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3巻
3-6
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俺が思っていた以上に戦えたことと、仕事に対する考え方をわかりやすく説明したからだろうか。
ともかく、今なら彼の心に響くかもしれない。
「ワイムス君、うるさくしてくれるうちが花なんだよ。君に期待しているからこそ、グリットはうるさく言ってくるんだ。君が大切だから。もっともっと立派な冒険者になってほしいからこそだ」
「立派な冒険者? この、俺が?」
「なれるさ。その若さでランクBだろ? どれだけの苦労をしてきたんだ。人に嫌われても信念を貫き通してきたんだろ? その意志の強さは誇れることだ。ただ、もうちょっと人の話を聞くべきだとは思うがな」
不貞腐れていたワイムスの頬に赤みが差し、口元がうずうずとにやけそうになっている。こうやって褒められたこともおそらくないんだろうな。何か言うたびに噛みついてくるようなヤツ、関わり合いになんてなりたくないものだ。
「じゃあ、アンタはこの場合……どうするんだ」
お。ついに質問してきたな。
「俺も動物の毛刈りは初めてだ。だがな、一つ強みがある」
「強み?」
「俺はどうやら動物に好かれる体質らしい」
「なんだそれ」
一角馬で証明済みだ。ベルカイムをうろついている野良動物にも好かれている俺です。広場でぼけっとしていると、鳩やらスズメやらの鳥が集まってくるから気をつけないとならない。初めはビーのせいかな? とも思ったが、ビーが空中散歩をしているときでも鳥は容赦なく群がる。
これもきっと恩恵とやらなんだろう。あの『青年』に頼んだような頼んでいないような、そんなのすっかり忘れてしまったが、ともあれ便利な体質ではある。
「俺がレインボーシープを宥めて集めてみるから、そのうちにワイムス君が毛を梳いてくれないか。この櫛で」
鞄から取り出した櫛を手渡すと、ワイムスは訝しげに俺を睨む。その目やめなさい。
「どうやって集めるんだよ。あんなに遠くにいるのに」
それはそれ。
やってみないとわからない。
俺は肺に息を溜め、思い切り大きな声で叫んだ。
「るーるるるるるるるる!!」
遠巻きにこちらを窺っていたわたあめたちが一斉にビクッと反応。そりゃそうだ。いきなり、るるる叫ぶ人間なんて俺くらいなものだろう。
「おまっ、なにやってんだ!?」
「るーるるるるるる! いや、こうやって動物をおびき寄せていたプロがいた気がしてだね」
動物王国か北の国のどなたかは忘れたが、ともかくレインボーシープの気を引くことには成功している。いや、もっといいやり方とかあるかもしれないけど。
「るーるるるる、ほれほれこっち来てみ、るるるー」
やってみるものだ。
もふもふしたわたあめたちは警戒しながらも、一匹、また一匹とそろそろ近づいてくる。
「……冗談だろ」
「急に動いたりでかい声を出したりするなよ。ゆっくり動いて、優しく身体を撫でるんだ」
「むーむーむー」
こちらの羊らしき生き物は、メェメェじゃなくてむーむー鳴きます。
「るるるるーるーるるー、はいはいおいでおいでー」
「むーむー」
「むー」
青、黄、緑、赤、どれもこれも淡いパステルカラーの毛を纏った不思議な生き物たちは、むーむー言いながらゆっくりと近づいてきた。
地球の羊より一回り大きいくらいか。どちらにしろ、可愛いぞ。
「レインボーシープ諸君、少し頼み事がある。今から君たちの柔らかく暖かそうな毛を少しずついただきたい」
「むーむー」
「抜ける毛だけをいただければいいんだ。もしくは、抜いてほしい場所があったらそこの毛をいただきたい」
「むーむーむー」
話が通じない動物相手に何を馬鹿なことを、という顔をして口をぱっかー開けていたワイムス。だが、水色のレインボーシープが群れから離れ、俺の前にやってきた。
「むーむー」
つぶらな目を瞬かせ、俺の目の前にお座り。
なにこれたまらん。
「ワイムス君、こいつの首の下の毛を櫛で梳くんだ」
「は?」
「はじゃねーよ。ここ、この毛が気になるから梳いてほしいんだって」
「なんでわかるんだ……」
なんとなく?
