素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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4巻

4-2

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 さてどうしようか。人型になったプニさんに浄化魔道具マジックアイテムを造ってあげればいいのかな。

「ちょっと待ってろよ。もう一つ同じ魔道具マジックアイテムを造るから」

 ――ぶるるるるる……
 それじゃあまたミスリル魔鉱石の砂入り小瓶を取り出して、と鞄に手を突っ込むと。
 ――ひひーん!
 プニさんは一声高くいななき、全身をまばゆく輝かせた。
 いや、人型になる前に魔道具マジックアイテムを造らせろよ!
 まったく、だから神様って自己中で人の話を聞かなくて……

「このすがたならば、わたくしもつれていけるでしょう?」

 えっ?
 ヘリウムガスを吸ったときのような高音。光と煙で隠されたその先。
 現れたプニさんは小さな姿で。
 いや、子供じゃなくて。

「さあいきましょう!」

 全長二十センチほどの小さなプニさん。
 まるで子供が遊ぶなんとかちゃん人形が、そこにいた。




 2 濃墨こずみの闘争


 エルフの郷、ヴィリオ・ラ・イの北。
 名もなき美しい湖の東の畔に、ぽっかりと開く漆黒しっこくの空間。
 ハイエルフの先祖が発見したとか、創世の頃からそこにあったとか、逸話いつわがいろいろとあるらしいキエトの洞。

「なんていうか凄く……入りたくないです」

 THE洞窟★
 という、来る者全員ぶち殺してやんぞオーラを放つその穴は、人が入れるよう階段状の坂になっていた。しかし、光は入り口付近までにしか届いておらず、めちゃくちゃ嫌な雰囲気。

「ふざけたことを申すな。行くぞ」

 クレイに頭を小突こづかれ、嫌々ながら後に続く。
 怖いとかじゃないんだよ。怖さは一切ない。どんなモンスターが出てくるのだろう、珍しい素材はあるのかな、という好奇心のほうが強い。
 しかし俺は経験値が少ない。マデウスに来て半年ちょっと。様々な場所に行ったが、こういった禍々まがまがしい洞に入るのは初めてなんだ。ボルさんの住処に通じる洞穴は、こんな嫌な予感はしなかった。ドワーフの国、ヴォズラオの坑道も暗くて湿った場所だったけど、あの坑道ですらひるむ気持ちは一切なかったのに。
 でかいカニがいるとしたら、スキップるんるんで入るんだけどな。
 経験したことのない事態におちいったとしたら、俺は冷静に対応することはできるだろうか。

灯光ライト

 邪魔にならない大きさの光の玉を三つ造り出す。魔素が濃すぎて調整が大変だったが、時間をかけて集中。その光の玉をクレイ、ブロライト、俺の側に配置させ、足元が暗くならないように照らした。

「ビー、苦しくないか?」
「ピュィィ……」

 俺の頭の上でヘバるビーを案じながら先へと進む。
 ちっちゃなプニさんいわく、どれだけ魔素が強くても神様が死んだりすることはない。だが、魔素の影響で身体がむしばまれ弱くなるのは事実。
 ビーにはクレイかブロライトの傍にいろと言ったんだが、断固として俺の頭から離れようとしなかった。ビー曰く、このくらい耐えてみせると。耐えて、慣れてやると。その気丈きじょうな姿が可愛い。

「辛かったらすぐに言ってくれ」
「つかえなくなれば、おいていけばよいのです」

 ヘリウムガスを吸ったような声が洞に響いた。笑っちゃいけないが、この声ほんとに面白い。
 ちっちゃくなったプニさんは、クレイの肩に座っている。その姿でその場所で、何を威張っているんだと言いたくなったけど、我慢。吹き出しそうだから。
 相変わらず冷たいプニさんにビーが反論しようとするが、声に力はない。

「ピュイイィー……」
「はいはい、辛いのに喧嘩けんかしないの。それじゃあまず、これを置いておこう」

 魔石を置いて地点ポイントを確保し、固定フィク
 これで最深部まで行っても、入り口まですぐ戻ってこられる。魔石には何があっても壊れないよう結界バリア機能もつけているから、もしも洞の入り口が壊されるようなことがあっても、俺たちが戻ってこられるくらいの場所は確保できる。
 念には念を。俺ってば基本的にビビリですから。
 残念ながら洞内部の地図はない。ブロライトの案内で進むしかない。超不安。
 洞の中は入り組んでいたとしても、一度通ってしまえば探査サーチすることが可能。迷ったら来た道を戻ればいいだけだ。

