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3巻
3-5
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「ワイムス君は野宿するとき、テントとか張らないのか?」
「なんでそんな面倒な真似をするんだ」
「えっ面倒なの?」
「えっ。いや、モンスターとか襲ってきたら、すぐに逃げられないだろうが」
「ああそうか」
俺には結界石があるから、夜中の奇襲なんて考えていなかった。
言われてみれば、朝目覚めたら結界を破ろうとサーペントウルフの大群が囲んでいたときがあったが、クレイに肉すいとん肉大盛りを約束したらあっという間に蹴散らしてくれた。あのおっさん、食い物のことになると行動が早いのです。
「それじゃあ、これをワイムス君にあげよう」
そう言って俺は、鞄から人差し指ほどの小さなガラスの容器を取り出す。これは硝子工房の店先で売られていた香水入れだ。プニさんが気に入って買えとねだったくせにその存在を忘れて、放置されていたもの。ベルカイム見物に連れ回されてアレコレ大量に買わされたっけ。そんなのいらないだろうと言うと、紫紺色の綺麗な瞳を潤ませて拗ねるんだから卑怯だ。
そのガラスの容器に、別の陶器の小瓶から白く輝く砂を少量入れ替える。
これはミスリル魔鉱石を砂にしたもの。ミスリル魔鉱石とミスリル魔鉱石を重ねてごりごりすると、砂になりました。
小指の先っちょしかない粒でさえ、トンデモ威力を発揮したのだ。しかし便利なので使いたい。それなら砂にすればいいんじゃね? ってことで。
「……何を、して」
「んー? 結界魔道具を作るんだ」
ガラス容器に入れたミスリル魔鉱石の砂。それに魔力を込める。
俺の両手から放たれる淡い黄色の光。この光を初めて見たときは興奮しすぎて力を維持するのが難しかった。光を維持するコツはいわゆる思い込み。「こんなの簡単だ。すぐに作れる。できるに決まっている。ハハッ、ちょうかんたーん」って思い込みながら強く念じる。
獰猛なモンスターだろうと小賢しい山賊だろうと、悪意を持って近寄る者を決して侵入させない、命を守る強い結界。
加工魔法で形を整え、強度を増す。踏んづけようと叩き落とそうと、壊れないように。
ずっとずっと、その威力を発揮するように。
「……すげえ」
ワイムスの呟きが遠くで聞こえる。
集中して魔法を操り、形なきものを創造していく作業は面白い。夢中になって欲張り、あれもこれもと効果を付けそうになるのを懸命に抑え、集中する。
小憎らしい相手でも、俺と関わった以上他人ではない。
同情? 慈悲? 哀れみ? そんなのどうだっていい。
知らないところで死なれちゃ俺が困るんだよ。
6 対峙・剽悍無比
「そっちじゃねぇよ。葉の先が赤いほう。あれのほうが甘い」
「葉っぱの色で熟成度を測るのか。へえ」
山の中腹を目指し、道々で採取合戦をしながら進んでいます。
ワイムスは急に大人しくなり、黙って俺のあとに付いてきていた。しかも、時々採取するものの蘊蓄を語ってくれたりする親切っぷり。なんだこの変わりよう、槍が降ったりしないだろうな。
昨夜あげた結界魔道具の効果を知るや否や――
こんなすごいもん簡単に渡すなとかお前何考えてんだとか散々俺を罵倒したあと、くれるっていうならもらってやるよ、返せなんて言うんじゃねぇぞ、べっ、別に感謝なんかしてやんないんだから!