ワイムスは俺に言われるまま恐る恐る櫛で毛を梳く。レインボーシープは暴れることなく、大人しく首を伸ばした。
もっふりとした水色の毛が櫛に絡まり、力を入れずともかなりの量が抜け落ちる。
「すっげぇ。はははっ、なんだこれ、本当にすげぇ」
撫でるように櫛で毛を梳かすワイムスは、そのまま優しく手を動かした。
水色のわたあめがみるみる櫛にからまり、手のひら大の塊になる。アンゴラとかカシミアとか、そういう肌触りの良い毛。
そうか、これを紡いで毛糸にするのか。これだけ手触りのいい毛だ。編めば暖かな防寒具になるだろう。
「むーむー」
「むーむーむー」
無防備に腹まで出して毛を梳かれている水色わたあめを見ていた他のやつらも、そろりそろりと近寄ってきた。
気づけば、周りはレインボーシープの大群になっており、色とりどりのわたあめに囲まれてしまっていた。
「あははっ、すげえ。お前すげぇんだな、タケル」
ワイムスは笑いながらレインボーシープを撫で続けた。
その顔は憎しみも妬みもない、心からの笑顔だった。
8 無謀・意気軒昴
一抱えほどの色とりどりな七色ウールが手に入った。
俺とワイムスはギルドの思惑にまんまとハマり、仲良く共同作業をやり遂げたわけだ。俺には便利な魔法があるから、単独でも七色ウールを手に入れることはできた。しかしギルドは、俺ならワイムスをなんとかしてくれるんじゃね? というふんわりとした可能性を持ち、それに賭けたのではないだろうか。
でもギルドは、俺の採取方法をわかっているっぽいな。そこまでは把握していないと思っていたんだけど。
もしかして……
「カリストのザンボさんから……情報漏れちゃった?」
「何のことだ?」
「いや、独り言」
ドワーフの国の元気な受付主任は、坑道探査のとき俺の採取のやり方を間近で見ていた。いちいち質問してきたので、なんでしょうね~ふしぎですね~わかんなぁい~とのらりくらり誤魔化したのだが、大まかな流れというか採取方法は知られた。すべて魔法を利用しているのだということも。
それをグリットに知らせたのかもしれない。ギルドとして情報を共有する名目で。
職業柄、グリットは俺に聞きたいことがたくさんあるのだろう。それを聞かないのは、煩わしいことを苦手としている俺に配慮しているため。
巨大なカラフルわたあめを袋に詰め込んだワイムスは、さながらサンタさん。抜け毛そのものは綿よりも軽いのだが、量が量だけにしっかりとした重さがありそう。
一方、同じだけの抜け毛の塊を仕舞っても、見た目も重さも全く変わらない俺の鞄。ワイムスがそれを凝視しながら言う。
「これで目的のものは手に入れたな。あとはどっちが先にベルカイムに戻れるかだ」
ワイムスは晴れ晴れとした顔で笑った。いちいち突っかかることがなくなっただけでも、俺としては万々歳。あとは誰彼構わず喧嘩を売らないことを教えてやらないと。
山に入る手前の村に借り馬を置かせてもらっていたワイムスは、その馬に乗って帰るようだ。俺はまた走るしかない。
何かあったときのために転移門拠点は宿屋の自室に作ってあるが、それを使うのはやめておこう。
後々のためにどっちが先だどっちがあとだとか言われないよう、同時ゴールっていうのもありかもしれない。
「うん?」
そんなことを考えながら、さて帰ろうかと腰を上げると、久しぶりに感じるうなじのぞわぞわ。
嫌な予感がするときにこれが出るんだけど、今まではビーが先んじて警戒してくれていたからうなじも大人しかった。
獰猛なモンスターが出てくる様子はない。だが、確かに嫌な予感がする。
「むーむー」
「むーむーむー」
俺とワイムスを取り囲むように休んでいたレインボーシープ諸君が、俊敏な動きでその場を去ってしまった。目に見える異変にワイムスも何かを感じ取ったのか、地面に置いていたサンタ袋を急いで背中に担ぎ上げる。
「どうしたんだ?」
「なんだろな」
無詠唱で探査を展開する。
レインボーシープの灰色点滅がたくさんと、その反対方向、つまり坂の下から茶色点滅が三つ。
茶色点滅って確か……
会話が聞こえてくる。
「あん? どうなっていやがる。前はこの開けたところに何匹かいやがっただろう」
「知らねぇよ。それよりも毒矢の用意はいいんだろうな」
「うるさいなあ。文句言うならお前が持ちやがれ」
わいわいと登ってきたのは、見るからに素行が宜しくなさそうな男たち。
ベルカイムでは見たことのない悪人面、いや失敬、お顔だな。毛皮のちゃんちゃんこを着ているからといってマタギではないだろう。
ワイムスにそっと呟く。
「どっかの冒険者が来たみたいだ」
「お前、この距離でアイツらの様子がわかるのか?」
俺ってば、視力も聴力も宜しいんですよ。
異常五感のクレイやビーと行動を共にしていたから自分も異常だってことを忘れがちになるが、たぶん普通の人よりは優れているんじゃないかな。
ドヤる間もなく、ワイムスに巨石の陰に隠れるよう指示。俺は自らのでかい図体に隠伏の魔法をかけて姿を消した。下手に関わって時間を無駄にするわけにはいかないし、何より面倒くさい。
同じ素材を目的としていたとすれば申し訳ない。目ぼしいレインボーシープの毛はすっきり抜け落ちて、今ではとてもスリムになっているのだ。坂の上のほうに行けば地面に落ちて汚い色になっちゃっている抜け毛が大量にあるだろうが、価値としてはどうかな。
しかし物騒なことも言っていたな。毒矢?
