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3巻
3-8
しおりを挟む11 帰還・勇往邁進
山を無事に下りた俺と、俺の背中で熟睡するワイムス。
もうここに置いていっちゃおうかなと何度も思ったが、眠ったままモンスターに食われてしまいました、では俺の寝覚めが悪い。ここまで面倒を見たんだ。最後まで付き合って、ワイムスの信頼を得たほうがいい。二度と噛みついてこないように。
トコルワナ山から一番近い村に寄り、一晩明かした。ワイムスは心身ともに相当疲れていたのか、朝まで全く起きなかったらしい。
だが、俺が目覚めると先に出てしまったと宿の人に言われ、あんにゃろふざけんじゃねぇぞこんにゃろと憤慨。猛烈ダッシュであとを追った。
硬くてもベッドで眠れるって幸せよね、なんて昼過ぎまで寝ていた俺が悪いんだけど。
「ふっざけんなワイムスーーーーッ!」
「ぎゃああああ! なんでそんなに速く走れんだよ!」
「走るのが得意なのはお前だけじゃないんだよ! うらあっ! 恩を仇で返しやがってこのおたんちん!」
「勝負は勝負だろうがーーーっ!」
「昼過ぎまで放置するとかひでぇんだよ!」
「知るかよ! 起きなかったアンタが悪いんだろうが!」
「言ったな?? 言ったなーーーーっ!」
「ぎゃああああああああ!」
そうして俺とワイムスはベルカイムに戻るまで、馬とマラソンで互いをののしり合いながら走り続けた。ワイムスが借りたという馬は駿馬。なかなか素晴らしい走りを見せている。
日が傾きはじめたころ、ベルカイムの高い壁が見えた。俺のほうがわずかに前を走っている。このまま走り続ければ俺の勝ちだが、前方から黒い塊が猛スピードでこっちを目指してやってきた。
あの塊には見覚えがある。
「ピュイイイィーーーッ!」
「お? ビーか!」
「ピュイ! ピュイィッ! ピュピューイ」
「いやちょい待て、うべっ、まだ、決着がついていないから、邪魔しないっ!」
「ピュイィィ! ピュイイィィ~~~ッ、ブピーッ」
「あーもー泣かない、泣かないの。鼻水拭くな!」
顔面に飛びついて再会の喜びを全身で表現するのは嬉しいが、生臭い腹を押しつけるんじゃない。コイツ、昨夜は風呂に入らなかったな。
思わぬ妨害で走る速度が落ち、ワイムスが俺の前に出る。
「ドラゴンの協力はナシだからな!」
「生臭いのを我慢しているだけの俺に何を言ってんだよ! ビー、アイツに生臭攻撃だ!」
「ピュイイッ!?」
ベルカイムの大門が近づく。
ワイムスは未だ早く戻ったほうが勝ちだと思っているらしいが、素材採取勝負の勝敗のつけ方は早さではない。いかに顧客を満足させられるかだ。
ギルドがあえて勝敗のつけ方を言わなかったのは、それすらも自分で考えろってことなんじゃないかな。
いやしかし、目の色変えて馬を急かしているワイムスにそんなことを考えている余裕はなさそうだな。とにかく先にベルカイムに戻ることしか頭にないんだろう。
「俺は、絶対に、負けたくないんだ!!」
その意気込みは素晴らしい。
俺はワイムスにいろいろな技を披露した。凶悪なモンスターだって倒したし、盗賊だってなんとかすることができた。盗賊の捕縛についてはうやむやにしたが、それでもワイムスが気絶したあと対処したのは俺。
単細胞だが決して愚か者ではない彼も、悟っているはずだ。俺には勝てないと。
それでも勝ちたいと、何とかして勝ちたいと戦っている。
これは矜持だけではないのだろう。
勝たなくてはならない理由があるんだ。
纏わりつくビーを宥めていたらずいぶん遅れてしまった。大門にたどり着くと、俺の帰りを案じていただろう面々が迎えてくれた。
「タケル! おう! 無事に戻ったか!」
大門を塞ぐように仁王立ちするのは、巨人のギルドマスター。出迎えはありがたいが、あの人ほんとに仕事してんのかな。
その巨人に頭を掴まれているのは、ぶすくれた顔のワイムス。僅差とはいえ先に着いたようだが、彼は肝心なものを忘れている。
そう。
依頼の品だ。
あの巨大なサンタ袋は、俺の鞄の中にあるのだ。
