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15巻

15-3

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「タケル、あれは絶対に我らを侮蔑ぶべつしておるのじゃろう」
「ピュィ……」

 こらこら、人を指さしてはなりません。失礼な真似をされたからって失礼な真似をしたらいけませんよ。ビーも戦闘態勢を取るのをやめなさい。グーをしまいなさい。その振り上げたグーで何をするつもりなの。
 俺はブロライトの指を隠すようにブロライトの前に立ち、ビーを脇に抱えて拘束する。

「何言っちゃってんのブロライトさん。そんな、こと、ナイヨー」
「いいや、あの目は我らをさげすむ目じゃ。それに見てみい、ルカルゥのあの顔を。可哀想に怯えておるのじゃ。このままトルミに連れ帰ったほうが良いのではないか?」
「もうちょっと様子見ないと。それに、俺が有翼人の言葉を理解しているってことを知るのはファドラだけだ。ファドラの顔、見てみな」

 白装束たちの立場がファドラよりも上なのかはわからないが、ファドラは悔しそうな顔をして俯いている。
 悔しいというよりも、申し訳ないような、苦しそうな。

「あとで事情を聞こう。だからこの場はこらえて」

 俺はブロライトとクレイに目配せをすると、ビーの頭を撫でた。

「ピュイ?」
「郷に入っては郷に従え。有翼人の常識が俺たちにとっての非常識だったとしても、それが悪いことだとは言えないだろう? 俺たちはあくまでも外の国から来た異邦人だ。しかも、招かれざる客だぞ? 失礼な真似をしたのは俺たちであって、彼らは職務に忠実に動いているに過ぎないんだ」
「ピュゥー……」

 ほっぺたを膨らませて拗ねるビーをなだめつつ、クレイとブロライトにも視線を移す。
 二人は考えるよりも身体が動いてしまう性質なので、ひとまず落ち着いてもらいたい。
 俺だってルカルゥにそんなこと言うなと叫んでしまいたい衝動を抑えているのだから。

「……まずは様子を見守る。ルカルゥが助けを求めたら応える。我らは即座に行動に移せるよう警戒する。これならば良いか」

 クレイが不満たらたらに言うと、ブロライトもほっぺたを膨らませながら渋々頷いた。

「ルカルゥを泣かせるような真似は許さんのじゃ」
「ピュ」

 俺も許さんよそんなこと。
 白装束たちに取り囲まれて慌てているスッスの手を放そうとしないルカルゥ。
 ルカルゥは本来人が嫌がることをしない。ザバもルカルゥをいさめるし、今の状況がスッスを大いに困らせていることはわかっているのだろう。だが、それでもスッスの手を放したくないのだ。
 この時点でルカルゥの状況を察すると、ルカルゥは白装束たちが好きではない。あの過保護っぷりが嫌なのか、俺たちのことを侮蔑の目で睨む態度が嫌なのか、仰々ぎょうぎょうしく崇められるのが嫌なのかはわからない。俺としては全部嫌だろうなとは思う。トルミ村で腹を抱えて笑い転げていたルカルゥが懐かしい。
 入国した俺たちを警戒するのはよくわかる。むしろ無警戒でホイホイと他種族を受け入れてしまうほうが恐ろしい。
 桟橋のはるか向こうから黄金に輝く輿こしがやってきた。
 白いベールに四方を隠されたいかにも高貴な方が座するために用意された輿。屈強な猛禽類顔の白装束有翼人が四人、輿を担いでいる。ちょっとかなり怖い光景。
 もしかしてルカルゥをあの輿に乗せるつもりか? いやいや、お手々繋いで連れて行ってやんなさいよ。時々ブーンッて飛ばしてやると喜ぶんだから。

「ルカルゥ、まずはこの人たちの言うことを聞いたほうが良いっす」
「……、……」
「きっとたっぷり心配していたんすよ。だから皆を安心させてほしいっす」
「……!」
「おいらたちはすぐに帰ったりしないっすよ! ルカルゥはトルミ村の大事な大事な子供っす。それに、おいらたちは素直に引き下がるほどお行儀は良くないっすよ?」