「オイ、本当にここなのかよ! いねぇじゃねぇか!」
「おっかしいなあ。確かにアイツの縄張りに入っているんだよ。ほら、そこに角で削った跡があるだろ? まだ新しい」
「ガロノードバッファローは、縄張りを荒らすと怒り狂って襲いかかるモンスターだと聞いていたが……」
うーんと? ガロノードバッファローの縄張り? さっき三頭いたね。全部食材になったけど。
彼らはガロノードバッファローを狩りに来たのだろうな。まあ俺が全部狩ってしまったわけだけど、悪いことをしたとは思わない。俺だって冒険者なんだ。譲り合いのどうぞどうぞ精神は発揮するべきではない。早い者勝ち。先手必勝。
対象物がなかなか見つからないので、彼らは怒りを露わにしている。気持ちはわかるよ。だからって、自生しているアモフェル草をむやみやたらと刈らないでくれないかな。
「ちっきしょう! テメェ、どうなってやがんだ!」
「俺だって知らねぇよ! 以前に来たときはいたんだよ!」
「おいおい、どうするよ。てめぇが言ったんだろうが、パレシオン毒が高く売れるってよお」
「それは本当のことだ。ガウリー商会に竜騎士が査察に入って、統領もろとも全員処刑されたって聞いただろ」
「ああ。それはゾッとした。誰がチクッたんだ」
どきーん。
「ガウリー商会が扱っていたパレシオン毒が市場で品薄になっているらしいから、今や前回の売値の三倍らしいぜ」
「それは本当か? クッソ、こうなりゃ何が何でも角だけは持って帰らねぇとよ!」
俺の存在を知る由もない悪人面の三人は、まあよくぺらぺらと喋ってくれた。
話を聞くに、彼らはパレシオン毒を採取しに来たわけだ。パレシオン毒はガロノードバッファローの角から作られる猛毒。生成方法はわからないが、基本的に生成してはならない決まり。
それをあえて作るっていうことは、そりゃ宜しくないことに使うためだろうな。
湖に撒き散らすとか、誰かを暗殺するとか。
正義の味方だったらこの場合、「そうは問屋が卸さないぜ」とか言って彼らを退治するのかもしれないが、残念、俺は面倒くさがり屋でした。
そういう闇市場は、需要があるからこそ成り立つ。アシュス村の住人のように巻き込まれる人にとっては迷惑極まりないが、だからといって闇市場を完全に消し去ってやるなどとは思わないし、やりたくない。
俺の正義は押しつけるものではない。悪いからやっつけよう、とは思わない。俺の正義は、自分が日常を平穏に生き続けるためだけに発揮される。
だからこの場合、ひっそり静かに、ひっそりこっそりかさこそと、この場を去るにかぎ……
「ふざけんな! パレシオン毒は生成してはならない決まりだろうが!」
あれえええええ!?
ワイムス君なにやってんのおおお??
さらに、岩場の陰から正義感もりもりに飛び出すワイムス。
「あぁ? テメェ、なんだ? 冒険者か」
「アニキ、あの野郎、ランクBですぜ」
「ケッ、得物一つ持っていやがらねぇ。どうせ回復職か採取家だろうよ」
三人組は一瞬警戒したが、ワイムスの装備を確認すると鼻で笑った。
確かにワイムスは、素早く動き回れるよう甲冑などの重たい装備は身につけていない。武器といえば、採取用の短剣や逃げるための煙幕など。見ればすぐに、腕に覚えのある戦士ではないということがわかる。
つまり、でかいオノやら長剣やら弓やらを装備している彼らに分があるのだ。
なのに、ワイムスは強気で言う。
「お前ら盗賊だな!」
まじか。
マタギではないと思っていたが、盗賊でしたか。盗賊って初めて見た。
盗賊っていうのはまさしく盗みや殺しを生業とした、闇世界の職業。ゲームとかだと洞窟や遺跡といったダンジョンの罠を見抜く特殊職業だが、マデウスでは名前の通りの盗む賊。
元冒険者とか罪を犯した者が最終的に行きつく先だとも言われている。つまりが、彼ら三人とも前科者。もしくは……賞金の懸けられた指名手配犯だったり?
教えて調査先生。彼らの賞金額、じゃない、どんな悪いことをしたんですか。
【マハル・チョバカ ランクC 「毒蜘蛛の戦慄」団員】
アルツェリオ王国発令グラン・リオ大陸指名手配犯。ズビシェク在住。
殺人・強盗・恐喝・窃盗・違法薬物所持。
賞金額50万レイブ。
[備考]マティアシュ領ミロスラフ地方ズビシェクは、盗賊団「毒蜘蛛の戦慄」の本拠地。
【クヴェル・アホルヌス ランクB 「毒蜘蛛の戦慄」団員】
アルツェリオ王国発令グラン・リオ大陸指名手配犯。ズビシェク在住。
殺人・強盗・恐喝・窃盗・違法薬物所持。
賞金額120万レイブ。
【アルトン・マル・モトーラ】
マティアシュ領カジョ地方ダンゼライ在住。
ほか隠匿。
……バカとアホとトンマか。
これ笑うところ? いや笑うのはさすがに失礼だよな。うん。名前がたまたま日本語の悪口に読めるだけだ。
悪党は二人で、残りの一人は案内係か何かか? 住んでいるところしかわからない。隠匿っていうことは、特殊な魔法で隠しているものがあるのだろう。鑑定されたくない秘密があるのだ。
彼をもっと調査すればわかるだろうが、そこまで興味はない。だが、かっこいい名前の盗賊団に所属しているという情報はありがたい。エウロパに報告するときに役立つ。
盗賊って冒険者の仕事を妨害したり依頼品を盗んだり、場合によっては殺したりする集団だから迷惑なんだよな。しかも意外と賢い。敵わないとわかると絶対に姿を見せないし。
盗賊討伐の依頼がいくつかあったはず。ランクAのクレイだったら受注できるだろうし、ついでに賞金とかもらっちゃえばいいんじゃなかろうか。
すでにワイムスは姿を見せているし、やっぱごめんねで見逃してくれるほど、やつらは間抜けではないだろう。姿を見られたからには証拠隠滅、つまりワイムスを殺しにかかる。
ああもう、余計なことに首突っ込みやがって。誰がフォローすると思っているんだ。
盗賊の一人が顔色を変え、背中に担いでいた巨大なオノを手にした。
続いて他二人も武器を構える。
「だったらどうするんだ、坊ちゃん」
「違法毒物を作られたらたまったもんじゃない! ギ、ギルドに報告して……」
「どうやって報告するんだい」
そうそう。多勢に無勢なんだよ?