とまあ、最後のは俺の妄想だが、急にデレを発動した。
ワイムスのアドバイスはなかなか勉強になる。本にも書いていない、調査でもわからない、そんな些細なことをよく知っていた。一番需要のある薬草、エプララ草は茎についている小さな緑の虫ごと採取したほうが薬効成分が多いなんて、さすがの調査先生でも教えてはくれなかった。
「これは知らなかった」
「お前、知らないことばっかりじゃねぇか。そんなんでよく採取家を名乗れるな」
嫌味は相変わらずだが、それは彼の性格。何か一言余計に言ってしまうのは無意識であり、癖になっているのだろう。
この余計な一言でイライラしてしまうのだが、いちいち受け止めてやるほど俺は若くない。こういう疲れるヤツの相手は前世で経験済み。
「そうなんだよな。いつの間にか採取専門家って言われているんだよな」
「ハッ、なんだそれ」
「なんだそれ、だよなー。いろんなものを拾って売っているって言っただけなんだけど」
「それが採取家っていうんじゃないのか?」
「そうなのかー」
ワイムス本人は悪い人間ではない。ただ、性格が悪いだけ。
彼の知識は本物だ。字は書けないし読めないと言っていたから全部独学なのだろう。彼の性格的に誰かに大人しく教えを乞うといった真似はしないだろうから、臨時でチームを組んだときになど先輩の技を盗み見て勉強したのではないかな。
二十代半ばで冒険者ランクBというのは驚異的な早さだ。彼がどれだけ努力してきたのか想像すらできない。どれだけ悔しい思いをし、どれだけ涙を呑んできたのだろう。罵倒され、邪険にされ、殴られ蹴られることもあっただろう。それでも歯を食いしばり、上位冒険者を目指し続けたのだ。
そういった彼の尊敬できるところを一つでも知ると、イラつくことも減った。
俺は便利な魔法がアレコレあるから、努力と言えるものはしていない。かといってそれが恥だとは思わないし、やらなくてもよい努力をするつもりはない。
俺は俺だからな。前世での経験と知識を精一杯利用するだけだ。
互いに必要な採取をしつつ山頂を目指す。どんどん勾配がきつくなる道にワイムスは多少息が切れているようだ。たぶん空気も薄くなっているんだろう。俺はいろいろな恩恵があるから疲れもしないし苦しくもない。
「おまっ……なんでそんな余裕なんだ!」
吼える元気があるならちゃっちゃと登れよと思いつつ、岩山を軽々と飛び跳ねる。木々が次第に少なくなり、吐く息も白い。薬草や野草も見つけづらくなってきた。
その代わり、黄色い草があちこちに見られるように。
「ワイムス君、あの黄色い草だろ」
「アモフェル草だ」
「実際に生えているのは初めて見た」
「開けた場所にレインボーシープがいるぞ」
森を抜けた先は、広々とした草原。斜面にぽつぽつと咲くアモフェル草。菜の花に似た黄色の小さな花を咲かせている。急勾配の坂を隠すように咲き乱れる様は、まるで春の野原を眺めているようだった。チョウチョが飛んでいないのが残念なくらい。
息を切らしながらも歩みを止めないワイムスの様子を窺いつつ進む。生き物の気配がほとんどしないのはなぜだろう。
「探査……うん?」
黒い点滅反応がある。ここから離れた場所だが、数個の黒点滅が灰色点滅を追いかけ回しているような? 黒点滅はモンスター。灰色点滅は動物。
モンスターが何かの動物を狩っているのだろうか。
「なにボサッと突っ立ってんだ! 勝負は勝負だからな、俺が絶対に勝つ!」
勝負なんてすっかり忘れていたんだけど、ワイムスの声で我に返る。
得体の知れないモンスターがいるから警戒したほうが。
しかし、ワイムスは嬉々として走り出してしまった。
「いや、ちょっと、ワイムス君! そういうことすると絶対にピンチに陥るモブAになっちゃうんだけど!」
斜面を必死に駆け上るワイムスに俺の声は届かない。
黒点滅の動きは速いが、灰色点滅も負けじと逃げている。ここまで素早く動けるモンスターは、サーペントウルフ? だが、あのモンスターはこんな高地に生息していないはず。だったら、俺が知らないモンスター?