「ただいまー」
「どうだ、成果は」
「上々ですよ。ワイムスが一緒にいたので思った以上の成果を得られました」
そう口にしたものの、もちろん俺一人でも何とかなった。
ギルドもそれは想定していただろう。ワイムスに構わず、自分の仕事を淡々とこなせばいいのだと。
しかし俺はそれをしなかった。自分さえ良ければあとはどうでもいい、という考え方がどうしてもできなかった。手助けできる余裕があるのなら手を差し伸べたいと思うのは災害大国に住んでいた者なら、誰しも考えることだろう。だが、実際にやるやらないは別。
もしもワイムスが本当に、心の底から憎らしくて、もう救いようなくて、コイツ駄目、嫌い、と諦めるしかないような人間だったら、俺もきっと、ワイムスのことを早々に見放していた。
だが、違った。
彼にも彼なりの矜持があり、守りたいものがあった。
逆にワイムスのほうも、目的のものを手に入れたら俺を置いて山を下りれば良かったんだ。だけど、そうしなかった。七色ウールの利用方法なんて教えてくれたんだ。
薬草の効能も教えてくれた。俺に新しい知識を与えてくれた。
「タケルさん……あの、私……」
俯きながら近寄ってきたのは、グリット。大きな尻尾をしゅんと垂らしている。俺にワイムスのあれこれを押しつけたのを申し訳なく思っているのだろう。
グリットの思惑もギルドの真意もすべて理解している今、文句なんて言えるわけないって。
「グリットさん、アイツはすごいですね」
「えっ?」
「ワイムスですよ。そりゃ性格は最悪ですよ? すぐにキレるし、短気だし、怒りっぽいし、誰かのせいにして文句ばっかり。彼ほど扱いにくい人間はちょっと珍しいくらい」
「……なんかすみません」
まるで問題児の行動を保護者に報告する教師の心境。俺も出来が良いとは言えない生徒だったから、当時の担任がどれほど大変だったのか、今ならわかる。
「だけど彼の知識はすごい。俺が知らなかった細かいことをよく知っているんだ」
俺は状態が良ければいいだろうという考えだけで採取をしていた。だから、調査すればわかることかもしれないが、無数にある素材をいちいち細かく調べることはしない。気まぐれに図書館で図鑑を読む程度。
その点ワイムスは、本当に素材のことを知っていた。
「口も悪いし小狡い。だが、彼の知識だけは本物だ。依頼を選り好みしてしまう悪い癖さえ直せば、もっとすごい採取家になるんじゃないかな」
できればそうなってほしい。
ワイムスがエウロパが誇る高位ランクの採取家になってくれれば、グリットやチェルシーさんも喜ぶだろう。それに、下位ランクの採取家の育成にも繋がる。
「グリットさん、ベルカイムに文字の読み書きを教えてくれるところはありますか?」
「えっ? ええと、一応あります」
「それならワイムス君に文字の読み書きを学ばせてやってください。彼が図書館にある素材図鑑などを読むことができれば、もっともっと採取家としての幅が広がる」
彼だけじゃない。冒険者には文字の読み書きを教えるべきなんだ。
本には、モンスターの対処法だって生息地だって書いてある。先人の知恵を読むことができる。基礎的な知識があれば、あとは応用をすればいい。ワイムスのように本には載っていない知識を持っている人に聞けばいいし、基礎知識を利用して交渉だってできるだろう。
自分はこういった情報を持っているから、その代わりにあなたの知っていることを教えてください、ってな感じで。
俺は恩恵があるから世界のどんな言語も理解することができる。だが、言葉を教えることはできない。感覚で言語の違いしかわからないから、その言語をどう理解すればいいのか俺自身もわからないんだ。
本の読み聞かせはできるが……音読は苦手なんだよ。ルセウヴァッハ邸で読まされたポラポーラの日記が軽いトラウマです。
「タケルさん、それは本当ですか?」
「まあ、誰かに何かを教えてもらうことが苦手なワイムス君に、耐えられるかわからないが……」
やってもらうしかない。
むしろやれ。頭ひっぱたいてでもやらせろ。