しかもワイムスは戦闘能力がない。強い結界を纏えるといっても、それだけ。でも結界魔道具を発動させたまま全力で逃げるって手もあるな。うんうん、そのまま一気に坂を転がり落ちればうまく逃げられると思……
「タケル! こいつらなんとかしろ!」
ええええええええええええええええええええ!
なんで急に俺に振るわけ!? まさか最初からそのつもりで格好つけたの? 全部俺にまる投げするのかよ!
「ケッ! 他にも仲間がいやがるのか!」
いませんいません。彼の勘違いですよ、ハハッ。
「出てきやがれ! ボウヤをブチ殺すぞ!」
いっそのことブチ殺してもらって……
悪い考えが脳裏をよぎったが、グリットさんやチェルシーさん、エリルーが哀しむだろうからそれはやめます。
岩陰からのろのろと出て、ワイムスに近づく。
「うもー……なんで飛び出すんだよ」
「さっさと出てこい!」
「あっ、そうか」
隠伏の魔法をかけたままだった。
自分にかけた魔法を解除するには集中を切らせばいい。身体を隠す以外のことを考えて叫ぶ。
「とうふ!!」
ちなみに、はんぺんでも可。
豆腐は真っ白なので、頭の中を真っ白にするのにちょうどいいってだけ。
間抜けな叫びと同時に俺の身体が現れると、男たちは盛大に驚いた。ちなみにワイムスはあんぐりと口を開けて腰を抜かしている。その顔おもしろい。
「テメェ! いまどっから出てきやがった!」
「どうもどうもすみませんね、うちの小生意気な坊主が出しゃばりやがりまして」
いやいやすみませんと頭を繰り返し下げ、ワイムスを立たせてから、その後頭部をひっぱたく。
「痛っ! なにすんだよ!」
「バカタレ。頭に血が上るとイノシシみたいに特攻するのはやめなさい」
「だからってアイツら盗賊だぜ? 賞金首かもしれないじゃないか!」
「賞金首だからって、なんで無謀に飛び出すんだよ。あのなあ、俺にまる投げしようとしているかもしれないが、俺だって都合ってもんがさあ」
都合というか、面倒なだけなんだけど。
それに、明日の夕方までにベルカイムに帰らないとならないの、覚えてんのかな。
「おうおうっ、ふざけたことをぬかしやがって! どっちにしろ、アンタらにはここで死んでもらう!」
「あらあ。やっぱりそうなります? 困ったなあ」
これっぽっちも困っていない顔で笑ってやると、男たちは多少怯んだ。
彼らも腕に覚えがあるのだろう。あのガロノードバッファローを狩りに来たくらいだから、俺たちを確実に仕留められる自信があるのだ。だからこそ、俺のこの態度を不気味に感じたらしい。
時代劇のような展開にちょっとだけ胸を熱くしているが、油断は禁物。なぜなら俺は、対人戦を一度も経験したことがない。いつも同行しているランクA冒険者を狙う人間なんていなかったからだ。もしかしたら知らないうちに、クレイやビーが対処してくれていたのかもしれないな。
ともかく、獰猛なモンスターはたくさん倒してきたが、対人は勝手が違う。
相手がどれだけの悪党だとしても、自らの手で成敗するのは避けたい。気絶させるだけじゃ駄目かな。もしくは強制的に眠ってもらうとか。
9 安眠・勧奨懲戒
「ワイムス君、すぐに結界を起動させるんだ」
「えっ? で、でも、お前はどうするんだよ」
戸惑いながらもワイムスはガラスの小瓶を取り出し、素直に起動した。
男たちは得物を構え、じりじりと間合いを詰めてくる。
人間の対処の仕方は、クレイに教わっていないんだよ。相手は生身の人間なんだから、加減しないとゴブリンの頭みたいに吹き飛ぶ。皮膚が硬いゴブリンでさえ、やわこいトマトのように弾け飛んだのだから、人間となると蒸発しかねない。それはおそろしい。
指名手配犯を即死させるなんてこと……してやらない。悪いことをしたのなら、それ相応の罰を受けてもらわねばならない。
死ぬより辛い目に遭わせて、それから絶望の中で最大級の苦しみとともに……
「くらええええ!」
ちゃんちゃんこの超馬鹿、いやチョバカが剣を突き刺してくる。
呑気に拷問方法なんて考えている場合ではなかった。恐怖耐性は、こんなところでも俺の意思に関係なく発動してしまう。普通、盗賊に命を狙われるなんて、ちびるくらい恐ろしいことだろう。だが、盗賊よりも恐ろしいモンスターをいくつも相手にしてきたし、なんせ最強で最恐のボルさんで耐性はできているから、恐さなど微塵もなかった。
とはいえ、さすがにあんな切っ先鋭い剣で貫かれたら痛い。ここは防衛からはじめましょう。
「盾展開」
ガキンッ!