クレイがいれば、その特徴を教えるだけで正体がわかるんだけどな。
アモフェル草に目を移すと、ところどころに齧られた跡。てことは、レインボーシープが生息している確率は高い。他にもアモフェル草を好んで食べる動物はいるかもしれないが、ともかく灰色点滅を追えば、レインボーシープが見つかるかもしれない。
「ぎゃああああああーーーーー!」
やだなあもう、予想的中なんて面倒くさい。
だから先を急ぐなとあれほど……言ってはいないが、もうちょっと警戒とかしてくれないかな。ワイムスは俺より先輩で、知識も豊富なはずなのに……
なんで、巨大な角を生やしたでかい牛みたいなのに追いかけられているのあの子。騒々しいったら。
「タッ、タッ、タケルゥゥゥーーーーッ!!」
「はぁい」
「のんびり手ぇなんか振ってんじゃねえぇぇぇーーー!」
あのでかい牛、牛っていうよりも……
【ガロノードバッファロー ランクC】
高地に住まう獰猛なモンスター。草食動物の天敵。
その巨大な角には猛毒が含まれており、パレシオン毒と呼ばれている。群れで狩りを行い、一度獲物と決めたものは息の根を止めるまで追いかける。
[補足]お肉は煮込み料理に最適。パレシオン毒は、アルツェリオ王国では生成を禁じられている。
なんですと。
煮込み料理に最適……
いやそうじゃなくて、このモンスターの名前、聞いたことあるな。
確か、ガレウス湖に撒かれた毒っていうのが、パレシオン毒。その毒はナントカってモンスターの角から生成されるって聞いたが、こいつなのか。
それならば、向かってくる個体の角が欠けていたり片方折れていたりする説明がつく。きっと闇市場に出すため、誰かが切り取ったんだ。そうやって角だけを求めてあとは捨ててしまう馬鹿者がいるのだろう。
いや、ご禁制の毒を生成されたら困るんだが。
「助けろバカーーーーッ!」
「助けてくださいってアタマ下げろよバカタレ! ビー……いないんだった。クレイ……も、いない!」
猛烈な速さで真っすぐ向かってくる敵は、その速さゆえに急に止まることはできない。
真っすぐこっちに来るとなると、正面から魔法を叩き込めばワイムスも巻き添えに。いっそのことアイツごと吹っ飛ばしちゃおうかと考えながらも、ユグドラシルの枝を取り出した。
「ユグドラシル覚醒! 速度上昇展開! 軽量展開! ついでに飛翔!」
素早い動きで空を翔け、三匹のガロノードバッファローの後方に移動。最後尾が気づく前に硬化をした拳で、ケツに一発。
「うりゃああ!」
「ギョヒアアア!」
尾骶骨が砕けたのか、一匹は走る勢いのまま転げ落ちて岩山に激突。派手に血しぶきを撒き散らして絶命した。
残る二匹はたたらを踏み、急激な方向転換。矛先を俺に変えた。
「ワイムス君! 結界を発動させるんだ!」
「えっ?」
「えじゃねーよ! 昨日やったろがバカタレ! アホ! とんま! 俺が作った魔道具!」
「ああっ? テメェどさくさに紛れて何言ってやがる!」
「余裕ぶっこいてんじゃねぇよ! 早くしろ!」
鋭い切っ先の巨大な角を俺に向け、二匹のガロノードバッファローは真っ赤な目で新たなる獲物を捕捉。絶対に食い殺してやろうという気まんまんで俺を睨んでいる。生きるための糧としての狙いなのか、それとも角を切り取られたことへの恨みからか。ともかく、その殺気はすごい迫力だ。
「えっ、えと、確か、起動?」
ワイムスの手に握られた、小さなガラス瓶。
その言葉に反応し、中の純白の砂が膨大な魔力を放出、コンマ数秒で透明な膜が光とともに一気にワイムスを包んだ。
「すげぇ……」
ほんとだ、すげえ。
ミスリル魔鉱石から削り出した砂に過ぎないというのに、その威力は目を見張るものがある。俺が作り出す結界よりも規模が大きく、魔力も強い。
これでワイムスの心配はしなくていい。あの結界膜は危険が去るまで威力を発揮してくれるだろうから、俺は俺で美味しいお肉を狩るまでだ。
「ワイムス! そこでじっとしていろよ!」
「あ、ああ! だけどお前は!」
ちびっこドラゴンや栄誉の竜王に頼ってばかりじゃないってところ、証明してやるよ。
正直言って、狩りも戦いもまだまだ慣れていない。クレイに言わせれば、村の子供の戦いごっこよりも下手くそらしい。ユグドラシルの杖をぶん回して突き刺し、ゲンコツでパンチしたりビンタしたり。戦い方としては格好悪い上に無様だろう。
だが、俺は戦士ではない。
「氷結槍展開っ、待機! 行動停滞展開! それいけ!」
偉大な魔法使いでもない。
「タケル! 後ろだ!」
採取専門家としても腕は未熟で。
「おりゃあああー!」
ただ日々を精一杯生きる人間に過ぎない。
