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14巻
14-2
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「あの二人は犯罪者。数々の法に触れたお尋ね者だ。首を切ってそれでお終い? いやいや、情報を持っているなら全て引き出すんだ。利用できるものは最大限利用しないと」
アルツェリオ王国に司法取引なんてものは存在しないから、情報を喋った犯罪者がどうなろうと俺には関係ない。
俺は優しくないのだ。
俺が優しいのは、優しくしたい人限定だ。
見知らぬ人にまで優しくする必要はないというか、そこまで責任持てないというか。
チームの方針としては多数決で首切り決定なのだが、チームの利益のことを考えれば情報を引き出して依頼達成としたほうが良いと思う。
クレイは目を瞑りながら串焼き肉を食べてしまうと、しばらく咀嚼してからゆっくりと嚥下した。
「……そうであるな。犯罪者を生きたまま連れて帰る危険性ばかり考えておったが、お前の規格外の魔法があればそれも可能なのだな」
「そうそう。フワッと浮かせてグッと引っ張ればいい。どこかにぶつけちゃっても回復魔法で治せるし」
盾魔法で守ってやってもいいが、俺にそこまでの余裕があるかどうか。
魔法の修業は続けているんだけども、魔法の同時展開は集中力が必要となる。
盗掘者たちを眠らせながら浮遊魔法で浮かばせ、襲ってくるモンスターの対応をするのはとてもとても疲れるのだ。
「指名手配犯は首を切るものだと思うておったのじゃが、タケルのような考えもあるのじゃな。スッス、懸賞金は本当に変わるのか?」
ブロライトも串焼き肉を食べ終わり、口元を布で拭いながらスッスに問う。
「変わるっす。手配犯は死んでいても生きていても懸賞金の額は変わらないんすけど、手配犯が持っている情報によって金額が上がるって聞いたっす」
犯罪者を連れ回すのはリスクがあるからな。懸賞金の上乗せはギルドからの「これからもよろしくね」という意味もあるのだろう。
「お前が魔法で連れて帰ると言うのならば、我らはそれに協力するまで。手配犯を捕まえた蒼黒の団の評価も上がろう」
クレイが苦く笑うと、ブロライトとスッスが釣られて笑った。
「ピュィ?」
俺を心配そうに見上げるビーの気遣いが嬉しい。
わかっているよビー。
犯罪者だろうとなかろうと、俺は人の命を奪う行為が怖いだけだ。
マデウスでは甘い考えだということはわかっている。だが、この拘りだけは捨てたくない。
俺は恵まれた力を持ってマデウスに来た。便利な魔法が扱えて、優秀な鞄があって。
もしも、この力をもらえなかったら。
俺自身が犯罪に手を染めていたかもしれないのだから。
虹色のドーム状に展開している結界の上には、小石や砂がひっきりなしに落ち続け、時折拳大の石も落ちている。
しかし、振動と音がうるさいだけでコルドモールが襲ってくるような気配はない。アルナブ族たちは声を出さないように必死に耐え続けている。
アルナブ族は見た目がふわふわのうさぎだから、恐ろしく庇護欲をかきたてられてしまう。いやいや、彼らは立派な種族。許可なく触れるのはご法度。
危険なモンスターだらけの洞窟内。巨大モグラが徘徊する緊張感。
今すぐに洞窟が崩落するわけでもないし、コルドモールや他のモンスターが襲ってくるでもない。
それなら今後のことを考えねば。
「さて、どうしよう」
「ううむ」
クレイは腕を組み、難しそうに唸る。眉間の皺は深くなるばかり。
「我らの今おる場が、マティアシュであれば話は早かった……」
なにそれ。
ブロライトと俺は全くわかっていない顔をしているが、スッスはクレイの唸りに頷いた。
「はい、質問。ガシュマト領に出ちゃいましたごめんなさい、じゃ駄目な理由とは」
俺が問うと、クレイは俺を睨む。怖いよ。
「ガシュマトの現領主であるフォールグスタ伯爵は良い噂を聞かぬ。何かにつけてマティアシュに言いがかりをつけては王に諫められておるのだ。王、というよりグランツ卿がフォールグスタ伯爵を毛嫌いをしておる」
「悪い噂っていうのは、もしかして闇ギルドってやつ?」
「うむ。よう知っておるな」
「調査先生が教えてくれた。ええっと……ガシュマト領サングに潜伏。エントル商会長ドンド焼き……みたいな名前の人に雇われたみたい」
「サングのエントルしょうか、ぶ!」
「ピュピュ」