魔法が発動するのと同時に剣が弾かれ、勢いのまま突っ込んできたチョバカは剣ごと地面に転げ落ちた。急勾配だから一度転ぶとけっこう下まで落ちてしまう。
「なんだと!? こいつ、魔法使いか!」
「マハル、エルヤ、気をつけろよ! 自衛に長けた魔法使いは厄介だ!」
そう叫んだアホこと、クヴェル・アホルヌスが巨大斧を構えなおし、先ほどよりも腰を深く落として警戒しだした。
アホルヌスのランクはB。そのランクの基準が元冒険者のときのものだったとしたら、一筋縄ではいかないだろう。ガレウス湖畔の砦で逃げ惑っていたチンピラとは格が違う。
あと、ランクが隠されているトンマさん。今アホルヌスが、エルヤと呼んだ細身の若い男。名前すら偽名なのか。正体がわからないっていうのが一番不気味だ。
ともかく、今なら彼の心に響くかもしれない。
「ワイムス君、うるさくしてくれるうちが花なんだよ。君に期待しているからこそ、グリットはうるさく言ってくるんだ。君が大切だから。もっともっと立派な冒険者になってほしいからこそだ」
「立派な冒険者? この、俺が?」
「なれるさ。その若さでランクBだろ? どれだけの苦労をしてきたんだ。人に嫌われても信念を貫き通してきたんだろ? その意志の強さは誇れることだ。ただ、もうちょっと人の話を聞くべきだとは思うがな」
不貞腐れていたワイムスの頬に赤みが差し、口元がうずうずとにやけそうになっている。こうやって褒められたこともおそらくないんだろうな。何か言うたびに噛みついてくるようなヤツ、関わり合いになんてなりたくないものだ。
「じゃあ、アンタはこの場合……どうするんだ」
お。ついに質問してきたな。
「俺も動物の毛刈りは初めてだ。だがな、一つ強みがある」
「強み?」
「俺はどうやら動物に好かれる体質らしい」
「なんだそれ」
一角馬で証明済みだ。ベルカイムをうろついている野良動物にも好かれている俺です。広場でぼけっとしていると、鳩やらスズメやらの鳥が集まってくるから気をつけないとならない。初めはビーのせいかな? とも思ったが、ビーが空中散歩をしているときでも鳥は容赦なく群がる。
これもきっと恩恵とやらなんだろう。あの『青年』に頼んだような頼んでいないような、そんなのすっかり忘れてしまったが、ともあれ便利な体質ではある。
「俺がレインボーシープを宥めて集めてみるから、そのうちにワイムス君が毛を梳いてくれないか。この櫛で」
鞄から取り出した櫛を手渡すと、ワイムスは訝しげに俺を睨む。その目やめなさい。
「どうやって集めるんだよ。あんなに遠くにいるのに」
それはそれ。
やってみないとわからない。
俺は肺に息を溜め、思い切り大きな声で叫んだ。
「るーるるるるるるるる!!」
遠巻きにこちらを窺っていたわたあめたちが一斉にビクッと反応。そりゃそうだ。いきなり、るるる叫ぶ人間なんて俺くらいなものだろう。
「おまっ、なにやってんだ!?」
「るーるるるるるる! いや、こうやって動物をおびき寄せていたプロがいた気がしてだね」
動物王国か北の国のどなたかは忘れたが、ともかくレインボーシープの気を引くことには成功している。いや、もっといいやり方とかあるかもしれないけど。
「るーるるるる、ほれほれこっち来てみ、るるるー」
やってみるものだ。
もふもふしたわたあめたちは警戒しながらも、一匹、また一匹とそろそろ近づいてくる。
「……冗談だろ」
「急に動いたりでかい声を出したりするなよ。ゆっくり動いて、優しく身体を撫でるんだ」
「むーむーむー」
こちらの羊らしき生き物は、メェメェじゃなくてむーむー鳴きます。
「るるるるーるーるるー、はいはいおいでおいでー」
「むーむー」
「むー」
青、黄、緑、赤、どれもこれも淡いパステルカラーの毛を纏った不思議な生き物たちは、むーむー言いながらゆっくりと近づいてきた。
地球の羊より一回り大きいくらいか。どちらにしろ、可愛いぞ。
「レインボーシープ諸君、少し頼み事がある。今から君たちの柔らかく暖かそうな毛を少しずついただきたい」
「むーむー」
「抜ける毛だけをいただければいいんだ。もしくは、抜いてほしい場所があったらそこの毛をいただきたい」
「むーむーむー」
話が通じない動物相手に何を馬鹿なことを、という顔をして口をぱっかー開けていたワイムス。だが、水色のレインボーシープが群れから離れ、俺の前にやってきた。
「むーむー」
つぶらな目を瞬かせ、俺の目の前にお座り。
なにこれたまらん。
「ワイムス君、こいつの首の下の毛を櫛で梳くんだ」
「は?」
「はじゃねーよ。ここ、この毛が気になるから梳いてほしいんだって」
「なんでわかるんだ……」
なんとなく?