効率的に戦うことができればもっとラクなんだろうが、今は頼りになる仲間がいるし、頼れるところは全面的に頼る。適材適所ってあるんだよ。
俺にはいろいろと恩恵があるらしいから、実は上手いこと利用すればとんでもないことができてしまうのだろう。だが、やらない。そんなの面倒じゃないか。
「ギュヒュア! ギュヒュア!」
残り一匹になったガロノードバッファローは、怒り心頭で巨大な角を振り回した。
猛毒の角に刺されたらきっと一瞬で死んでしまうのだろう。だがしかし、俺には各種免疫やら耐性やらがあるので刺さっても大丈――
「だが、痛いのはいやだ!」
「ギュアアアアアヒャアア!」
独特の叫び声を上げて突っ込んでくるでかい牛に恐怖など感じない。
硬化させた両手を構え、腰を落とし、力を込めた。
7 発見・発人深省
五日分……いや、六日分にはなるな。
テンペストボアーとガロノードバッファローをやっつけたおかげで、チーム蒼黒の団のための食料が確保できた。
俺も人並み以上に食うほうだが、プニさんもあの身体でかなり食う。クレイは俺の数倍。ビーはクレイ並み。エンゲル係数がトンデモ係数になるため、食料は多めに確保しておいたほうが良いのだ。
「ワイムス君、生きてる?」
目の前で大立ち回りというか、巨大な暴れ牛を三匹撃破した俺を唖然とした顔で見上げていたワイムス。うんうん、わかるわかる。俺のこと図体デカイだけのぼんくらだとでも思っていたのだろう。実はちょっと戦えるんですよ、これでも。
「おまえっ……お、ま、おまえ……」
「漏らしてないだろうな。近くにモンスターは……いない。もう大丈夫だ」
灰色点滅が遠巻きに固まっている以外に反応はない。もっと広い範囲を探せばモンスターの一匹や二匹いるだろうが、今すぐに警戒しなければいけないこともないので、ユグドラシルの杖を枝に戻した。
ワイムスはかたかたと震えながら、やっとの思いで上体を起こす。
「モンスターの襲撃なんて珍しくないだろう?」
「ば、ば、馬鹿言うんじゃねぇ。あんな……デカくて凶悪なモンスターに襲われることなんて滅多にないんだ。さっきのテンペストボアーだって……」
そもそも素材採取家というのは、単独で遠出をすることは滅多にない。臨時でもパーティーを組んで護衛してもらい、その報酬を分け合うのが通常。
それならもっと警戒しながら動くべきだったんじゃないか? 勝負に目が眩んで見境なくなったな。
「お前……戦士だったのか?」
「違う。さっきの無様な戦い方を見て、どうして戦士だと思えるんだ。戦士ならもっと戦略とか考えて効率よく動けるだろう」
「……それもそうか。だけどお前、無茶苦茶強いんだな」
それは昨日の段階で気づいていただきたかった。
強いという表現は語弊がある。俺は強いというよりも、便利な魔法のおかげでなんとか対応できているといった程度だ。さっきの戦いっぷりをクレイに見られたら、無謀だと叱られゲンコツ一発にくどくど説教がはじまるに違いない。
「それにこの魔道具……こんなの初めて見た。何なんだよこれは」
「そんなことより、レインボーシープがあっちにいるんだけど」
急斜面の坂の上、目を凝らしてよく見ると、色とりどりのもふもふとした何かが蠢いているのがわかる。
【レインボーシープ ランクD】
高地にのみ棲む、希少な草食動物。
その身に纏う毛は美しく柔らかく防寒に優れるため、乱獲されて個体数が激減している。あえて空気の薄い場所を選んで巣を作るのは、外敵から身を守るため。警戒心が強く、素早い動きで敵を翻弄する。
[備考]お肉は硬くて美味しくありません。
美味しいかどうかを毎回教えてくれる調査先生に親しみを感じるようになってきた。
動物を可愛い可愛くないで食う食わないを決めることは絶対にないが、お肉としてカウントするのはやめておこう。ただでさえ希少だというのなら、無駄に殺してはならないよな。
どうにかしてあの毛をいただきたいものだが……
「あいつか!」
「いやちょっと待ちなよ、ワイムス君。レインボーシープは警戒心が強くてすばしっこいから、なかなか捕まえられないって」
「誰に聞いたんだ!」
「誰にも聞いてねぇっての。図書館の本に書いてあった」
「本? くっそ、アンタ字が読めるのかよ。だったらどうするってんだ。ここまで来て諦めるわけにはいかないだろうが!」
ああもう、また走り出しちゃって。
こんな急斜面で、しかも空気が薄い高地ではしゃいだら、あっという間に疲れるじゃないか。ほらもうヘロヘロになっている。学習能力ほんとないんだなあの子。
彼は勝敗にこだわっているようだが、そもそも「素材採取の勝負」の意味、わかっているのかね?