「よし、こっちじゃ!」

 軽やかな足取りのブロライトに従い、洞の奥へと進む。
 洞は中に行けば行くほど天井が高くなっており、クレイも背をかがめずに歩くことができた。
 全身で警戒をするクレイとブロライトに挟まれながら、手にユグドラシルの杖を構える。洞に入ったとたんモンスターが襲い掛かってくるものだと思っていたが、違うんだな。ただ、この静寂が不気味。びちゃ、びちゃ、という歩く音だけが響き渡り、ぴちゃん、ぴちゃん、という水の音が……

「ぴょ!」

 突如飛び上がったブロライトにクレイが素早く反応して剣を抜き、ビーが驚いて俺の頭皮に爪を立てた。

「ピイィィ~~ッ!」
「イデェ! なんなの!」
「モンスターか!」
「いや、首筋になにか垂れてきたのじゃ!」
「水滴だろ。もう、驚かせるなよ。ビーは後で爪を整えてやる」
「いやこれは、水滴にしては……」

 ぬるぬると。
 ブロライトの首に垂れたものの正体。
 光に照らされたそれは、緑色に光る粘着質。

「ばっちいなそれ!」
「タケル! 上だ!」
「あらあら、おおきいですね」

 呑気のんきに感心するプニさんが指さす先、そこには巨大なへびが大きな口をあーんと開けていた。
 天井に空いた穴から出てきただろう巨体をうごめかせ、その手を……
 手!? なんで蛇なのに手が生えているのこれ!

「バジリスクじゃ!」

 いや、バジリスクって蛇の王様って言われていて、決してこんな巨大ツチノコのようなフォルムではなかったような!
 広い空間だとはいえ、場は限られている。天井からにゅるりと這い出してきた巨大ツチノコは、両手足をカサコソと激しく動かし、一目散に俺を目がけてきた。

結界バリア展開! 速度上昇クイック展開!」
「グギャアアア!」
「うひょーーーー!!」

 がばりと開いた口が強烈なにおいを放つ液体を吐き出す。液体がべしゃりと叩きつけられると、壁がじゅっと音を立てて溶けだした。酸かこれ。強酸を吐き出すのか!

「タケル! 不用意に近づくでない!」
「近づいてないだろうが! あっちが、こっちに!」

 ツチノコのくせに恐ろしく素早い。
 いや、実際のツチノコなんて見たことはないが、あのフォルムで以前戦ったロックバードより素早いってどういうことだよ。
 弱点はないのかな。弱点。先生、助けてください。


【キエトバジリスク ランクA+】
 サーペント種の最上位種。キエトの洞で独自の進化を遂げた。強固な表皮に覆われた身体は魔法をはね返す。酸袋から吐き出す体液は強酸。気をつけて。
 備考:尻尾しっぽの先端は金剛石こんごうせきになっており、高値で取引されている。
 弱点:八個あるひとみ


 調査スキャン先生、優しくなっている!
 いやそれより、金剛石ってダイヤモンドってことだよな。ダイヤモンドはお貴族様たちに大人気の宝石だ。これだけ大きな図体なら、ダイヤモンドも大きいはず。よしよし、採取してチームの食費にしてやるか。

「クレイ! ブロライト! 弱点は八つの目ん玉! 魔法は効かない!」
「ならば目玉を潰すまで!」

 クレイの剣が的確に瞳を斬り裂くが、鈍い音とともに弾かれる。バジリスクの瞳は蛇と同様、薄い膜に覆われていた。まるでコンタクトレンズのような。
 それが八つあるって、どういった進化を遂げたらそんなことになるか説明してほしいくらいだが、ともあれ爬虫はちゅうるいっていうのは総じて寒さに弱い生き物だ。

氷結槍アイシクルランスを展開! 二人とも避けろ!」
「タケル、狙うなら足元じゃ!」
「了解っ! そーれいけ!」

 鋭い氷の槍が数え切れないほどバジリスクの足元に突き刺さる。槍が突き刺さった地面は瞬時に凍りつき、一気に外気温を下げ、バジリスクのわずかな体温を急激に奪う。
 本体に直接魔法が効かなくても、魔法で周囲の環境を変化させれば本体に影響を与えることはできるんだ。

「続いて暴風雪ブリザード、展開っ!」

 足元の氷の槍にひるんだ隙に、寒さに追い打ちをかけた。
 こっちは結界バリア効果で暑さ寒さを一切感じないから、ここら周辺を全部極寒にしてやる。
 魔素の影響で魔法をコントロールするのが難しい。今までにないほど集中し続けないと。