ワイムスは俺に言われるまま恐る恐る櫛で毛を梳く。レインボーシープは暴れることなく、大人しく首を伸ばした。
もっふりとした水色の毛が櫛に絡まり、力を入れずともかなりの量が抜け落ちる。
「すっげぇ。はははっ、なんだこれ、本当にすげぇ」
撫でるように櫛で毛を梳かすワイムスは、そのまま優しく手を動かした。
水色のわたあめがみるみる櫛にからまり、手のひら大の塊になる。アンゴラとかカシミアとか、そういう肌触りの良い毛。
そうか、これを紡いで毛糸にするのか。これだけ手触りのいい毛だ。編めば暖かな防寒具になるだろう。
「むーむー」
「むーむーむー」
無防備に腹まで出して毛を梳かれている水色わたあめを見ていた他のやつらも、そろりそろりと近寄ってきた。
気づけば、周りはレインボーシープの大群になっており、色とりどりのわたあめに囲まれてしまっていた。
「あははっ、すげえ。お前すげぇんだな、タケル」
ワイムスは笑いながらレインボーシープを撫で続けた。
その顔は憎しみも妬みもない、心からの笑顔だった。
8 無謀・意気軒昴
一抱えほどの色とりどりな七色ウールが手に入った。
俺とワイムスはギルドの思惑にまんまとハマり、仲良く共同作業をやり遂げたわけだ。俺には便利な魔法があるから、単独でも七色ウールを手に入れることはできた。しかしギルドは、俺ならワイムスをなんとかしてくれるんじゃね? というふんわりとした可能性を持ち、それに賭けたのではないだろうか。
でもギルドは、俺の採取方法をわかっているっぽいな。そこまでは把握していないと思っていたんだけど。
もしかして……
「カリストのザンボさんから……情報漏れちゃった?」
「何のことだ?」
「いや、独り言」
ドワーフの国の元気な受付主任は、坑道探査のとき俺の採取のやり方を間近で見ていた。いちいち質問してきたので、なんでしょうね~ふしぎですね~わかんなぁい~とのらりくらり誤魔化したのだが、大まかな流れというか採取方法は知られた。すべて魔法を利用しているのだということも。
それをグリットに知らせたのかもしれない。ギルドとして情報を共有する名目で。
職業柄、グリットは俺に聞きたいことがたくさんあるのだろう。それを聞かないのは、煩わしいことを苦手としている俺に配慮しているため。
巨大なカラフルわたあめを袋に詰め込んだワイムスは、さながらサンタさん。抜け毛そのものは綿よりも軽いのだが、量が量だけにしっかりとした重さがありそう。
一方、同じだけの抜け毛の塊を仕舞っても、見た目も重さも全く変わらない俺の鞄。ワイムスがそれを凝視しながら言う。
「これで目的のものは手に入れたな。あとはどっちが先にベルカイムに戻れるかだ」
ワイムスは晴れ晴れとした顔で笑った。いちいち突っかかることがなくなっただけでも、俺としては万々歳。あとは誰彼構わず喧嘩を売らないことを教えてやらないと。
山に入る手前の村に借り馬を置かせてもらっていたワイムスは、その馬に乗って帰るようだ。俺はまた走るしかない。
何かあったときのために転移門拠点は宿屋の自室に作ってあるが、それを使うのはやめておこう。
後々のためにどっちが先だどっちがあとだとか言われないよう、同時ゴールっていうのもありかもしれない。
「うん?」
そんなことを考えながら、さて帰ろうかと腰を上げると、久しぶりに感じるうなじのぞわぞわ。
嫌な予感がするときにこれが出るんだけど、今まではビーが先んじて警戒してくれていたからうなじも大人しかった。
獰猛なモンスターが出てくる様子はない。だが、確かに嫌な予感がする。
「むーむー」
「むーむーむー」
俺とワイムスを取り囲むように休んでいたレインボーシープ諸君が、俊敏な動きでその場を去ってしまった。目に見える異変にワイムスも何かを感じ取ったのか、地面に置いていたサンタ袋を急いで背中に担ぎ上げる。
「どうしたんだ?」
「なんだろな」
無詠唱で探査を展開する。
レインボーシープの灰色点滅がたくさんと、その反対方向、つまり坂の下から茶色点滅が三つ。
茶色点滅って確か……
会話が聞こえてくる。
「あん? どうなっていやがる。前はこの開けたところに何匹かいやがっただろう」
「知らねぇよ。それよりも毒矢の用意はいいんだろうな」
「うるさいなあ。文句言うならお前が持ちやがれ」
わいわいと登ってきたのは、見るからに素行が宜しくなさそうな男たち。
ベルカイムでは見たことのない悪人面、いや失敬、お顔だな。毛皮のちゃんちゃんこを着ているからといってマタギではないだろう。
ワイムスにそっと呟く。
「どっかの冒険者が来たみたいだ」
「お前、この距離でアイツらの様子がわかるのか?」
俺ってば、視力も聴力も宜しいんですよ。
異常五感のクレイやビーと行動を共にしていたから自分も異常だってことを忘れがちになるが、たぶん普通の人よりは優れているんじゃないかな。
ドヤる間もなく、ワイムスに巨石の陰に隠れるよう指示。俺は自らのでかい図体に隠伏の魔法をかけて姿を消した。下手に関わって時間を無駄にするわけにはいかないし、何より面倒くさい。
同じ素材を目的としていたとすれば申し訳ない。目ぼしいレインボーシープの毛はすっきり抜け落ちて、今ではとてもスリムになっているのだ。坂の上のほうに行けば地面に落ちて汚い色になっちゃっている抜け毛が大量にあるだろうが、価値としてはどうかな。
しかし物騒なことも言っていたな。毒矢?