いかに早く顧客のニーズに応えられるかも大切だが、何よりその品質にもこだわるべきなのだ。早けりゃどんな品でもいいというわけではない。ましてや今回の依頼主は、貴族様で領主様。日頃から品質の良いものに囲まれた生活を送っているのだから、ちょっとやそっとの品じゃ満足しないはずだ。いくら採取が難しいものとはいえ、金さえ出せばなんでも手に入る御身分。
採取して早く帰った者が勝ち、というわけではないのだ。
「ワイムス君ワイムス君、まあちょっと落ち着きなよ」
「な、な、な、はあ、はあ、はあ、なんだ、よ!」
「元気があるんだかないんだかわからんな君は。やみくもに追いかけ回してどうするんだよ。抜け毛だからって、地面に落ちている汚いもさもさを拾っていくわけじゃないだろうな」
「えっ」
「こら馬鹿。アホ。ぬけさく。あんな黄色だか緑だか青だかの色が全部混じってうんこ色になっちゃっている毛を領主に渡すつもりか?」
レインボーシープは一匹が七色の毛をしているわけではなく、個体によって色が違うファンシーな生き物。遠目に見れば、カラフルなわたあめが蠢いているようにも見える。まるまるもっふりとしたわたあめに小さな四本脚がついてちょこちょこ走っている様は、なんとも癒される光景だ。
抜け毛を所望といっても、地面に落ちて汚くなっている毛じゃないだろう。やはり直接表皮を撫でて毛を梳って取るのが良い。もしくは、羊の毛刈りのようにして刈るのが理想ではないだろうか。
と、言っても羊の毛刈りもやったことないのだが。
櫛は持っている。自分の髪の毛を梳かす用に購入したが、けっきょく手櫛でパパッと整えてしまうから無駄になっていた。
「動物の毛を採取する場合はどうしていたんだ?」
「そういう依頼はあまりねぇ。牧場のホースシープの毛刈りなら、手伝ったことはあるけどよ。ホースシープはあんなにすばしっこくねぇし、一人が捕まえてもう一人が毛を刈るんだ」
「つまりは、俺とワイムス君が協力しなけりゃならないってことじゃないのか?」
「ぐうううう……っ」
一人でわーわー追いかけても、わたあめたちは必死で逃げるだけ。体力を消耗するだけだし、時間の無駄。
ギルドが何を思ってレインボーシープの抜け毛を勝負の対象にしたのか、その思惑がなんとなく見えてきた。
グリットのやつ、ちゃっかりしているよな。この機会に素材採取家同士、協力し合って依頼を達成しろってことだろ? ワイムスの面倒な性格を知った上で、俺に預けたわけだ。
「これから先もこういう依頼は来るかもしれない。俺はチームに入っているから協力してくれる仲間がいる。だが、お前は基本的に単独行動なんだろ?」
「一人じゃ刈れない動物の毛なんて、そんな依頼を受けなけりゃいいんだ」
「ほら、そうやって仕事を選り好みしているから、指名依頼が減っていくんだ。考えてもみろ。いくら冒険者としてのランクが高く、採取家としての腕が確かだったとしても、仕事を選り好みしているようなヤツに誰が依頼をする?」
頼んだところでどうせ受けてくれない。それだったら、なんでも引き受けてくれるヤツを最初から指名する。そうなっていくだろう。
「できないからやらないじゃ駄目だ。できないなら、できる方法を考えるんだ」
「……」
「方法がわからなければ誰かに聞く。教えを乞うことは恥ずかしいことじゃないし、屈辱でもなんでもない。自分が成長するための手段と考えればいいじゃないか」
一人でなんとかしようと奮闘するのも手だ。しかし、それだとできないことも少なくない。