 スッスがルカルゥの目線に合わせてしゃがみ、こそこそと内緒話でルカルゥを説得している。
 俺たちは揃って耳が良いので、丸聞こえ。おまけにスッスの特殊技能スキルである「内緒話」を使ってくれているからこそ、俺たちにも聞こえるようにしているのだろう。
 スッスに芽生えた新たなる技能スキルは「内緒話」。言葉を聞かせたくない相手と聞かせたい相手を選ぶことができるという、リルウェ・ハイズなら誰もが所持している技能スキルだ。
 案の定、ファドラも周りを取り囲む白装束も、スッスとルカルゥの会話が聞こえていないようだ。
 おまけに俺たちはルカルゥの表情や仕草でルカルゥの伝えたいことがわかる。これはルカルゥとたくさん接していたから理解できるようになったのだ。
 それがわからない連中は、ルカルゥと密に過ごしていないな。
 ルカルゥの目の前に輿が下ろされると、ルカルゥは目に涙を溜めてスッスに抱き着く。
 スッスはルカルゥの背をとんとんと優しく叩くと、ルカルゥの身体を放して輿へと誘導した。
 誰も彼もが深く頭を下げたまま。白装束たちすら。
 いやいやいやいや、ちっちゃい子があんなでかい輿に乗ろうとしているんだぞ? 誰か抱っこしてやれよ!
 案の定ルカルゥは輿に乗るのに一苦労。段差がある輿に必死に乗ろうとしている。ルカルゥの背の羽は片方動かないのだから、誰かが介助をしないと。
 だが周りの連中は動かない。
 そんな光景に嫌気がさしたのか、ブロライトが無言で近づいてルカルゥの身体を抱き上げた。

『ルカルラーテ様に何をなさる!』

 ルカルゥの一番傍にいた白装束の女性が声を荒らげるが、ブロライトは冷たい視線で彼女を見下ろす。睨まれた女性は小さく悲鳴を上げると、腰を抜かした。
 ブロライトがここまで怒るのは珍しい。少しだけ怒気というか威圧を放ったようだ。普段は対モンスター戦にしか出さない、対象の怯えを増幅させる効果がある威圧。
 これを真っ向から受けてしまった人間には全身を恐怖が走り抜ける。例えがたい恐怖なので説明が難しいが、底の見えない崖っぷちから落とされたような感覚に似ているらしい。と、訓練で威圧を受けたことのあるスッスが言っていた。――ブロライトは威圧が有翼人にも有効な手であることを確かめたのかな。

「子の気持ちを理解しようと努力すらせぬ奴らなぞ、必要ないのじゃ。ルカルゥ、助けてほしい時は必ず誰かを頼れと言うたろ? 我らにはルカルゥの声は届くのじゃからな」

 静かに怒りを放つブロライトは、ルカルゥの頭を撫でてからゆっくりと輿に乗せた。

「ザバ、我らの力を欲する時は遠慮なぞするな。困った時は声を上げろ。タケルが何か悪だくみをしてくれるぞ。お前も頼れ」
「……」
「今は相手方の様子を見ることも必要じゃ。しばし辛抱しんぼうするのじゃ」

 大粒の涙を溢れさせたルカルゥに、ブロライトは腰に下げていた巾着袋から白い布を差し出した。あれはよく泣くブロライト用の鼻かみ布なのだが、新品なのでルカルゥに使っても良しとする。
 ブロライトは輿を覆う布を下げてしまうと、スッスを伴って俺たちの元へと戻った。
 白装束たちはそれぞれ顔を見合わせて困惑していたが、猛禽類顔の白装束を纏った有翼人たちが輿を上げると、俺たちと距離を取りながら移動を始めた。

「クレイ、耐えてくれてありがとう」

 今にも太陽の槍でそこら辺をぎ払いそうなほど怒っていたクレイに声をかけると、クレイは鼻息荒く眉根を深く寄せる。

「ふん。地上の民は感情に任せて武力に訴える種と思われるのは業腹ごうはら。お前こそよく声を荒らげなかったな」
「ルカルゥにびへつらっていた白装束たちの魔力は覚えたから、衣装を変えようが変装しようが無駄」
「闇討つのであれば一人で行うでないぞ」
「時と場所と状況に応じて、全員でやろうじゃないか」
「ふふふ」
「ふひひ」

 俺たちが二人で怪しげに微笑んでいると、輿が見えなくなるまで頭を下げていたファドラたち有翼人の戦士がやっと頭を上げた。
 だがファドラは苦しそうに目をつむり、膝をついたまま再度俺たちに頭を下げた。

『地の子らよ、誠に無礼な真似をした。我の謝罪などでは足らぬが、今は怒りを収めてくださらぬか』

 ファドラが謝罪の言葉を口にしたことで、立ち上がろうとしていた戦士たちが再度膝をつき、揃って深々と頭を下げた。
 よし。
 戦士たちは常識のある人たちのようだ。
 ファドラの統率力も素晴らしい。