「オイ、本当にここなのかよ! いねぇじゃねぇか!」
「おっかしいなあ。確かにアイツの縄張りに入っているんだよ。ほら、そこに角で削った跡があるだろ? まだ新しい」
「ガロノードバッファローは、縄張りを荒らすと怒り狂って襲いかかるモンスターだと聞いていたが……」
うーんと? ガロノードバッファローの縄張り? さっき三頭いたね。全部食材になったけど。
彼らはガロノードバッファローを狩りに来たのだろうな。まあ俺が全部狩ってしまったわけだけど、悪いことをしたとは思わない。俺だって冒険者なんだ。譲り合いのどうぞどうぞ精神は発揮するべきではない。早い者勝ち。先手必勝。
対象物がなかなか見つからないので、彼らは怒りを露わにしている。気持ちはわかるよ。だからって、自生しているアモフェル草をむやみやたらと刈らないでくれないかな。
「ちっきしょう! テメェ、どうなってやがんだ!」
「俺だって知らねぇよ! 以前に来たときはいたんだよ!」
「おいおい、どうするよ。てめぇが言ったんだろうが、パレシオン毒が高く売れるってよお」
「それは本当のことだ。ガウリー商会に竜騎士が査察に入って、統領もろとも全員処刑されたって聞いただろ」
「ああ。それはゾッとした。誰がチクッたんだ」
どきーん。
「ガウリー商会が扱っていたパレシオン毒が市場で品薄になっているらしいから、今や前回の売値の三倍らしいぜ」
「それは本当か? クッソ、こうなりゃ何が何でも角だけは持って帰らねぇとよ!」
俺の存在を知る由もない悪人面の三人は、まあよくぺらぺらと喋ってくれた。
話を聞くに、彼らはパレシオン毒を採取しに来たわけだ。パレシオン毒はガロノードバッファローの角から作られる猛毒。生成方法はわからないが、基本的に生成してはならない決まり。
それをあえて作るっていうことは、そりゃ宜しくないことに使うためだろうな。
湖に撒き散らすとか、誰かを暗殺するとか。
正義の味方だったらこの場合、「そうは問屋が卸さないぜ」とか言って彼らを退治するのかもしれないが、残念、俺は面倒くさがり屋でした。
そういう闇市場は、需要があるからこそ成り立つ。アシュス村の住人のように巻き込まれる人にとっては迷惑極まりないが、だからといって闇市場を完全に消し去ってやるなどとは思わないし、やりたくない。
俺の正義は押しつけるものではない。悪いからやっつけよう、とは思わない。俺の正義は、自分が日常を平穏に生き続けるためだけに発揮される。
だからこの場合、ひっそり静かに、ひっそりこっそりかさこそと、この場を去るにかぎ……
「ふざけんな! パレシオン毒は生成してはならない決まりだろうが!」
あれえええええ!?
ワイムス君なにやってんのおおお??
さらに、岩場の陰から正義感もりもりに飛び出すワイムス。
「あぁ? テメェ、なんだ? 冒険者か」
「アニキ、あの野郎、ランクBですぜ」
「ケッ、得物一つ持っていやがらねぇ。どうせ回復職か採取家だろうよ」
三人組は一瞬警戒したが、ワイムスの装備を確認すると鼻で笑った。
確かにワイムスは、素早く動き回れるよう甲冑などの重たい装備は身につけていない。武器といえば、採取用の短剣や逃げるための煙幕など。見ればすぐに、腕に覚えのある戦士ではないということがわかる。
つまり、でかいオノやら長剣やら弓やらを装備している彼らに分があるのだ。
なのに、ワイムスは強気で言う。
「お前ら盗賊だな!」
まじか。
マタギではないと思っていたが、盗賊でしたか。盗賊って初めて見た。
盗賊っていうのはまさしく盗みや殺しを生業とした、闇世界の職業。ゲームとかだと洞窟や遺跡といったダンジョンの罠を見抜く特殊職業だが、マデウスでは名前の通りの盗む賊。
元冒険者とか罪を犯した者が最終的に行きつく先だとも言われている。つまりが、彼ら三人とも前科者。もしくは……賞金の懸けられた指名手配犯だったり?
教えて調査先生。彼らの賞金額、じゃない、どんな悪いことをしたんですか。
【マハル・チョバカ ランクC 「毒蜘蛛の戦慄」団員】
アルツェリオ王国発令グラン・リオ大陸指名手配犯。ズビシェク在住。
殺人・強盗・恐喝・窃盗・違法薬物所持。
賞金額50万レイブ。
[備考]マティアシュ領ミロスラフ地方ズビシェクは、盗賊団「毒蜘蛛の戦慄」の本拠地。
【クヴェル・アホルヌス ランクB 「毒蜘蛛の戦慄」団員】
アルツェリオ王国発令グラン・リオ大陸指名手配犯。ズビシェク在住。
殺人・強盗・恐喝・窃盗・違法薬物所持。
賞金額120万レイブ。
【アルトン・マル・モトーラ】
マティアシュ領カジョ地方ダンゼライ在住。
ほか隠匿。
……バカとアホとトンマか。
これ笑うところ? いや笑うのはさすがに失礼だよな。うん。名前がたまたま日本語の悪口に読めるだけだ。
悪党は二人で、残りの一人は案内係か何かか? 住んでいるところしかわからない。隠匿っていうことは、特殊な魔法で隠しているものがあるのだろう。鑑定されたくない秘密があるのだ。
彼をもっと調査すればわかるだろうが、そこまで興味はない。だが、かっこいい名前の盗賊団に所属しているという情報はありがたい。エウロパに報告するときに役立つ。
盗賊って冒険者の仕事を妨害したり依頼品を盗んだり、場合によっては殺したりする集団だから迷惑なんだよな。しかも意外と賢い。敵わないとわかると絶対に姿を見せないし。
盗賊討伐の依頼がいくつかあったはず。ランクAのクレイだったら受注できるだろうし、ついでに賞金とかもらっちゃえばいいんじゃなかろうか。
すでにワイムスは姿を見せているし、やっぱごめんねで見逃してくれるほど、やつらは間抜けではないだろう。姿を見られたからには証拠隠滅、つまりワイムスを殺しにかかる。
ああもう、余計なことに首突っ込みやがって。誰がフォローすると思っているんだ。
盗賊の一人が顔色を変え、背中に担いでいた巨大なオノを手にした。
続いて他二人も武器を構える。
「だったらどうするんだ、坊ちゃん」
「違法毒物を作られたらたまったもんじゃない! ギ、ギルドに報告して……」
「どうやって報告するんだい」
そうそう。多勢に無勢なんだよ?
しかもワイムスは戦闘能力がない。強い結界を纏えるといっても、それだけ。でも結界魔道具を発動させたまま全力で逃げるって手もあるな。うんうん、そのまま一気に坂を転がり落ちればうまく逃げられると思……
「タケル! こいつらなんとかしろ!」
ええええええええええええええええええええ!