鞄から巨大なサンタ袋を取り出すと、周りのやじ馬がどよめいた。
「おいおいタケル、まさかその大きな袋に入っているのが七色ウールなのか?」
ウェイドがつぶらな瞳を輝かせてサンタ袋を指さす。
彼らが驚くのも無理はない。七色ウールは希少価値が高い。レインボーシープはすばしっこく逃げ足が速く警戒心が強いため、採取できる七色ウールは極わずか、というのが普通。
俺とワイムスのように、タッグを組んだりして採取する必要があるため、なかなか手に入れることができないのだ。
「これはワイムス君のぶん。俺のは、こっち」
同じ大きさのサンタ袋をさらに取り出すと、やじ馬は再び驚き、歓声を上げた。
「こりゃあすげえな! テメェならどうにかして採取してくるたぁ思ったが、こんな大量だとは想像すらしてなかったぜ。しかもなんだよ、ワイムスの荷物をテメェが持っていたのか?」
そう言ってギルドマスターはワイムスのほうを見る。
「うるせぇ。り、理由があるんだよ!」
「どっちにしろワイムス、依頼の品を忘れてテメェだけが戻ってくるなんてのは冒険家としてありえねぇ失態だ。それはわかっているんだろうな」
ギルドマスターの威圧にワイムスは震えている。
蛇に睨まれたアリンコ状態のワイムスは、ギルドマスターを睨み上げるものの、さすがに反論などできないのだろう。ワイムスも自分の失態は認めているようだ。
「でもまあ、危険地帯だと言われているトコルワナに行って、無事に戻ってこられたんだ。依頼も大切だがな、お前ら冒険者はテメェの命も大切にしないとなんねぇ。それはわかっているよな!」
「「「「うおおおおお!!」」」」
いや、こんな街の大門でお祭り騒ぎとかやめて。
ギルドマスター、いいこと言っているのはわかるんだけど、ベルカイムに入りたい人たちが何してんのコイツらって目でこっち見ている。
「こ、これは……! とんでもなく素晴らしい品ですよ、マスター!」
サンタ袋からグリットが取り出した七色ウール。
二人でできるだけ汚い部分を取り除いた、美しい毛並みの塊。なんでもかんでも袋に詰めようとしていたワイムスの肩を叩き、この素材を受け取る依頼主のことを考えろと説教した。
領主だから、貴族だからということだけではない。この品は金銭に繋がる。報酬を得るためには最高の状態で品を届けなければならない。
「ワイムスさん、タケルさん、私は長いこと鑑定士をやっておりますが、ここまで見事な七色ウールを見たのは初めてです」
「本当か……?」
凹んでいたワイムスが、グリットの喜ぶ声で顔を上げた。グリットは、耳も尻尾もヒゲすらもピンと立てて大興奮。
「ええ、ええ、マスターもご覧なさい! 一つひとつの塊の色は違いますが、こうやって日に照らして見ると一本一本が七色に輝いて見えるのです。これが七色ウールと呼ばれる本当の所以です。これに文句をつける者は、たとえ王様であろうと私は許しませんよ!」
「おいおい、そりゃあ物騒だな。だがしかしこりゃあ……うん、すげぇな。量もさることながら毛の状態もいい。どうやってこんな大量に採取できたんだ」
俺は黙っていた。
ギルドマスターと視線が合ったが、その視線をワイムスに移す。ワイムスは俺の視線に気づき、慌てて言葉を探した。
「……俺は、俺は一人じゃ採取できなかった。レインボーシープはおそろしくすばしっこくて……捕まえることなんかできなかった。でもアイツが、タケルが……妙な技でレインボーシープを集めて、毛を抜いたんだよ」
妙な技って言うな。
るるるで集めて、許可をもらって毛を梳いただけだ。
やじ馬の視線が一気に俺に集まる。
「俺がレインボーシープを宥めている間、ワイムス君が毛を梳いてくれたんだ。俺一人の力じゃない。コイツがいたから、これだけの成果を挙げられたんだ」
ワイムスのことを知っている冒険者たちからどよめきが上がった。「そんなまさか」とか「信じられない」とか。
俺は世辞なんか言わない。社交辞令は顧客にのみ発動する。嘘をつくことも良しとしない。誤魔化すことなんて絶対にしない。それが素材採取家としての俺のセールスポイント。