「クレイ、ブロライト、スッス、彼は心からの謝辞をくれたよ」

 俺がファドラの言葉を通訳すると、クレイは苦く笑った。

「我らに謝罪などするな。お主はしきたりやら伝統とやらに従ったまで。異邦人である我らはお主らの戒律に従う身である」

 クレイの言葉をそのまま伝えると、ファドラたち有翼人の戦士らはようやっと緊張を解いてくれた。中には力が抜けてその場に倒れ込む者も。

『貴殿らの底知れぬ力の片鱗を垣間見たが……これほどとは。地の子は皆貴殿のような猛者もさらばかりなのか?』

 ゆっくりと立ち上がったファドラも苦く笑ってくれた。
 ブロライトの威圧だけではなく、抑えきれないクレイの威圧もチョロチョロこぼれ出ていたからな。ある程度の力量がある人ならクレイの戦闘能力の高さも測れるのだろう。
 ファドラの身長はクレイより少しだけ低い。だが、有翼人の中ではとても大きいほうだ。
 ようやっと立ち上がり始める戦士たちは、ブロライトと同じくらいの背丈か、少し低いくらいの者が多い。俺はブロライトより背が高く、ファドラよりは低いくらい。
 戦士たちは全員カラフルな大きな翼を持っている。ルカルゥ過保護軍団の白装束連中は全員白い翼だった。
 翼といえば思い出すのがゼングムの翼。
 ユグル族の次期国王であるゼングムは黒くて紫っぽくて、太陽の光で虹色にも見える蝙蝠こうもりのような翼を持っていた。ゼングムたちユグル族の翼もかっこいいのだけど、ファドラの極彩色の翼もかっこいい。
 ファドラを中心に横一列で並んだ戦士たちは、精鋭部隊のようだ。
 島の周辺を見回ったり、緊急事態にいち早く駆け付ける戦士たちなのだろう。ルカルゥのような高位の人の護衛をしているのかもしれないな。
 俺たちも馬車の前に集合し、並ぶ。

『もう一度紹介しておくよ。こいつが俺の相棒のビー』
「ピュイ!」
『そんで、でっかいリザードマンがチーム蒼黒の団のリーダー、クレイストン』
「うむ」
『ルカルゥが大切にしている馬の木工細工を作ったのが、エルフのブロライト』
「よろしく頼むのじゃ!」
『ルカルゥの食の好みを一番よく知っているのが、小人族のスッス。ちなみにルカルゥが一番懐いているのもスッス』
「そ、そんなことはないっすけど! でも、ルカルゥは温かい蜂蜜入りの果汁の飲み物が好きっす! おいらは忍者のスッスっす! 宜しくっす!」
『それで、俺が唯一の通訳で素材採取家のタケルです』

 以上、蒼黒の団の紹介を終えようとしたら。

『わたくしを忘れてはいませんか』

 食卓にこれでもかと並べていた料理を全て平らげたプニさんが、何食わぬ顔で俺の肩を叩いた。
 え。今まで誰かにプニさんのことを紹介なんてしたことなかったよ?
 おまけにプニさんも有翼人特有の言葉を話している。通訳二人目やったー、なんて喜んでやらないからな。

「なんて紹介する? 蒼黒の団の……頼もしい馬?」
『ぶるるっ』

 目を輝かせて頷くプニさんに、それでいいのかなあと思いながらも紹介。

『頼もしい、馬です』
『馬……?』
『あのような馬、知らぬ』
『馬なのか? 本当に?』

 ファドラを筆頭に、ざわめく戦士たち。

『そもそも馬ってご存じでした? この国に馬っています?』

 プニさんが綺麗に平らげた食器をスッスが片付け始め、クレイとブロライトも続いて食器を片付けつつ馬車に乗り込んで入国の支度をする。
 俺は鞄の中に必要なものを全て入れているから、入国準備は万端。

『馬……地に存在することは知っていた。人を乗せて運ぶ生き物のことを言うのだろう』
『そうです。俺たちが住んでいる国――アルツェリオ王国では、空を飛ぶものでも海を渡るものでも、人を乗せて運ぶことができる生き物は総称して馬って呼んでいます』

