕しつつも何かを疑うように問う。
「タケル、あの化け物の名はわかるか」
「えーと、巨大ナメクジ……じゃなくて、キエトのダーク、スラグ?」
「なんじゃと!!」
ブロライトがジャンビーヤを構えながら叫んだ。
その顔は恐怖におののいている。
「そんな、まさか!」
「どしたの」
「クレイストン、覚えはないか? アッロ・フェゼン大陸のガナフ王国のことを」
「ああ……まさか」
「そのまさかじゃ!」
アッロ・フェゼン大陸というのは、俺が今いるグラン・リオ大陸の南にある。
マデウスには東西南北に大陸があり、それぞれの大陸を治める巨大国家によって平穏が保たれている。ガナフ王国っていうのは聞いたことがない。アッロ・フェゼン大陸最大の国は、獣人が統治するフェルス王国のはず。
「はい、俺、知らないんですけど」
「ピュイ」
ビーと揃って挙手すると、ブロライトはなぜかこそこそと声を潜める。
「ガナフ王国は滅んだのじゃ」
「うん。うん? え?」
「私も話に聞いただけではあるが、なんとも恐ろしい…………」
「ごめん、意味がわかんない。えっと、どうして滅んだんですか」
強敵を前に随分と余裕だなと思ったが、その強敵の動きが恐ろしく遅いのだから仕方がない。こちらに到達するまでまだ距離がある。さすがナメクジ。
ブロライトの足らなすぎる説明に質問をすると、クレイがやれやれと補足してくれた。
「ガナフ王国に迷い込んだスラグ種のSランクモンスターが、国軍や冒険者らの防衛をものともせず国を滅ぼしたと聞いておる」
「Sランクのモンスターってそんなに強いの?」
「ああ、強い。ガレウス湖で戦いしダークアネモネとは比べ物にならぬであろう。ダークアネモネすらランクA。あのモンスターも強力な毒を有していた」
「へえー」
見た目は確かに気持ち悪いが、絶体絶命という気持ちにはどうしてもなれない。
最強のSS種古代竜と対峙した経験からか、俺に恐怖心は芽生えなかった。ただ、うねうねしているから粘液で汚れるのは嫌かな程度。
舐めているわけじゃないんだ。
俺のなかの本能が、なんとかなるさと言っている。
「駄目じゃ、我らだけではとうてい敵わぬ! 逃げるぞ!」
「えっ、やだ」
来た道戻るの? それとも、転移門で戻るの?
目の前に大量のお宝があるのに、敵に恐れをなして逃げるなんて勿体ない。みっともないとは言わない。逃げることは負けることじゃないから。
でもさ、負けると決めつけているのは宜しくないな。
「ブロライト、逃げないでいい」
「なにゆえ! あやつは国をも滅ぼす悪魔じゃ! とても、とても今のわたしでは敵う相手ではない!」
ブロライトの経験上、ここまでのモンスターに遭遇したことがないのだろう。
そもそもSランクのモンスターというのは、魔素の濃い場所に行けば必ず遭遇できるというわけではない。出逢えば死を覚悟しろと言われているモンスターがそこらにゴロゴロしていたら、冒険者の人口はもっと少ないだろう。
Sランク種とは、同時に超希少種にもなるのだ。滅多に遭遇、撃退できるわけではないため、素材にならずとも価値が恐ろしく高い。
凄腕の経験豊富なランクA冒険者ですら、Sランクモンスターに遭遇できる確率はないに等しいと言える。わざわざ探しに行かなければの話だが。