「わからなけりゃ聞けばいいんだよ。簡単なことだろう?」
「……グリットも同じことを言っていた」
「グリットはアンタのことが大事だと思っているからこそ、クドクドと説教じみたことを言ってしまうんだ。だけど、それはとってもありがたいことなんだ」
「ハッ、うるせぇのに?」
あれだけ反抗的だったワイムスが、俺の話に耳を傾けはじめた。いい傾向だ。
「なんでそんな面倒な真似をするんだ」
「えっ面倒なの?」
「えっ。いや、モンスターとか襲ってきたら、すぐに逃げられないだろうが」
「ああそうか」
俺には結界石があるから、夜中の奇襲なんて考えていなかった。
言われてみれば、朝目覚めたら結界を破ろうとサーペントウルフの大群が囲んでいたときがあったが、クレイに肉すいとん肉大盛りを約束したらあっという間に蹴散らしてくれた。あのおっさん、食い物のことになると行動が早いのです。
「それじゃあ、これをワイムス君にあげよう」
そう言って俺は、鞄から人差し指ほどの小さなガラスの容器を取り出す。これは硝子工房の店先で売られていた香水入れだ。プニさんが気に入って買えとねだったくせにその存在を忘れて、放置されていたもの。ベルカイム見物に連れ回されてアレコレ大量に買わされたっけ。そんなのいらないだろうと言うと、紫紺色の綺麗な瞳を潤ませて拗ねるんだから卑怯だ。
そのガラスの容器に、別の陶器の小瓶から白く輝く砂を少量入れ替える。
これはミスリル魔鉱石を砂にしたもの。ミスリル魔鉱石とミスリル魔鉱石を重ねてごりごりすると、砂になりました。
小指の先っちょしかない粒でさえ、トンデモ威力を発揮したのだ。しかし便利なので使いたい。それなら砂にすればいいんじゃね? ってことで。
「……何を、して」
「んー? 結界魔道具を作るんだ」
ガラス容器に入れたミスリル魔鉱石の砂。それに魔力を込める。
俺の両手から放たれる淡い黄色の光。この光を初めて見たときは興奮しすぎて力を維持するのが難しかった。光を維持するコツはいわゆる思い込み。「こんなの簡単だ。すぐに作れる。できるに決まっている。ハハッ、ちょうかんたーん」って思い込みながら強く念じる。
獰猛なモンスターだろうと小賢しい山賊だろうと、悪意を持って近寄る者を決して侵入させない、命を守る強い結界。
加工魔法で形を整え、強度を増す。踏んづけようと叩き落とそうと、壊れないように。
ずっとずっと、その威力を発揮するように。
「……すげえ」
ワイムスの呟きが遠くで聞こえる。
集中して魔法を操り、形なきものを創造していく作業は面白い。夢中になって欲張り、あれもこれもと効果を付けそうになるのを懸命に抑え、集中する。
小憎らしい相手でも、俺と関わった以上他人ではない。
同情? 慈悲? 哀れみ? そんなのどうだっていい。
知らないところで死なれちゃ俺が困るんだよ。
6 対峙・剽悍無比
「そっちじゃねぇよ。葉の先が赤いほう。あれのほうが甘い」
「葉っぱの色で熟成度を測るのか。へえ」
山の中腹を目指し、道々で採取合戦をしながら進んでいます。
ワイムスは急に大人しくなり、黙って俺のあとに付いてきていた。しかも、時々採取するものの蘊蓄を語ってくれたりする親切っぷり。なんだこの変わりよう、槍が降ったりしないだろうな。
昨夜あげた結界魔道具の効果を知るや否や――
こんなすごいもん簡単に渡すなとかお前何考えてんだとか散々俺を罵倒したあと、くれるっていうならもらってやるよ、返せなんて言うんじゃねぇぞ、べっ、別に感謝なんかしてやんないんだから!