「ギャガッ……ギャッ…………」

 バジリスクは突然寒くなった理由がわからないようで、真っ白い息を吐き出しながらそれでも俺を目がけて歩こうとしていた。
 だからなんで俺だけを狙うのよ。肉を食いたいなら肉付きのいいクレイを食べなさい。

「てえぇい!」
「ギャアアア!」

 クレイの大槍がバジリスクの目を一つ潰した。寒さのせいでまばたきすら遅くなっているようだ。
 動きが鈍くなった巨大な蛇なんて、百戦錬磨ひゃくせんれんまの冒険者の敵ではない。

「たあっ!」
「ギョアアアアアッ!」

 続いてブロライトの剣、ジャンビーヤがうなり、次々と目を潰す。
 はー、やっぱり二人の戦闘はかっこいいよなあ。俺は戦闘に関しては素人だから偉そうなことは言えないが、二人の動きには無駄がないんだ。
 ゴブリンとの戦いで様々な冒険者の戦いっぷりを見てきた。しかし、二人の素早さは別次元。またたく間に対象物を撃破する様は、見事としか言えない。

「クレイストン、みけんにもめだまがあるようです」
「かたじけないっ!」

 ちっちゃなプニさんも目玉の場所を教えてくれた。ありがたい。

「ピュイ、ピュイ」
「うん? 無理しなくていいんだぞ?」

 俺の頭をぺしぺしと叩いて、攻撃への参加を訴えるビー。
 身体をバジリスクに向けてやると。

「ピュ! ピューーーーーイーーーーーッ!」
「だから離れてやれって!」

 ビーの得意技、超音波振動ドラゴファウストが炸裂。
 結界バリアを展開していなければ脳みそが弾け飛ぶほどの強烈な振動は、弱ったバジリスクの三半規管を刺激したらしく、完全に動きを止めた。
 表皮を直接攻撃する魔法は効かないが、生きるために必要な呼吸器官や、寒暑を感じる感覚器官には効くようだ。
 しかし油断は大敵。窮鼠きゅうそは追いつめられると猫をも噛むのだ。

調査スキャン……残りの目ん玉はひとつ! ちっちゃな鼻の上!」
「承知した!」

 クレイが大槍を構え、渾身こんしんの力で振り放った。
 槍は猛烈な勢いで残った瞳を貫く。

「ギャアアアアアア!!」

 バジリスクは絶叫を上げのたうち回り、尻尾で壁を叩きながら暴れた。
 壁には結界バリアを展開済み。あとはバジリスクの最期さいごを見守るだけだ。

「グギャッ……ギャ……」

 目玉を潰しただけでどうして死ぬのだろうか、なんて他所事よそごとのように考えながら動きが完全に止まるのを待つ。
 俺たちがここに来なければ生き続けただろう命。
 そんなこと考えたら冒険者なんてやっていられないから、戦うことに後悔はしない。

「ピュピュ」
「使えるところは全部利用させてもらう。ありがとう、ツチノコ」
「ピュムー……」

 両手を合わせ冥福めいふくを祈ると、鞄をがばりと開く。
 俺が指示をしなくとも二人は心得たとばかりにバジリスクを抱え上げた。バジリスクはそのまま鞄の中へするりと呑み込まれる。
 せっかくのランクA+モンスターだ。しかも、キエトの洞で独自進化したバジリスク。きっとレアな素材を持っているはず。
 尻尾の先のとがった石がすべてダイヤモンド。腕のいい宝石職人にみがかせれば、どんだけ大きなダイヤモンドになるだろうか。楽しみだ。

「このようなモンスターがキエトの洞に出るなど、有り得ぬことじゃ」

 ブロライトがに落ちないとばかりに、バジリスクを収納した鞄を見つめる。

「これも、濃い魔素が原因なのかもしれぬな」
「ハイエルフでも苦しむ魔素の中で暴れまわるなんて、相当な耐性……いや、突然変異なのかな」
「どちらにしろ、これからさきもきけんなのはかわりがないでしょう」

 うへえ。
 洞探索の序盤でラスボスにぶち当たった気分だったが、もしもキエトの洞の内部でバジリスクが最弱モンスターだったとしたら。
 もう帰りたい。



 3 吾亦香われもこうの休息


 レベル5くらいの初心者冒険者がラスボスのダンジョンに迷い込んだ境遇っていうのは、今の俺のことを言うのだろう。
 キエトの洞、はんぱねえ。

「クレイストン! 右じゃ!」
「おおよ! どりゃああ!」
「ピュイ、ピュィ!」
「ブロライト、うえです」
「ハアアアッ!」

 くねくねとした洞を順調に進む俺たち。
 順調、ではあるのだ。時々ブロライトが「こっちか? いや、こっちかもしれん」と心配になる道案内をしてくれたが、おおむね順調と言わせてもらおう。
 バジリスク並みのモンスターが次から次へと出てくるものの、それだけで誰一人として負傷していない。