しかし、勝機はある。
俺の隣にいるのは誰だ? 俺の頭の上で威嚇している生き物は何だ? その生き物の背に乗っているのは現役の神様だぞ。
負ける気がしないだろうが。
「ブロライトが独りで戦うわけじゃないだろ? なあ、クレイ」
「おおよ。ブロライト、ずうっと黙っておったがな、俺は、種を……変えたのだ」
クレイの身体がむちっと大きくなる。
筋肉がぼこりと蠢き、背の角が巨大化。
謎の湯気を全身から放ち、顔はより凶悪に。
「なっ!? なにがおこるのじゃ! 如何したのじゃクレイストン!」
「大丈夫、ちょっと魔王が降臨するだけだから」
「はああ!?」
ナメクジの動きが止まった。クレイの恐ろしいほどの殺気を感じたのだろう。隣にいる俺だってちょっと怖いもの。
ぐいぐい大きくなるクレイは、目に炎を宿し獲物を捉える。この姿になってから戦いはじめるとめちゃくちゃ暴走しまくるからな、あのオッサン。
巨大なシメジを破壊しないよう、今のうちに天井や壁に結界を展開し、作戦会議。
「弱点は炎。魔法が効かないからどこまで弱らせられるかわからんが、お前らに傷ひとつつかないよう、精一杯防御力を上げる。クレイはとにかく好きに暴れなさい」
「うおおおおお!」
「はいはいうるさい。ブロライトは毒攻撃に気をつけること。あと、むやみやたらと全身汚さないように。あいつ臭いから」
「よ、よし! お前が逃げぬと申すのなら、わたしはそれに従うまで!」
「ビーもはっちゃけろ」
「ピュイッ!」
「プニさんは!」
「おうえんします!」
「はい!」
「ピュイイイーーー!」
ビーの鳴き声とともに、ナメクジの腹部分から触手らしきものが勢いよく飛び出た。
触手はクレイの腕に巻き付き、一気に引き寄せる。
「クレイッ!」
「舐めるなああああーーーっ!」
触手を引きちぎり、大槍をぶん投げて応戦するクレイに、さらなる速度上昇と軽量を重ねがけする。クレイの巨体がより素早くなった。
「洞の王者であろうとも、我の命は奪えぬ! この青き鋼の衣に懸け、立ちふさがりし我が宿敵を倒さん!」
余計なこと言ってる間にさっさと倒せよとは言えない。
きっとクレイの世界があるんだ。流儀ってものがあるんだろう。
「うおおおおーっ!」
「ジュジョ、ジュジョジョ!!」
全身から飛び出た触手がクレイを襲う。あの触手もすべて毒なんだろうな。クレイの皮膚がどす黒く変色していく。
盾と浄化をしていても意味を成さないほど毒が強いってことか? それなら重ねがけしまくりゃいい。
視界を奪うことができれば戦闘を有利に進められそうだが、目は……どこにあるのかわからない。
光も差さない洞の奥では、目は退化してしまうだろう。だとしたら、他の感覚を研ぎ澄まして生きているはずだ。怪しいのは、あの頭の上に生えている触角。
「盾、浄化展開っ! ブロライト、頭の上の触角を狙え!」
「頭から生えておるあのつんつんか!」
「そのつんつんだ!」
「承知したあああっ!」
もともと風のように素早いブロライトが、速度上昇の効果で瞬時にナメクジの背後を取る。ナメクジが気づいたときにはもう遅く、頭上の触角を見事に切り落とした。
「ジョギャアアア!」
「どうじゃああっ!」
凄い凄い!