俺が調査先生に教えてもらったうろ覚えの情報を口にすると、スッスが思わず大きな声を出してしまった。しかし、ビーに口を押さえられて黙る。
スッスは目を瞬かせ、懐から小さな白い手帳を取り出してビーに見せた。手帳いくつ持っているの。
ビーがスッスの口から手を離すと、スッスは申し訳ないと頭を下げた。
「サングのエントル商会っていうのは、ガシュマトで一番の大店なんす」
スッスは手帳を開くとエントル商会について教えてくれた。
サングっていうのはガシュマトの首都。ルセウヴァッハ領にとってのベルカイムみたいなところだ。
その街で幅を利かせ、領主であるフォールグスタ伯爵の従妹だというドンドヴァーラという女性がエントル商会の商会長。
金にがめつく、せこく、ケチで、それでいて浪費家で、貴族ではないのに己は貴族だと言い張っている。
「そのような女がよう商会長なぞ務められるな」
ブロライトの疑問もわかる。
そもそも貴族ではないのに貴族だと言い張るのは犯罪だ。
アルツェリオ王国において貴族というのは、直系の当主家族のみをいう。しかも、爵位を持つのは当主のみで、妻や子は当主の家族というだけ。
当主の兄弟姉妹はあくまでも当主の兄弟姉妹。貴族の親戚だからといって大きな顔をしたり、貴族の名のもとに他者を虐げる行為は許されていない。
貴族は庶民によって生かされている身だ。血が尊かろうと伝統があろうと、国を守り、民を守り、己を律しなければならない。
アルツェリオ王国における貴族というのはそういった存在なのだが、中には己に絶大な権力があるものだと勘違いして悪政を強いる貴族もいるわけで。
「貴族じゃないけど貴族の親戚って言えば、庶民は恐れるからかな?」
「兄貴の言う通りなんす。なんせ領主様のお血筋っすからね。それに、エントル商会そのものも大きな商会っすから、商業ギルドでの発言権が強いんす」
「商業ギルドに登録しているの? 闇ギルドが同じ領内にあるのに?」
「闇ギルドの存在は極秘っす。それに、ガシュマト領には冒険者ギルドもあるっすよ。ギルドパンドラっす」
おおう……
それは開いてはいけない箱を開けてしまった女性のお名前。
エントル商会の商会長が闇ギルド構成員に依頼して、エステヴァン子爵の宝を盗もうとしているだなんて。
隣接した領同士の揉め事になりそうな、いやきっと確実になるだろう案件。
「兄貴、サングに闇ギルドの本拠地があるんすね?」
「ユゴルスギルドって呼ばれているらしい。あの盗掘者たちはそこの所属」
「ユゴルスギルド……ギルドの名前は師匠たちにも知らせていいっすか? 闇ギルドがあることは知っていたんすけど、隠れ方が巧妙でリルウェ・ハイズでも闇ギルドの全容は把握していないんす」
諜報を得意とする忍者集団が知らない闇ギルドとは。
スッスの問いにはクレイが頷きで返した。
リルウェ・ハイズはスッスが修業をつけてもらった小人族の隠密諜報部隊。スッスが師匠たちと呼ぶのは、スッスのような忍者装束を纏ったリルウェ・ハイズたちのことだろう。俺は勝手に諜報部員のことを忍者と呼んでいる。
訓練された小人族の忍者は冒険者ギルドなどには所属しておらず、一部の高位貴族の護衛や侍従などに扮して主人に仕えている。
だがしかし、どれだけ格の高い貴族が相手であっても従う相手を選ぶのだという。
高潔なる忍者は仕えるに値しない者には決して従わない。
国内随一の目と耳と素早さを誇るリルウェ・ハイズの情報網は、アルツェリオ王国だけに留まらないらしい。大公閣下が重宝している忍者集団は、大金を支払っても雇いたい存在。
スッスは腰の小さなポーチから白い卵のようなものを取り出すと、それを己の額にぺたりとくっ付ける。
目を閉じて呟き、しばらくすると目を開けて白い卵を天井へと放り投げた。
卵割れちゃうんじゃないのと思っていたらば、卵は中空でぺちりと割れて灰色の小鳥へと羽化。鳥はそのまま天井の隙間から出ていってしまった。
初めて見る魔法だ。
「古代の魔法じゃの。見事な出来じゃ」
ブロライトが感心しながら言うと、スッスは驚きに目を見開く。
「そうっす。組織の最重要機密なんすけど、ブロライトさんはご存じなんすか?」
「わたしはこれでもエルフじゃぞ? アルツェリオ創国以前の古代魔法もいくつか聞いておる。あれは伝達の魔法じゃ。伝達用の魔石に思いを込め、放てば良い。とても繊細で難解な構造をしておる故、今では殆ど使われておらぬがな」
つまりはお手紙?