「こーんちくしょー!」

 硬化ハード化した両手でパンチを繰り出し、サソリ型モンスターの猛毒の尻尾を叩き潰す。悪臭を放つ青紫色の体液が弾け飛んだ。きもちわり。

「お前ら、そろいも、そろって、毒まみれ、か、よっ! おりゃああっ!」

 毒ツチノコにはじまり、毒サソリ、毒ハチ、毒アリ、毒カマキリと、毒しかありませんけど何か? ってくらい、毒モンスターが飽きることなく俺に襲い掛かる。モンスターが俺を目がけて襲ってくるのは、俺の放つ独特の魔力を感じ取っているから。
 出てきたモンスターは、キエトの洞で独自進化を遂げた変異種ばかり。暗闇でもわずかな音を聞きつけ、俺を食ってやろうとハイテンションでやってくるから、対抗策を考える暇がない。
 やけくそ全開魔法で一網打尽にできたらどんなにラクか。どいつもこいつもバジリスク同様、魔法を弾き返してしまう。魔法縛りがこれほどキツいとは思っていなかった。
 珍しいモンスターなのにいちいち調査スキャンしている暇すらなく、走りながら先を急いだ。もちろん、死体の回収もできていない。勿体ない。

「さすがにっ、これだけを、相手するのは!」
「ああそうじゃな! 疲れた!」
「タケル、おなかがすきましたよ」
「わかってんよ!!」
「ピュィ~~……」

 いくら全員がスタミナお化けといっても、お代わりしまくりのモンスターラッシュは心身ともに疲弊ひへいする。
 はーやれやれ、と息をつく暇がないのは辛い。
 無双むそう系ゲームで爽快感を得ていたあの頃の俺を説教してやりたい。お前な、ボタン操作でラクしてんじゃないよ、と。
 休みなく戦うのはゴブリン戦以来だったが、あのときよりもずっと辛い。モンスター個々が最低でもランクB、強くてランクA++。その++ってなんだよちきしょうめ。
 ビーもへとへとで、俺にしがみ付くのが精いっぱいのようだ。

「この先にひらけた場があるのじゃ! そこで、なんとかならんか!」
「特大の結界バリアを展開して、それから結界バリア魔石を起動させる!」
「心得た!」

 走りながら毒アリを踏みつけつつ、清潔クリーンやってやる絶対に清潔クリーンやってやるこの野郎バカ野郎と呪いのように呟きながら、ゆるいカーブを曲がる。
 ブロライトの言った通り、突然ひらけた空間が現れ、高い天井からわずかな太陽の光が漏れていた。

「ブロライト! 左右に展開するぞ!」
「了解!」
「タケル! 今だ!」
「やけくそ結界バリア、展開ぃっ!!」

 説明しよう。
 俺の「やけくそ」魔法シリーズは、その名の通り自重じちょうも調整も一切考えないで放たれる魔法のことである。適当に名付けた。
 極限まで高められて放たれた魔法は本来の目的以外にも作用してしまい、結果がどうなるのか予想ができないという恐ろしい技。
 ゆえに、頭のどこかで冷静に調整をしないとならないのだが、今の俺にそんな余裕はない。とにかく早く休みたい。
 ユグドラシルの杖がまばゆく輝き、周囲の魔素を吸い込んだ。
 透明の膜のような壁が俺を中心に円状に広がる。追いかけてきた毒モンスターたちを押しのけ、広い空間全体を覆う。きらきらとした粒子が宙を飛び交い、魔素すらも消滅してしまったことがわかった。
 結界バリアを最大出力で展開すれば分厚いガラスのようになる。これきっと防弾で防刃。

「……すっげ」
「流石じゃな!」

 喜び飛び跳ねるブロライトと、分厚いガラスを叩いて強度を確認し頷くクレイストン。
 クレイストンの甲冑かっちゅうの下に隠れていたプニさんは、辺りを見回してから飛び降り、ぼひゅん、と音を出して通常の人型サイズに戻る。