気づいたらブロライトの身体が消えていて、それと同時に触角がぽとりと落ちた。エルフって瞬間移動できる種族だっけ? と思ってしまうほど、速い。
触角を失ったナメクジはあらぬほうへ触手を放つ。よしよし、あれはセンサーのようなものだったんだな。
「ピュピュ!」
呑気に拍手している俺の頭上で、妙な熱気が溢れ出る。
そして。
「ピュイッ! ピューーーイーーーッ!!」
「離れろバカタレェェェッ!」
ビーの特大火炎が口から放射される。俺の前髪焦がして。
魔素の影響で弱っていたはずなのに、炎の威力は今まで見たことがないほど強かった。
身体が小さくても、吐き出す息吹は古代竜が生み出す特殊な炎。ナメクジが大仰に驚き、巨体を暴れさせた。
「つぎのこうげきです! やきつくしなさい!」
「ピュイイイイーーーッ!」
なんだか調子に乗っちゃっているミニマムプニさんに言われるまま、ビーが中空を飛びながら炎を吐き出す。風精霊の支援もあって、炎は渦を巻いてナメクジの表皮を焼く。いやだなにこれ磯の香り。
「ジョジュッ、ジョジュ!」
「でりゃあああ!」
「てえええい!」
次から次へと生えてくる触手の攻撃をかわし、口らしきところから吐き出される毒息や毒粘液を避けるが、流石のランクS、弱っている気配がしない。俺たちも必死だが、ナメクジも必死だ。
「タケル! このままでは無駄に体力を消費するだけじゃ! なんとかならんか!」
一撃必殺の超すごい技とかあればいいが、思いつくのが俺だからな。
「ゲームをやっていたときはどうしてたんだ? ええと、ええと、ラスボスに対して防御力を上げる、上げた。素早さ上げた。それから、それから……攻撃、攻撃? そうか!」
イメージできる魔法は、そのまま放つことができる。
「攻撃力上昇!」
ユグドラシルの杖によって凝縮された魔法は、周りの魔素を吸い込み神々しい光となって放たれた。
魔法の調整ほんと難しいなと思いつつも、各々の攻撃力は格段に上昇。攻撃に鋭さと重さが増し、戦闘能力が倍増。したと思う。
「グオオオオオ!」
魔王クレイの雄叫びが洞内に轟く。その迫力はナメクジよりもずっと強烈。どっちがラスボスかわからんな。
だがクレイが繰り出す強烈な拳の打撃は、ナメクジを確実に追い込んでいる。全身から飛び出ていた触手は数を減らし、その素早さも半減。
気づけばあれだけ濃厚だった魔素が薄れていた。俺が魔法を遠慮なく使いまくっているせいだろうか。どちらにしろ、ビーに元気が戻ったのは良いことだ。
「タケル! ダークスラグが怯んでおるぞ!」
ブロライトが指さす先、洞の奥へと続くくぼみに入ろうとしているナメクジ。
まだ奥があったのか。このまま逃がすわけにはいかない。そもそもここはブロライトやエルフたちが気軽に訪れることができた洞。魔素の濃さにより来られなくなっただけ。こんな危険なモンスターが郷の近くに巣くっているままじゃ危険だ。
ここで出逢ったが冒険者の宿命。危険なモンスターは討伐しなければならない。
確実に息の根を止めなければ。
「調査! 脳みそは……触角の根元! クレイ!」
「ゴアアアアアアアッ!」
聞いてんのかよあの魔王。
4 粉錫の決着
魔王対巨大ナメクジの戦い。
字面だけ見ればB級映画のようだが、目の前で繰り広げられる死闘は現実。肌を焼くほどの熱と、鼻腔を突き刺すクッサイ匂い。
クレイもブロライトもビーも、巨大ナメクジと見事に戦っている。いや、こちらが優勢だ。
たとえ相手がランクSの強敵だろうとも、俺たちが一丸となれば負ける気がしない。ほぼクレイ一人が猛攻しているが、ブロライトとビーも見事な攻撃を続け、何度目かの「冒険者ってすげぇんだなー」という気持ちにさせてくれた。
俺もあの激戦のなかに加わってナメクジ退治をやりたいが、できることとできないことがあるのです。それを人は向き不向きとも言う。
ナメクジがよろめいた隙に一気に間合いを詰め、両手を硬化して拳を繰り出す。
「カニすーいとーーーんっ!」
「おんせんたまごぉぉーーーっ!」
「ピュイイイーーーッ!」
それぞれ食べたいものを掛け声に、力を振り絞って一斉にタコ殴り。
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