いや、思いを込めて放つのだから、電話かな。
スッスが卵型の魔石を額にくっ付けて何かを呟いていたのは、伝えたい言葉を魔石に乗せていたのだろう。
俺には通信石があるので伝達魔法は使わないが、伝達魔法は限られた人にのみ伝わるよう細工されている魔法。きっと俺が使う魔法よりも作るのが難しく、使うのが面倒くさい仕組み。
その魔法をあえて使っているということは、諜報活動する際に都合が良いのだろう。ただの伝統かもしれないけども。
「こういう場合、誰に相談すれば良いのかな」
俺がぽつりと呟くと、全員が黙ってしまった。
ルカルゥだけは浮遊座椅子に深く座ったまま静かに眠っている。ルカルゥの襟巻になっていたザバも熟睡しているのか、でろりと蕩けてルカルゥの膝で大の字。ぽっこりお腹が上下に揺れていた。
「……エステヴァン子爵であるレムロス夫人ではないのか? 我らは今、マティアシュで世話になっておる身なのじゃから」
ブロライトが答えると、クレイは顔を顰めて腕を組む。
「我らの所属はエウロパであるぞ。ならばルセウヴァッハ領主たるベルミナントに話を通すのが筋であろう」
クレイはそう言うが、俺としてはベルミナントを巻き込みたくない。
本来ならばブロライトの言うように、マティアシュ領の領主であるレムロス夫人に報告をするのが正しいのかもしれない。
だがしかし、今回は俺たち蒼黒の団の問題。
ルカルゥとザバの二人を故郷であるキヴォトス・デルブロン王国へと送り届けたいため、情報を探っている最中なのだ。グランツ卿からハンマーアリクイを生きたまま捕獲という依頼を名目にし、マティアシュ領に来たのだから。
ハンマーアリクイを探しに来たのになんでバリエンテの穴に潜ってんだ、と追及されたら少々困る。
バリエンテの穴に隠された導きの羅針盤を探すついでに、モンスター退治をしておりますんですよ、なんて言えない。
凶悪なモンスターが溢れるバリエンテの穴を放置していたエステヴァン家の秘密が公になってしまう。
導きの羅針盤はキヴォトス・デルブロン王国がある空飛ぶ島へと導いてくれる魔道具なのだが、これは有翼人リステイマーヤの末裔であるエステヴァン子爵家の宝。
エステヴァン子爵が有翼人の末裔であることは秘密にしなければならない。ついでに、マティアシュ領が今なおキヴォトス・デルブロン王国と貿易をしていると知られれば恐ろしいことになるだろう。
空飛ぶ人たちの空飛ぶ島。
王家が所有する貴重な文献にもほとんど記録が残っていなかった幻の民、有翼人種。
貴族の間で高額な取引がされているデルブロン金貨を扱っている国。
今でも金貨を扱っているかはわからないけども、あの美しい金貨を造った国であることは収集家たちの間では有名なお話。
「全部俺の想像に過ぎないんだけど、レムロス夫人が有翼人の末裔だと知られると……もっと面倒なことになりそうな気がするんだ」
俺が心配性だからかもしれない。だが、最悪を想定しておかないと不安でならない。
「有翼人の末裔がマティアシュにおるのじゃと知られれば、その姿を一目見ようとする輩が湧いて出るじゃろうな」
「……うむ。トルミにエルフ族とユグル族が数多おるからというて、見物人が村に詰めかけたのは記憶に新しい」
ブロライトとクレイがげんなりと呟くと、スッスは手際よくお茶のお代わりをカップに注ぐ。
エステヴァン子爵が導きの羅針盤をしっかりと管理していたら、バリエンテの穴にコルドモールが現れることはなかったかもしれない――なんて過ぎたことを言うつもりはない。
俺たちがバリエンテの穴に来たからこそ、アルナブ族に出会えたのだ。
「貴族同士の諍いに巻き込まれるような気がするから、俺としてはグランツ卿に言っちゃったほうが話は早いかなと思います」
「ピュピュゥ」
国王陛下の次に発言権がある大公閣下へチクってしまえば、秘密裏に動いてくれそうな気がするんだよな。
国の最高峰を味方につければ、もろもろ安心かなという打算もあります。
「あー……それもそうじゃな」
「グランツ卿ならば貴族の諍いも諫めてくれるやもしれぬな」
グランツ卿の名前を出すと、二人は遠い目をしながらも同意してくれた。
+ + + + +
コルドモールが完全に去り、静けさが戻った。
虹色に光る結界ドームのなか、アルナブ族は一人、また一人と顔を上げて辺りを見渡す。
まだ警戒を解くわけにはいかないが、アルナブ族はようやっと呼吸ができるとばかりに息を吐き出した。
俺たちをアルナブ族の避難所まで案内してくれたユムナは、静かに涙を流していた。
「こわくて、こわくて、たまらなかったの。だけど、旅人さんたちは、わたしたちを助けてくれて、うれしくて」
「ピュイ、ピュイ……」
「たくさん、旅人さんがきたけど、みんな、死んでしまって」
「ピュゥゥ……」
「いつか、わたしたちを助けてくれる旅人さんがくるって、わたしたちは、ずっと、ずっと、待っていたの」
「ピュィィィ~~~」