なんで急に俺に振るわけ!? まさか最初からそのつもりで格好つけたの? 全部俺にまる投げするのかよ!
「ケッ! 他にも仲間がいやがるのか!」
いませんいません。彼の勘違いですよ、ハハッ。
「出てきやがれ! ボウヤをブチ殺すぞ!」
いっそのことブチ殺してもらって……
悪い考えが脳裏をよぎったが、グリットさんやチェルシーさん、エリルーが哀しむだろうからそれはやめます。
岩陰からのろのろと出て、ワイムスに近づく。
「うもー……なんで飛び出すんだよ」
「さっさと出てこい!」
「あっ、そうか」
隠伏の魔法をかけたままだった。
自分にかけた魔法を解除するには集中を切らせばいい。身体を隠す以外のことを考えて叫ぶ。
「とうふ!!」
ちなみに、はんぺんでも可。
豆腐は真っ白なので、頭の中を真っ白にするのにちょうどいいってだけ。
間抜けな叫びと同時に俺の身体が現れると、男たちは盛大に驚いた。ちなみにワイムスはあんぐりと口を開けて腰を抜かしている。その顔おもしろい。
「テメェ! いまどっから出てきやがった!」
「どうもどうもすみませんね、うちの小生意気な坊主が出しゃばりやがりまして」
いやいやすみませんと頭を繰り返し下げ、ワイムスを立たせてから、その後頭部をひっぱたく。
「痛っ! なにすんだよ!」
「バカタレ。頭に血が上るとイノシシみたいに特攻するのはやめなさい」
「だからってアイツら盗賊だぜ? 賞金首かもしれないじゃないか!」
「賞金首だからって、なんで無謀に飛び出すんだよ。あのなあ、俺にまる投げしようとしているかもしれないが、俺だって都合ってもんがさあ」
都合というか、面倒なだけなんだけど。
それに、明日の夕方までにベルカイムに帰らないとならないの、覚えてんのかな。
「おうおうっ、ふざけたことをぬかしやがって! どっちにしろ、アンタらにはここで死んでもらう!」
「あらあ。やっぱりそうなります? 困ったなあ」
これっぽっちも困っていない顔で笑ってやると、男たちは多少怯んだ。
彼らも腕に覚えがあるのだろう。あのガロノードバッファローを狩りに来たくらいだから、俺たちを確実に仕留められる自信があるのだ。だからこそ、俺のこの態度を不気味に感じたらしい。
時代劇のような展開にちょっとだけ胸を熱くしているが、油断は禁物。なぜなら俺は、対人戦を一度も経験したことがない。いつも同行しているランクA冒険者を狙う人間なんていなかったからだ。もしかしたら知らないうちに、クレイやビーが対処してくれていたのかもしれないな。
ともかく、獰猛なモンスターはたくさん倒してきたが、対人は勝手が違う。
相手がどれだけの悪党だとしても、自らの手で成敗するのは避けたい。気絶させるだけじゃ駄目かな。もしくは強制的に眠ってもらうとか。
9 安眠・勧奨懲戒
「ワイムス君、すぐに結界を起動させるんだ」
「えっ? で、でも、お前はどうするんだよ」
戸惑いながらもワイムスはガラスの小瓶を取り出し、素直に起動した。
男たちは得物を構え、じりじりと間合いを詰めてくる。
人間の対処の仕方は、クレイに教わっていないんだよ。相手は生身の人間なんだから、加減しないとゴブリンの頭みたいに吹き飛ぶ。皮膚が硬いゴブリンでさえ、やわこいトマトのように弾け飛んだのだから、人間となると蒸発しかねない。それはおそろしい。
指名手配犯を即死させるなんてこと……してやらない。悪いことをしたのなら、それ相応の罰を受けてもらわねばならない。
死ぬより辛い目に遭わせて、それから絶望の中で最大級の苦しみとともに……
「くらええええ!」
ちゃんちゃんこの超馬鹿、いやチョバカが剣を突き刺してくる。
呑気に拷問方法なんて考えている場合ではなかった。恐怖耐性は、こんなところでも俺の意思に関係なく発動してしまう。普通、盗賊に命を狙われるなんて、ちびるくらい恐ろしいことだろう。だが、盗賊よりも恐ろしいモンスターをいくつも相手にしてきたし、なんせ最強で最恐のボルさんで耐性はできているから、恐さなど微塵もなかった。
とはいえ、さすがにあんな切っ先鋭い剣で貫かれたら痛い。ここは防衛からはじめましょう。
「盾展開」
ガキンッ!
魔法が発動するのと同時に剣が弾かれ、勢いのまま突っ込んできたチョバカは剣ごと地面に転げ落ちた。急勾配だから一度転ぶとけっこう下まで落ちてしまう。
「なんだと!? こいつ、魔法使いか!」
「マハル、エルヤ、気をつけろよ! 自衛に長けた魔法使いは厄介だ!」
そう叫んだアホこと、クヴェル・アホルヌスが巨大斧を構えなおし、先ほどよりも腰を深く落として警戒しだした。
アホルヌスのランクはB。そのランクの基準が元冒険者のときのものだったとしたら、一筋縄ではいかないだろう。ガレウス湖畔の砦で逃げ惑っていたチンピラとは格が違う。
あと、ランクが隠されているトンマさん。今アホルヌスが、エルヤと呼んだ細身の若い男。名前すら偽名なのか。正体がわからないっていうのが一番不気味だ。
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