そうして信用してもらうよう仕事を続けていたおかげで、俺の言葉は信頼してもらえる。
「言っておくけど、俺は嘘をついていないからな」
そう言って念を押すと、やじ馬たちが、そうなのかもしれないと思いはじめたように頷く。
これは洗脳じゃない。事実を言っているだけだ。
「素材採取勝負っていっても、どっちが多く依頼の品を集められるか、早く帰ってこられるか、ってことじゃないんだろう?」
ギルドマスターに面と向かって指摘してやると、マスターは気まずそうに頭をがしがしと掻いた。
「ううむ、まあ、そうだな。くそ、お前にはお見通しってわけかよ」
「俺も最初は早さ勝負かなって思った。だけど、依頼の品をどうやって採取するのかなって考えて気づいた」
単独では採取することが難しい品。
それなら、どうにかして協力しないとならない。
レインボーシープに行動不能の魔法をかけて、一人で毛を採取することもできた。ギルドとしては、俺がそうしても何も言わなかっただろう。
だけど、賭けた。
俺の良心に。
「言っておくけど、こういったことは今後二度としないからな」
「ふんっ、テメェはもっとギルドに貢献しやがれ」
「さんざん貢献しているだろうが」
「ピュイイイ」
俺がギルドマスターの腹を叩き、逆にギルドマスターに頭を小突かれ、そんなやりとりを見てなぜか涙を流して喜ぶグリット。
そのグリットの姿を見たワイムスの心に、何が芽生えたのか。
勝負の結果は、翌日発表されることになった。
12 決着・水到渠成
ギルドが素材採取勝負の結果を発表した。
最高品質の七色ウールを両者ともに持ち帰った。それによって依頼主である領主は満足し、報酬に加えて報奨金も弾んでくれた。
依頼の品を忘れて戻ってきたワイムスに減点がついたことで、勝負は俺の勝ち。
だが、ギルドマスターが発表する前にワイムスが自ら言ったのだ。
「俺の負けだ」
ベルカイムに戻った翌朝。ギルドに呼ばれて応接室に通された俺に、ワイムスが告げた第一声。
不貞腐れた顔で何言ってんだろと呆然としていたら、ぎろりと睨まれた。
「いや、えっ? ……えっ? ……うえっ!?」
「何度も言わせるんじゃねぇよ! 聞いてたんだろ!」
「うんはい、ええ、まあ、聞いてました、はいはい」
だけど耳を疑うのは当然だろ?
俺だけじゃない。招集されたウェイドもグリットも、勝敗の結果を知らせようとしていたギルドマスターすらも口をあんぐりと開けている。
「……昨日の夜、言われたんだよ。エリルーに。俺がこのまま勝負に勝ったとしたら、タケルの邪魔をしたことをギルドに言うって」
「あぁ? テメェ、そんなことしてやがったのか!」
ギルドマスターの激高した声が飛んだが、ワイムスが続ける。
「ちげぇよ! いや、その……邪魔をさせたのは、事実だ。それは……悪かった」
おやまあ、ワイムスが頭を下げた。
あの、ワイムスが、まさか、素直に、謝って……
「くるとは!」
「うるせぇな! 悪かったって言ってんだろうが!」
あれ。
あまりの衝撃で、思っていたことを口に出していたらしい。
俺の間抜けな驚き方に、ギルドマスターの怒りも萎えたようだ。あそこで無駄に威圧されるとワイムスが委縮してしまい、口を閉ざしてしまうじゃないか。
ギルドマスターの巨体を押しのけると、ワイムスは続けた。
「ほんとに悪かった。だがな、エリルーに言われる前に俺は負けたと思っていたんだ。アンタの仕事を見て、俺は絶対に敵わないって思い知った」
「荷物さえ忘れなかったら、お前が勝っていたかもしれないだろ」
「それは……そう、かもしれねぇけど。いや違う。それでもアンタに……勝てる気がしねぇ」
ワイムスは悔しげに、絞り出すように言った。
「負けたくねぇよ。勝ちてぇよ。でも、なんていうか、この勝負に勝っても嬉しくねぇんだ」
圧倒的な力の差ってのが世の中にはある。
これ勝てないな、って直感でわかることがあるんだ。
それを認めることがワイムスにとってどれだけ悔しいことか。負けたくないと、妨害を企んでも勝ちたいと思っていた勝負。自分のすべてを懸けていたのだろう。認めてもらいたくて必死だったんだ。