ユムナが嗚咽交じりに話すと、ビーが釣られて泣きだす。
ビーが泣きだすとアルナブ族の子供たちが泣きだし、親に伝染し、気づいたら全員泣いていた。
豪快に泣くスッスとブロライトはともかく、クレイは泣くのを我慢するな。目をガッと見開いて怖い顔になるんだから。
ユムナが初対面の俺のことを「知っている」と言ったのは、願いを込めてそう言ったのだろう。
故郷を追い出され、洞窟に迷い込み、外への道をモンスターによって封じられてしまった。
助けてくれる人を探して、失って、期待をして、絶望して。
心がどれだけ疲弊しても一族肩を寄せ合い、生き続けた。
「ずびっ、我らができ得る限りのことをいたそう」
クレイが鼻をすすりながら言うと、小さくてふわふわした子供たちが一斉にクレイへと飛びつく。さすがアルナブ族、跳躍力がすごい。クレイの身体があっという間に白いもふもふだらけになった。
結界魔石はこのまま維持し続けることにし、ひとまずの休憩。
アルナブ族は草食なので、温かいお茶を提供しよう。俺特製ブレンドの煎茶もどき。味は時々ほうじ茶に近くなるが、色味は綺麗な新緑色。
洞窟内にさらさらと流れる小川。
時々水面に跳ねるフニカフニ。
フニカフニは美しい瑠璃色の鱗を持つ、鱒のような鮭のような魚だ。かなりしゃくれている。食用可。あとで採ろう。
水が綺麗な川にしか生息しない小型のモンスターであり、雑食ではあるが苔や藻などを好む。人を襲うことはないが、臆病で警戒心が強く泳ぎが速い。
スッスはフニカフニから落ちた鱗、フニカボンバを採取中。アルナブ族も率先してスッスの手伝いをしてくれるため、スッスの採取籠は既にフニカボンバでいっぱい。
フニカボンバからは虫除けの薬が作られるらしいので、採取できるだけ採取するんすと息巻いていたスッスにとっては嬉しい悲鳴だろう。
まだまだ落ち着かない空間なのだが、俺は緑茶を片手に岩の上に座る。
クレイも地面に腰を落とすと、続いてブロライトも胡坐をかいた。
「第一はアルナブ族の避難であるな」
結界内でくつろぐふわふわ集団を眺めながら、ふわふわにまみれたクレイが眉間に皺を寄せて言う。その顔も怖いから。
「そうじゃな。導きの羅針盤も大切じゃが、わたしもアルナブ族を優先にするべきじゃと思う」
頭と両肩と膝にアルナブ族の子供たちを纏ったブロライトは、子供たちの柔らかな毛を撫でている。
アルナブ族の避難所から地上に出るには、選択肢は三つ。
一つ、転移門でトルミ村に避難。
一つ、バリエンテの穴の入り口まで転移門で避難。
一つ、最短距離で脱出。
毎度お馴染みトルミ村にアルナブ族ごと移動してしまうのが、一番簡単な方法だ。
あの優しい村は様々な種族が住んでいる。最近では北の大陸からユグル族とコポルタ族が団体でやってきたのだが、村の住人らはようこそ辺境の村へと大歓迎してくれた。
もちろん、アルナブ族を匿ってもらうのだから滞在費や食費などは蒼黒の団が持つつもりだ。
そうはいってもアルナブ族は小食だからな。大きな白菜の葉っぱ一枚でお腹が満たされるため、一族全員の食費は俺たち蒼黒の団総員の一回の食費の三分の一くらい。もっと少ないかもしれない。
「いきなり大勢の前に連れていくのは不安ではないか?」
「クレイの不安はもっともだけど、一時避難ということで慣れてもらう。人前に出るのが怖いなら、拠点の広間に滞在してもらおう」
クレイの揺れる尻尾に跨って遊ぶ子供たちを見ると、そう不安にならなくても大丈夫じゃないかな。
だってクレイの顔は怖いし、背も高いし筋骨隆々だし、見た目は完全に勇猛果敢な戦士。ベルカイムのチンピラはクレイの顔を見て逃げ出すほど、纏うオーラは凄まじい。
それなのにあのふわふわうさぎたちはクレイのごん太尻尾でキャッキャ遊んでいるんだぞ。警戒心どこへやった。
「先ずはタケルがトルミの村長に繋ぎをつければ良かろう」
「任された」
俺が転移門でトルミ村に行ってアルナブ族を全員避難させる。
盗掘者二人も連れていくのだから、転移門で移動したほうが安心安全ではあるな。
今の時間……はわからないけど、誰かしら拠点の広間で酒盛りか飯食ってダラダラしているはずだから、そのまま事情を話して村長のところまで誰かに走ってもらう。
前回は連絡もせずユグル族とコポルタ族を連れていってしまったので、かなり驚かれてしまった。突然の大勢の避難民の対応に仕事を放り出した人もいる。
俺も一応遠慮とか、配慮とか、そういうこと考えているのです。
次にバリエンテの穴の入り口に転移門で移動する、という選択肢。
「バリエンテの入り口に出るのは得策とは言えぬじゃろう。私は反対じゃ。アルナブは希少な種族故、万人の目に晒すわけにはならぬ」
希少種族の一人であるエルフが言うのだから、二つ目の案は却下。