 立派な翼を持つ有翼人たちには無用の長物なのだろうなと思いながら続ける。

『地上にも空を飛ぶ種族はいるんです。だけど、空を飛べない人のほうが多いから、皆馬に助けられていますよ』

 俺の説明にプニさんが何故かドヤ顔をして胸を張っている。馬のことを褒めるとプニさんは毎度この態度を取るので気にしていられない。
 支度を整えた俺たちをファドラが誘導し歩き始める。
 俺たちの後ろに四人の戦士らが付き従い、他の戦士たちは先ぶれを出すために桟橋から空を飛んで行った。
 有翼人たちは島に降り立つと、特定の場所でしか空を飛んではいけない決まりになっている。基本的に島では歩くと。
 ここらへんはトルミ村と同じだな。ユグル族には指定された場所以外での飛行は禁止している。埃が舞い上がったり精霊王ドリュアスの花を散らしてしまったりするから。
 船の停泊所から島の中ほどへと俺たちは案内されるらしい。ファドラは俺たちにとりあえずの滞在先を教えてくれるそうだ。
 背丈の低い珊瑚の森に囲まれた白い道が続く。
 じゃりじゃりとした砂のような感触の白い歩道。これは珊瑚の砂かな?
 両脇には背の低い……あれ昆布だよな。そこらへんの草感覚で風になびいてふよふよと生えているが、絶対に昆布。トサカノリやテングサのような海藻も見える。あっ! あれ海ぶどう? 海ぶどうっぽくない? 海ぶどう発見! あれ欲しい!
 歩きながら無詠唱でそこらへんの海藻に調査スキャンしまくる。どれもこれも食用可能。水で洗ったり煮たり干したりと加工が必要なものもあるが、海ぶどうは洗うだけで食べられる。やった。やった。特製ポン酢で食いたい。
 それから時々目にする小さな光る物体。
 あちこちで数匹が集団となり、等間隔でふわりふわりと浮いている。
 なんだろあれ。
 教えて調査スキャン先生。


【ムチュル・リスタ】
 齧歯類げっしるいに酷似しているが、力のある精霊。
 意思を持たず、特定の魔力を好んで集う性質。暗いところでぼんやり光ります。
 幸運を運ぶ精霊であり、気に入ると頭の周囲に居座り、宿主の魔力をかてに加護を与える。
 背が高く、清い魂の者を好むと言われています。木の実も食べます。


 ええと?
 つまりが精霊なのか。
 精霊っていうとあの緑色のバケモノ……いや、尊いむっちり精霊王リベルアリナを連想するから、他にも精霊って目に見えたんだなと。
 ぼんやりふんわりゆらゆらと、光る精霊は風が吹いてもその場で上下にゆらゆらり。
 よくよく見ると、海藻の合間や珊瑚の森の中にも点在しているようだ。

『頭虫が気になるのか?』

 横を歩いていたファドラに問われ、俺は首をひねる。

『あたま、むし?』
『我らは頭虫と呼ぶ。あちらこちらにおるが、害のない虫だ』

 頭虫ってアレだろ? 夏場とかによく見る蚊柱かばしらのこと。蚊に似ているけど、ユスリカっていうハエ科の生き物。
 前世の同僚が蚊柱のことを頭虫と呼んでいるのが印象に残っていたから覚えていたんだ。俺は頭虫って呼んだことがないから。頭虫って方言なのかな。
 それじゃあ、あの光る奴らは全部虫なのか。やだなー、なんて思っていると。
 クレイの尻尾が海藻の合間にいた頭虫の群集に触れた。無意識だったろうが、頭虫は尻尾を避けて散らばるかと思いきや、数匹が猛烈な勢いでクレイの頭上に飛んできた。

「ぬうっ? な、なんだこれは!」

 クレイの眼前をふよふよと浮かぶ光る物体は、クレイが手で払いけようとしてもひるまない。

『頭虫に気に入られたか。噛んだり刺したりすることはない。しばらくすればいて他に行く』

 ファドラが笑って言うが、クレイは鬱陶うっとうしそうに虫を追い払おうと藻掻もがく。しかし、頭虫たちはめげずにクレイの手を上手に避けて。
 そうして歩きながらしばらくすると。

「おあああっ⁉」

 珍しくクレイが頓狂とんきょうな声を上げた。
 俺とファドラが揃って振り向くと、そこには――
 もっふりとした姿に変化したネズミ。
 いや、あれはまるで。
 ころりとした、もふりとしたフォルム。つぶらな瞳。鼻をひくひくとうごめかせ、クレイの顔から離れるまいと必死に藻掻くその姿は。