俺は俺にできることをやっただけ。手を抜いていたわけではない。そりゃ全面的に魔法に頼れば勝てるのはわかっていたが、それだとワイムスの未来も潰してしまうことになる。
ワイムスもただのおバカなわけではない。おバカだけど。
狡賢いやつは頭の回転もそこそこ速い。動物的直感というか、それこそ本能的に悟ったんだろう。俺には何をやっても勝てないと。
そして、学んだんだ。俺相手にズルをして勝利を収めても、己の実績にはならない。得るものはないのだと。
「アンタ言ったろ。俺が、俺でいる限り……指名依頼は増えないって」
言いました。
傲慢自己中で短気のままじゃ、贔屓にしてくれる人なんて一生現れない。どれほど腕に自信があっても、その腕を生かしてくれるのはすべて顧客なんだ。その顧客を大切にしないやつは自滅するのが関の山。
「俺は頭悪いからよくわかんねぇ。でも、なんかわかった気がする。アンタに勝ったとしても、俺の指名依頼は減っていくんだろうって」
うん減る。あっという間に減る。むしろ後ろ指さされまくる。
「……タケルさん、そんなはっきり言わなくても」
また心の声を口にしていたか。グリットが顔を引きつらせながら俺を宥めるが、俺は止めない。
「あのさ、俺が見たり聞いたりした範囲でしかわからないが、冒険者の大半が仕事に対して誠実じゃないんだよな。そりゃ自分の命が第一なのはわかるが、身の丈に合わない依頼を受注して偽物を納品するヤツがいる。しかもそれを当たり前のようにやっている。危険な仕事をしてくれているのだから、そのくらい我慢をするべきだと客は黙認するだろ? でもな」
そこで偽物を納品しない、こだわるべきところはとことんこだわる、そんな冒険者が現れてみろ。しかも依頼料は定価。
当たり前な話だが、客はそっちに流れるだろ?
なるべくわかりやすく説明した。
だが、ワイムスはもう反抗しない。すでに理解しているかのように、黙って聞いていた。
そしてしばらくの沈黙のあと、ぽつりと呟く。
「俺が依頼主だったとしたら……仕事を選ぶ俺よりも、アンタを選ぶ」
完全に納得するには時間がかかるだろう。自分の信念とか貫いてきたものを一度否定して見直す作業というのはとても辛い。間違いは認めたくないものだ。
領主の娘にも言ったことがあるが、間違いに気づくことこそ立派なんだ。もしかして? という些細な疑問だけでもいい。些細なことにすら気づかずにいたワイムスは今、ようやく自分と向き合うことができている。
「自分ができる範囲でいいんだ。背伸びなんてしなくていい。無理もする必要はない。だが、依頼主には常に真摯でいろ。嘘はつくな。誤魔化すな。望みの品が手に入らなかったら、正直に言え」
「だけど」
「何事も地道に、ゆっくりとな。焦るな。お前が仕事をしっかりとこなす採取家だと知れ渡るには時間がかかるかもしれないが、それでも継続していけば必ず結果が出る」
自分に嘘をつかず、誤魔化さず。
「お前を信じて付いてきてくれる人は必ずいる。エリルーだってお前のことを考えてくれている。グリットさんやチェルシーさんもだ。その人たちを決して裏切るな」
必ずできる。チェルシーさんのためにダンゼライまで行って花を探す熱意があるのなら、その熱を仕事に向けるだけでいい。
少なくとも俺の話に耳を傾け、己の負けを認めたワイムスは前進した。一歩も二歩も前に進むことができた。
だから大丈夫。ワイムスはきっとランクB冒険者にふさわしい男になれる。
「俺のことも絶対に裏切るな」
頬を紅潮させ、目を輝かせるワイムス。深く何度も頷いた。
「俺のこと騙そうとしたらゲンコツ一発じゃ済まさねえからな。足の小指をタンスの角にぶつける呪いをかけてやる。それも延々と!」
「やめろ!」
聖人君子でいろとは言わない。
仕事に関して誠実でいろってだけ。そういう冒険者が少ないのなら、これから需要はどんどん増える。悪に染まるな。流されるな。
きっとなんとかなるって。
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