ブロライトは今でこそ人にジロジロと見られるのに慣れてしまったが、アルナブ族たちは森の奥で暮らしていた種族。純粋無垢で悪意を知らないまま暮らしていたせいか、盗掘者に助けを求めてしまう危うさがある。美味しい白菜あるからおいでおいで言われてしまったら、やあ嬉しいなどこかな、なんてわくわくしながらついていってしまうかもしれない。
エルフ族、ユグル族、コポルタ族は自衛できるだろう。弓と魔法と爪と牙がある。
エルフとユグルに関しては悪意を持つ相手だろうが何だろうが、初対面の相手には警戒心ゴリゴリで対応する。無礼な真似をする相手ならば、たぶん相手を半分殺す。
アルナブ族はどう見ても戦闘系種族ではなさそうだ。
「最短距離っていうのは……どういうことっす?」
「この天井ブチ抜いて上に出る」
「そんなことできるんすか⁉」
「クレイならできる」
「俺か⁉」
三つ目の案は最終手段。
結界魔法を維持しながらクレイ無双で天井を破壊。アルナブ族たちは馬車に避難してもらって、馬車ごと外に出れば良い。
しかしコルドモールや他のモンスターを外に出すことになってしまうので、これは今すぐにコルドモールに襲われない限り選択することはない。
洞窟の外はガシュマト領だ。そこも問題。
俺たちがギルドに滞在登録をしたのは、お隣のマティアシュ領。
マティアシュ領内で活動をしているはずの蒼黒の団が、お隣のガシュマト領に行ってしまったとなれば少々問題になる。
知らなかったで済めば良いのだけども、話はそう簡単ではないそうだ。
アルツェリオ王国に司法取引なんてものは存在しないから、情報を喋った犯罪者がどうなろうと俺には関係ない。
俺は優しくないのだ。
俺が優しいのは、優しくしたい人限定だ。
見知らぬ人にまで優しくする必要はないというか、そこまで責任持てないというか。
チームの方針としては多数決で首切り決定なのだが、チームの利益のことを考えれば情報を引き出して依頼達成としたほうが良いと思う。
クレイは目を瞑りながら串焼き肉を食べてしまうと、しばらく咀嚼してからゆっくりと嚥下した。
「……そうであるな。犯罪者を生きたまま連れて帰る危険性ばかり考えておったが、お前の規格外の魔法があればそれも可能なのだな」
「そうそう。フワッと浮かせてグッと引っ張ればいい。どこかにぶつけちゃっても回復魔法で治せるし」
盾魔法で守ってやってもいいが、俺にそこまでの余裕があるかどうか。
魔法の修業は続けているんだけども、魔法の同時展開は集中力が必要となる。
盗掘者たちを眠らせながら浮遊魔法で浮かばせ、襲ってくるモンスターの対応をするのはとてもとても疲れるのだ。
「指名手配犯は首を切るものだと思うておったのじゃが、タケルのような考えもあるのじゃな。スッス、懸賞金は本当に変わるのか?」
ブロライトも串焼き肉を食べ終わり、口元を布で拭いながらスッスに問う。
「変わるっす。手配犯は死んでいても生きていても懸賞金の額は変わらないんすけど、手配犯が持っている情報によって金額が上がるって聞いたっす」
犯罪者を連れ回すのはリスクがあるからな。懸賞金の上乗せはギルドからの「これからもよろしくね」という意味もあるのだろう。
「お前が魔法で連れて帰ると言うのならば、我らはそれに協力するまで。手配犯を捕まえた蒼黒の団の評価も上がろう」
クレイが苦く笑うと、ブロライトとスッスが釣られて笑った。
「ピュィ?」
俺を心配そうに見上げるビーの気遣いが嬉しい。
わかっているよビー。
犯罪者だろうとなかろうと、俺は人の命を奪う行為が怖いだけだ。
マデウスでは甘い考えだということはわかっている。だが、この拘りだけは捨てたくない。
俺は恵まれた力を持ってマデウスに来た。便利な魔法が扱えて、優秀な鞄があって。
もしも、この力をもらえなかったら。
俺自身が犯罪に手を染めていたかもしれないのだから。
虹色のドーム状に展開している結界の上には、小石や砂がひっきりなしに落ち続け、時折拳大の石も落ちている。
しかし、振動と音がうるさいだけでコルドモールが襲ってくるような気配はない。アルナブ族たちは声を出さないように必死に耐え続けている。
アルナブ族は見た目がふわふわのうさぎだから、恐ろしく庇護欲をかきたてられてしまう。いやいや、彼らは立派な種族。許可なく触れるのはご法度。
危険なモンスターだらけの洞窟内。巨大モグラが徘徊する緊張感。
今すぐに洞窟が崩落するわけでもないし、コルドモールや他のモンスターが襲ってくるでもない。
それなら今後のことを考えねば。
「さて、どうしよう」
「ううむ」
クレイは腕を組み、難しそうに唸る。眉間の皺は深くなるばかり。
「我らの今おる場が、マティアシュであれば話は早かった……」
なにそれ。
ブロライトと俺は全くわかっていない顔をしているが、スッスはクレイの唸りに頷いた。
「はい、質問。ガシュマト領に出ちゃいましたごめんなさい、じゃ駄目な理由とは」
俺が問うと、クレイは俺を睨む。怖いよ。