「ひひん。周囲の魔素が消えてしまいました。タケル、やりすぎましたね」

 ごめんて。
 調整する余裕なんてなかったんだって。
 鞄から結界バリア魔石を取り出し、四方に配置する。やけくそで放たれた結界バリアはしばらく持ちそうだったが、これもまた念のため。

「はあああ、疲れた」
「そうだな。ゴブリン討伐以来の連戦であった」

 全身から力を抜いたクレイストンとブロライトは、もう駄目だと言わんばかりに腰を下ろした。まだ余力はあるだろうが、集中力というのは長く続くものではない。
 上司からの説教も、素直に聞き入れられるのは五分が限界。それ以上は「あーもう早く終わんないかな」となる。嫌なものほど過ぎる時間が長く感じるものだ。
 俺の精神は未熟なまま。限界がわからない体力と魔力を持っていても、精神まで鍛えられたわけではないんだ。だから素直に思ってもいいはず。もう帰りたいと。

「改めて思うが、洞の中で温かな飯を食えるというのはありがたいことじゃな」
左様さよう。こればかりはタケルに感謝をしよう」
「ははっ、べつにいいよ。俺が食べたいだけだ」

 まずは全員で魔素水をコップ一杯飲み干す。
 続いてエルフの料理長が作ってくれた巨大ローストビーフサンドイッチを食べながら、ベルカイムで買っておいた温かい野菜スープを飲み、温かいそば茶を飲む。
 結界バリアのおかげで暑さ寒さを感じない。しかし、疲れたときこそ温かい食べ物や飲み物が身に染みるのだ。
 カニをたらふく食いたいが、カニの美味さに目覚めてしまった仲間たちに隠れて食う度胸はない。とっておきのトランゴクラブの肉は、キエトの洞を攻略した後でふるまおう。それまで我慢。

「それぞれ回復薬も飲んでおいてくれ。リベルアさん特製だから疲労回復になる」

 ベルカイムにあるムンス薬局のリベルアが作った回復薬を二つ取り出し、手渡す。
 体力オバケのこいつらにどこまで効くかはわからないが、すでに温かい飯を食って身体はだいぶ回復しているようだ。
 洞の中は常に真っ暗で、わずかな太陽の光が差し込んだとしても正確な時刻はわからない。腹の虫の鳴きっぷりからみて、今は昼過ぎかおやつ時か。
 このまま暖かいオフトゥンに包まれて寝てしまいたい。
 いくら身体の疲れが取れても、心の疲れはそのままだ。

「ピュプププ……プィィ……」

 ビーは食べるだけ食べ、飲むだけ飲んだら俺の膝の上で眠ってしまった。こんなちっちゃな身体で精一杯頑張ってくれたからな。洞を出たら焼きガニに醤油しょうゆを垂らして食わせてやるよ。

「ブロライト、洞はどこまで続いているんだ」
「む? 最深部の突き当たりにある祭壇まであとわずかじゃ」
「わずかってどのくらい?」
「ここから、入り口くらいまでじゃな」

 それ、わずかって言わねーよ?
 だがしかし、半分までは来ているということか。それは朗報なのかもしれない。そう思わないとやってらんねえ。

「気は抜けぬということだな。祭壇というのは何だ?」
「それがよくわからぬのじゃ、クレイ。リベルアリナをまつるものなのかと思われたが、様式が違うのじゃ」
「つまり、リベルアリナのための祭壇ではないと申すのか」
「うむ。誰がなんのために作ったのか、長老様もご存じない」

 長老様というのは、グラン・リオ・エルフ族のなかで一番長命なハイエルフのこと。ブロライトのひいひいひいひい……なんかすっごい長生きしているじいさんらしい。
 今は完全に隠居して、エルフの郷から離れたところでひっそり暮らしている。なぜそんな離れて暮らしているのかといえば、長老様はなんと改革派。保守派のハイエルフらからなかば追い出される形で出ていったのだと。

「長老様っていうのは、郷から出て無事に暮らしていけているのか?」
「ああ。無事じゃ。プネブマ渓谷けいこくでレインボーシープを育てておる。あそこは魔素が少ないが、不便はないそうじゃ」

 なんですと。
 レインボーシープとはわたあめみたいなカラフルな羊のこと。わたあめ天国うらやましい。
 いやそうじゃなくて、とにかく謎の祭壇とやらが気になる。
 リベルアリナを祀るためではないとしたら、他の何かを祀っているのか。
 エルフの郷を襲った地震。それによって河の水位が上がり、流れが激しくなった。でも、それだけで魔素があふれるっておかしくないか? と思っていたんだけど。
 もしかしてと考えてふと呟く。

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