 4 屋敷内探索


「っふ」
「うぷぷ」
「ピュプーィ」
「んっふ」

 それぞれ口を両手で押さえ、顔を背け、肩を震わせ懸命に我慢する。
 対面には不貞腐れて機嫌の悪いクレイの形相ぎょうそうと、クレイの顔の周りをふわふわとゆっくりと飛ぶ光るハムスターが五匹。
 至極満足そうな顔をして中空をゆっくりと上下しながら浮かぶハムスターは、ファドラが『頭虫』と呼んでいた精霊だ。
 考えてもみてほしい。
 見た目が怖い屈強な男の周りに、愛らしい姿のハムスターが穏やかな顔してふわりふわりと飛んでいるのだ。


 俺としてはコポルタ族とアルナブ族の中に頭虫を浮かばせたら、それはそれは平和な絵が描けるだろうと想像したのだけど。
 クレイはぶっすりと機嫌を悪くしたまま。

「ええい、そのように笑うてないで何とかできぬのか!」

 俺たちがせっかく我慢して笑わないでいたのに、声を荒らげて怒鳴るクレイ。しかし頭虫たちは驚きも怯えもせず、クレイが動くたびに一定の距離を保ったままぷかりぷかり。等間隔に浮かび、一定の距離を保ったまま浮かんでいられるなんて。不思議だなあ。
 頭虫が取りついたのがスッスやブロライトならメルヘンでしたねで済んだ感想も、クレイが相手となると似合わないというか面白いというか緊張感が消え失せると言うか。

「無害な精霊だし、幸運を運ぶと言われているからそのままでいいんじゃない?」
「阿呆! このようなものに取りつかれ、満足に槍が振るえると思うか!」
「戦闘になれば避難させれば良いのじゃ。プニ殿が預かってくださるじゃろう?」
「ピュイ」

 頭虫たちはクレイの何が気に入ったのかわからない。クレイの頭の形か、クレイ特有の魔力か。
 虫というよりも完全にハムスターにしか見えないのだが、何故その姿をかたどったかもわからない。頭虫はほのかに光る粒にしか見えなかったのだ。それが、クレイに纏わりついたかと思ったらハムスターに変化したのだ。

「ふしぎー」
呑気のんきなことを!」
「だってクレイのことが気に入ったんだから仕方がないだろう? そうだよな、ハムズ」

 ハムスターズを略してハムズ。虫呼ばわりされるより良いよな。
 俺がハムズたちに問うと、ハムズたちは揃ってウンウンと頷いてくれた。話は通じるようだ。可愛いじゃないか。

「兄貴、はむずって何すか?」
「俺の故郷にハムスターっていうフェムジネズミのような生き物がいたんだ。フェムジネズミは病気を媒介するっていうので嫌われていたけど、ハムスターは見た目が可愛いってことで愛玩動物として飼われていたよ。こいつらはハムスターそっくり」

 野生動物はネズミに限らずどの生き物も何かしらの病気を持っているから、下手に触れてはならないんだけどね。屋根裏に住み着いたネズミをでようとは思わないだろう。

フェムジネズミには見えないっすけど、ちょっとだけアルナブ族っぽいっすね。鼻をひくひくさせているところとか、毛がふわふわしているところとか似ているっす」

 スッスはハムズに手を伸ばそうとしたが、ハムズがそれを嫌がりクレイの後頭部へと隠れる。スッスが残念に思ってハムズを触ろうとする手を引っ込めると、ハムズは再びクレイの頭上でふわりと浮かぶ。
 面白い。
 とても、面白いぞ。

「クレイの魔力や雰囲気が気に入ったんだろうな。ファドラは飽きれば他に行くと言っていたけど」
「……くつもりはないが、このまま連れ行くわけにはなるまい」

 えっ。
 面白いからそのままで良いんだけど。
 俺たちの思っていることがクレイにわかったのだろう。クレイの眉間みけんしわが更に深く刻まれた。

「ピュイ」
「喉かわいたか? 何か飲むか? 何か飲もうな!」

 ビーが「面白い」と言ったが、その言葉を誤魔化すように鞄の中からビー用の水筒を取り出し、俺も自分の水筒を取り出した。
 俺が鞄から水筒を取り出すと、皆も各々巾着袋から水筒を取り出す。
 スッスが大きい深皿に山盛りになっている醤油味のおかきを出してくれると、全員がおかきに手を伸ばし、所持しているハデ茶入りの水筒を手に一休み。


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