「ガシュマトの現領主であるフォールグスタ伯爵は良い噂を聞かぬ。何かにつけてマティアシュに言いがかりをつけては王に諫められておるのだ。王、というよりグランツ卿がフォールグスタ伯爵を毛嫌いをしておる」
「悪い噂っていうのは、もしかして闇ギルドってやつ?」
「うむ。よう知っておるな」
「調査先生が教えてくれた。ええっと……ガシュマト領サングに潜伏。エントル商会長ドンド焼き……みたいな名前の人に雇われたみたい」
「サングのエントルしょうか、ぶ!」
「ピュピュ」
俺が調査先生に教えてもらったうろ覚えの情報を口にすると、スッスが思わず大きな声を出してしまった。しかし、ビーに口を押さえられて黙る。
スッスは目を瞬かせ、懐から小さな白い手帳を取り出してビーに見せた。手帳いくつ持っているの。
ビーがスッスの口から手を離すと、スッスは申し訳ないと頭を下げた。
「サングのエントル商会っていうのは、ガシュマトで一番の大店なんす」
スッスは手帳を開くとエントル商会について教えてくれた。
サングっていうのはガシュマトの首都。ルセウヴァッハ領にとってのベルカイムみたいなところだ。
その街で幅を利かせ、領主であるフォールグスタ伯爵の従妹だというドンドヴァーラという女性がエントル商会の商会長。
金にがめつく、せこく、ケチで、それでいて浪費家で、貴族ではないのに己は貴族だと言い張っている。
「そのような女がよう商会長なぞ務められるな」
ブロライトの疑問もわかる。
そもそも貴族ではないのに貴族だと言い張るのは犯罪だ。
アルツェリオ王国において貴族というのは、直系の当主家族のみをいう。しかも、爵位を持つのは当主のみで、妻や子は当主の家族というだけ。
当主の兄弟姉妹はあくまでも当主の兄弟姉妹。貴族の親戚だからといって大きな顔をしたり、貴族の名のもとに他者を虐げる行為は許されていない。
貴族は庶民によって生かされている身だ。血が尊かろうと伝統があろうと、国を守り、民を守り、己を律しなければならない。
アルツェリオ王国における貴族というのはそういった存在なのだが、中には己に絶大な権力があるものだと勘違いして悪政を強いる貴族もいるわけで。
「貴族じゃないけど貴族の親戚って言えば、庶民は恐れるからかな?」
「兄貴の言う通りなんす。なんせ領主様のお血筋っすからね。それに、エントル商会そのものも大きな商会っすから、商業ギルドでの発言権が強いんす」
「商業ギルドに登録しているの? 闇ギルドが同じ領内にあるのに?」
「闇ギルドの存在は極秘っす。それに、ガシュマト領には冒険者ギルドもあるっすよ。ギルドパンドラっす」
おおう……
それは開いてはいけない箱を開けてしまった女性のお名前。
エントル商会の商会長が闇ギルド構成員に依頼して、エステヴァン子爵の宝を盗もうとしているだなんて。
隣接した領同士の揉め事になりそうな、いやきっと確実になるだろう案件。
「兄貴、サングに闇ギルドの本拠地があるんすね?」
「ユゴルスギルドって呼ばれているらしい。あの盗掘者たちはそこの所属」
「ユゴルスギルド……ギルドの名前は師匠たちにも知らせていいっすか? 闇ギルドがあることは知っていたんすけど、隠れ方が巧妙でリルウェ・ハイズでも闇ギルドの全容は把握していないんす」
諜報を得意とする忍者集団が知らない闇ギルドとは。
スッスの問いにはクレイが頷きで返した。
リルウェ・ハイズはスッスが修業をつけてもらった小人族の隠密諜報部隊。スッスが師匠たちと呼ぶのは、スッスのような忍者装束を纏ったリルウェ・ハイズたちのことだろう。俺は勝手に諜報部員のことを忍者と呼んでいる。
訓練された小人族の忍者は冒険者ギルドなどには所属しておらず、一部の高位貴族の護衛や侍従などに扮して主人に仕えている。
だがしかし、どれだけ格の高い貴族が相手であっても従う相手を選ぶのだという。
高潔なる忍者は仕えるに値しない者には決して従わない。
国内随一の目と耳と素早さを誇るリルウェ・ハイズの情報網は、アルツェリオ王国だけに留まらないらしい。大公閣下が重宝している忍者集団は、大金を支払っても雇いたい存在。
スッスは腰の小さなポーチから白い卵のようなものを取り出すと、それを己の額にぺたりとくっ付ける。
目を閉じて呟き、しばらくすると目を開けて白い卵を天井へと放り投げた。
卵割れちゃうんじゃないのと思っていたらば、卵は中空でぺちりと割れて灰色の小鳥へと羽化。鳥はそのまま天井の隙間から出ていってしまった。
初めて見る魔法だ。
「古代の魔法じゃの。見事な出来じゃ」
ブロライトが感心しながら言うと、スッスは驚きに目を見開く。
「そうっす。組織の最重要機密なんすけど、ブロライトさんはご存じなんすか?」
「わたしはこれでもエルフじゃぞ? アルツェリオ創国以前の古代魔法もいくつか聞いておる。あれは伝達の魔法じゃ。伝達用の魔石に思いを込め、放てば良い。とても繊細で難解な構造をしておる故、今では殆ど使われておらぬがな」
つまりはお手紙?
いや、思いを込めて放つのだから、電話かな。
スッスが卵型の魔石を額にくっ付けて何かを呟いていたのは、伝えたい言葉を魔石に乗せていたのだろう。
俺には通信石があるので伝達魔法は使わないが、伝達魔法は限られた人にのみ伝わるよう細工されている魔法。きっと俺が使う魔法よりも作るのが難しく、使うのが面倒くさい仕組み。
その魔法をあえて使っているということは、諜報活動する際に都合が良いのだろう。ただの伝統かもしれないけども。
「こういう場合、誰に相談すれば良いのかな」
俺がぽつりと呟くと、全員が黙ってしまった。
ルカルゥだけは浮遊座椅子に深く座ったまま静かに眠っている。ルカルゥの襟巻になっていたザバも熟睡しているのか、でろりと蕩けてルカルゥの膝で大の字。ぽっこりお腹が上下に揺れていた。
「……エステヴァン子爵であるレムロス夫人ではないのか? 我らは今、マティアシュで世話になっておる身なのじゃから」
ブロライトが答えると、クレイは顔を顰めて腕を組む。
「我らの所属はエウロパであるぞ。ならばルセウヴァッハ領主たるベルミナントに話を通すのが筋であろう」
クレイはそう言うが、俺としてはベルミナントを巻き込みたくない。
本来ならばブロライトの言うように、マティアシュ領の領主であるレムロス夫人に報告をするのが正しいのかもしれない。
だがしかし、今回は俺たち蒼黒の団の問題。
ルカルゥとザバの二人を故郷であるキヴォトス・デルブロン王国へと送り届けたいため、情報を探っている最中なのだ。グランツ卿からハンマーアリクイを生きたまま捕獲という依頼を名目にし、マティアシュ領に来たのだから。
ハンマーアリクイを探しに来たのになんでバリエンテの穴に潜ってんだ、と追及されたら少々困る。
バリエンテの穴に隠された導きの羅針盤を探すついでに、モンスター退治をしておりますんですよ、なんて言えない。
凶悪なモンスターが溢れるバリエンテの穴を放置していたエステヴァン家の秘密が公になってしまう。
導きの羅針盤はキヴォトス・デルブロン王国がある空飛ぶ島へと導いてくれる魔道具なのだが、これは有翼人リステイマーヤの末裔であるエステヴァン子爵家の宝。
エステヴァン子爵が有翼人の末裔であることは秘密にしなければならない。ついでに、マティアシュ領が今なおキヴォトス・デルブロン王国と貿易をしていると知られれば恐ろしいことになるだろう。
空飛ぶ人たちの空飛ぶ島。
王家が所有する貴重な文献にもほとんど記録が残っていなかった幻の民、有翼人種。
貴族の間で高額な取引がされているデルブロン金貨を扱っている国。
今でも金貨を扱っているかはわからないけども、あの美しい金貨を造った国であることは収集家たちの間では有名なお話。
「全部俺の想像に過ぎないんだけど、レムロス夫人が有翼人の末裔だと知られると……もっと面倒なことになりそうな気がするんだ」
俺が心配性だからかもしれない。だが、最悪を想定しておかないと不安でならない。
「有翼人の末裔がマティアシュにおるのじゃと知られれば、その姿を一目見ようとする輩が湧いて出るじゃろうな」
「……うむ。トルミにエルフ族とユグル族が数多おるからというて、見物人が村に詰めかけたのは記憶に新しい」
ブロライトとクレイがげんなりと呟くと、スッスは手際よくお茶のお代わりをカップに注ぐ。
エステヴァン子爵が導きの羅針盤をしっかりと管理していたら、バリエンテの穴にコルドモールが現れることはなかったかもしれない――なんて過ぎたことを言うつもりはない。
俺たちがバリエンテの穴に来たからこそ、アルナブ族に出会えたのだ。
「貴族同士の諍いに巻き込まれるような気がするから、俺としてはグランツ卿に言っちゃったほうが話は早いかなと思います」
「ピュピュゥ」
国王陛下の次に発言権がある大公閣下へチクってしまえば、秘密裏に動いてくれそうな気がするんだよな。
国の最高峰を味方につければ、もろもろ安心かなという打算もあります。
「あー……それもそうじゃな」
「グランツ卿ならば貴族の諍いも諫めてくれるやもしれぬな」
グランツ卿の名前を出すと、二人は遠い目をしながらも同意してくれた。
+ + + + +
コルドモールが完全に去り、静けさが戻った。
虹色に光る結界ドームのなか、アルナブ族は一人、また一人と顔を上げて辺りを見渡す。
まだ警戒を解くわけにはいかないが、アルナブ族はようやっと呼吸ができるとばかりに息を吐き出した。
俺たちをアルナブ族の避難所まで案内してくれたユムナは、静かに涙を流していた。
「こわくて、こわくて、たまらなかったの。だけど、旅人さんたちは、わたしたちを助けてくれて、うれしくて」
「ピュイ、ピュイ……」
「たくさん、旅人さんがきたけど、みんな、死んでしまって」
「ピュゥゥ……」
「いつか、わたしたちを助けてくれる旅人さんがくるって、わたしたちは、ずっと、ずっと、待っていたの」
「ピュィィィ~~~」
ユムナが嗚咽交じりに話すと、ビーが釣られて泣きだす。
ビーが泣きだすとアルナブ族の子供たちが泣きだし、親に伝染し、気づいたら全員泣いていた。
豪快に泣くスッスとブロライトはともかく、クレイは泣くのを我慢するな。目をガッと見開いて怖い顔になるんだから。
ユムナが初対面の俺のことを「知っている」と言ったのは、願いを込めてそう言ったのだろう。
故郷を追い出され、洞窟に迷い込み、外への道をモンスターによって封じられてしまった。
助けてくれる人を探して、失って、期待をして、絶望して。
心がどれだけ疲弊しても一族肩を寄せ合い、生き続けた。
「ずびっ、我らができ得る限りのことをいたそう」
クレイが鼻をすすりながら言うと、小さくてふわふわした子供たちが一斉にクレイへと飛びつく。さすがアルナブ族、跳躍力がすごい。クレイの身体があっという間に白いもふもふだらけになった。
結界魔石はこのまま維持し続けることにし、ひとまずの休憩。
アルナブ族は草食なので、温かいお茶を提供しよう。俺特製ブレンドの煎茶もどき。味は時々ほうじ茶に近くなるが、色味は綺麗な新緑色。
洞窟内にさらさらと流れる小川。
時々水面に跳ねるフニカフニ。
フニカフニは美しい瑠璃色の鱗を持つ、鱒のような鮭のような魚だ。かなりしゃくれている。食用可。あとで採ろう。
水が綺麗な川にしか生息しない小型のモンスターであり、雑食ではあるが苔や藻などを好む。人を襲うことはないが、臆病で警戒心が強く泳ぎが速い。
スッスはフニカフニから落ちた鱗、フニカボンバを採取中。アルナブ族も率先してスッスの手伝いをしてくれるため、スッスの採取籠は既にフニカボンバでいっぱい。
フニカボンバからは虫除けの薬が作られるらしいので、採取できるだけ採取するんすと息巻いていたスッスにとっては嬉しい悲鳴だろう。
まだまだ落ち着かない空間なのだが、俺は緑茶を片手に岩の上に座る。
クレイも地面に腰を落とすと、続いてブロライトも胡坐をかいた。
「第一はアルナブ族の避難であるな」
結界内でくつろぐふわふわ集団を眺めながら、ふわふわにまみれたクレイが眉間に皺を寄せて言う。その顔も怖いから。
「そうじゃな。導きの羅針盤も大切じゃが、わたしもアルナブ族を優先にするべきじゃと思う」
頭と両肩と膝にアルナブ族の子供たちを纏ったブロライトは、子供たちの柔らかな毛を撫でている。
アルナブ族の避難所から地上に出るには、選択肢は三つ。
一つ、転移門でトルミ村に避難。
一つ、バリエンテの穴の入り口まで転移門で避難。
一つ、最短距離で脱出。
毎度お馴染みトルミ村にアルナブ族ごと移動してしまうのが、一番簡単な方法だ。
あの優しい村は様々な種族が住んでいる。最近では北の大陸からユグル族とコポルタ族が団体でやってきたのだが、村の住人らはようこそ辺境の村へと大歓迎してくれた。
もちろん、アルナブ族を匿ってもらうのだから滞在費や食費などは蒼黒の団が持つつもりだ。
そうはいってもアルナブ族は小食だからな。大きな白菜の葉っぱ一枚でお腹が満たされるため、一族全員の食費は俺たち蒼黒の団総員の一回の食費の三分の一くらい。もっと少ないかもしれない。
「いきなり大勢の前に連れていくのは不安ではないか?」
「クレイの不安はもっともだけど、一時避難ということで慣れてもらう。人前に出るのが怖いなら、拠点の広間に滞在してもらおう」
クレイの揺れる尻尾に跨って遊ぶ子供たちを見ると、そう不安にならなくても大丈夫じゃないかな。
だってクレイの顔は怖いし、背も高いし筋骨隆々だし、見た目は完全に勇猛果敢な戦士。ベルカイムのチンピラはクレイの顔を見て逃げ出すほど、纏うオーラは凄まじい。
それなのにあのふわふわうさぎたちはクレイのごん太尻尾でキャッキャ遊んでいるんだぞ。警戒心どこへやった。
「先ずはタケルがトルミの村長に繋ぎをつければ良かろう」
「任された」
俺が転移門でトルミ村に行ってアルナブ族を全員避難させる。
盗掘者二人も連れていくのだから、転移門で移動したほうが安心安全ではあるな。
今の時間……はわからないけど、誰かしら拠点の広間で酒盛りか飯食ってダラダラしているはずだから、そのまま事情を話して村長のところまで誰かに走ってもらう。
前回は連絡もせずユグル族とコポルタ族を連れていってしまったので、かなり驚かれてしまった。突然の大勢の避難民の対応に仕事を放り出した人もいる。
俺も一応遠慮とか、配慮とか、そういうこと考えているのです。
次にバリエンテの穴の入り口に転移門で移動する、という選択肢。
「バリエンテの入り口に出るのは得策とは言えぬじゃろう。私は反対じゃ。アルナブは希少な種族故、万人の目に晒すわけにはならぬ」
希少種族の一人であるエルフが言うのだから、二つ目の案は却下。
ブロライトは今でこそ人にジロジロと見られるのに慣れてしまったが、アルナブ族たちは森の奥で暮らしていた種族。純粋無垢で悪意を知らないまま暮らしていたせいか、盗掘者に助けを求めてしまう危うさがある。美味しい白菜あるからおいでおいで言われてしまったら、やあ嬉しいなどこかな、なんてわくわくしながらついていってしまうかもしれない。
エルフ族、ユグル族、コポルタ族は自衛できるだろう。弓と魔法と爪と牙がある。
エルフとユグルに関しては悪意を持つ相手だろうが何だろうが、初対面の相手には警戒心ゴリゴリで対応する。無礼な真似をする相手ならば、たぶん相手を半分殺す。
アルナブ族はどう見ても戦闘系種族ではなさそうだ。
「最短距離っていうのは……どういうことっす?」
「この天井ブチ抜いて上に出る」
「そんなことできるんすか⁉」
「クレイならできる」
「俺か⁉」
三つ目の案は最終手段。
結界魔法を維持しながらクレイ無双で天井を破壊。アルナブ族たちは馬車に避難してもらって、馬車ごと外に出れば良い。
しかしコルドモールや他のモンスターを外に出すことになってしまうので、これは今すぐにコルドモールに襲われない限り選択することはない。
洞窟の外はガシュマト領だ。そこも問題。
俺たちがギルドに滞在登録をしたのは、お隣のマティアシュ領。
マティアシュ領内で活動をしているはずの蒼黒の団が、お隣のガシュマト領に行ってしまったとなれば少々問題になる。
知らなかったで済めば良いのだけども、話はそう簡単ではないそうだ。
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