とまあ、最後のは俺の妄想だが、急にデレを発動した。
ワイムスのアドバイスはなかなか勉強になる。本にも書いていない、調査でもわからない、そんな些細なことをよく知っていた。一番需要のある薬草、エプララ草は茎についている小さな緑の虫ごと採取したほうが薬効成分が多いなんて、さすがの調査先生でも教えてはくれなかった。
「これは知らなかった」
「お前、知らないことばっかりじゃねぇか。そんなんでよく採取家を名乗れるな」
嫌味は相変わらずだが、それは彼の性格。何か一言余計に言ってしまうのは無意識であり、癖になっているのだろう。
この余計な一言でイライラしてしまうのだが、いちいち受け止めてやるほど俺は若くない。こういう疲れるヤツの相手は前世で経験済み。
「そうなんだよな。いつの間にか採取専門家って言われているんだよな」
「ハッ、なんだそれ」
「なんだそれ、だよなー。いろんなものを拾って売っているって言っただけなんだけど」
「それが採取家っていうんじゃないのか?」
「そうなのかー」
ワイムス本人は悪い人間ではない。ただ、性格が悪いだけ。
彼の知識は本物だ。字は書けないし読めないと言っていたから全部独学なのだろう。彼の性格的に誰かに大人しく教えを乞うといった真似はしないだろうから、臨時でチームを組んだときになど先輩の技を盗み見て勉強したのではないかな。
二十代半ばで冒険者ランクBというのは驚異的な早さだ。彼がどれだけ努力してきたのか想像すらできない。どれだけ悔しい思いをし、どれだけ涙を呑んできたのだろう。罵倒され、邪険にされ、殴られ蹴られることもあっただろう。それでも歯を食いしばり、上位冒険者を目指し続けたのだ。
そういった彼の尊敬できるところを一つでも知ると、イラつくことも減った。
俺は便利な魔法がアレコレあるから、努力と言えるものはしていない。かといってそれが恥だとは思わないし、やらなくてもよい努力をするつもりはない。
俺は俺だからな。前世での経験と知識を精一杯利用するだけだ。
互いに必要な採取をしつつ山頂を目指す。どんどん勾配がきつくなる道にワイムスは多少息が切れているようだ。たぶん空気も薄くなっているんだろう。俺はいろいろな恩恵があるから疲れもしないし苦しくもない。
「おまっ……なんでそんな余裕なんだ!」
吼える元気があるならちゃっちゃと登れよと思いつつ、岩山を軽々と飛び跳ねる。木々が次第に少なくなり、吐く息も白い。薬草や野草も見つけづらくなってきた。
その代わり、黄色い草があちこちに見られるように。
「ワイムス君、あの黄色い草だろ」
「アモフェル草だ」
「実際に生えているのは初めて見た」
「開けた場所にレインボーシープがいるぞ」
森を抜けた先は、広々とした草原。斜面にぽつぽつと咲くアモフェル草。菜の花に似た黄色の小さな花を咲かせている。急勾配の坂を隠すように咲き乱れる様は、まるで春の野原を眺めているようだった。チョウチョが飛んでいないのが残念なくらい。
息を切らしながらも歩みを止めないワイムスの様子を窺いつつ進む。生き物の気配がほとんどしないのはなぜだろう。
「探査……うん?」
黒い点滅反応がある。ここから離れた場所だが、数個の黒点滅が灰色点滅を追いかけ回しているような? 黒点滅はモンスター。灰色点滅は動物。
モンスターが何かの動物を狩っているのだろうか。
「なにボサッと突っ立ってんだ! 勝負は勝負だからな、俺が絶対に勝つ!」
勝負なんてすっかり忘れていたんだけど、ワイムスの声で我に返る。
得体の知れないモンスターがいるから警戒したほうが。
しかし、ワイムスは嬉々として走り出してしまった。
「いや、ちょっと、ワイムス君! そういうことすると絶対にピンチに陥るモブAになっちゃうんだけど!」
斜面を必死に駆け上るワイムスに俺の声は届かない。
黒点滅の動きは速いが、灰色点滅も負けじと逃げている。ここまで素早く動けるモンスターは、サーペントウルフ? だが、あのモンスターはこんな高地に生息していないはず。だったら、俺が知らないモンスター?
クレイがいれば、その特徴を教えるだけで正体がわかるんだけどな。
アモフェル草に目を移すと、ところどころに齧られた跡。てことは、レインボーシープが生息している確率は高い。他にもアモフェル草を好んで食べる動物はいるかもしれないが、ともかく灰色点滅を追えば、レインボーシープが見つかるかもしれない。
「ぎゃああああああーーーーー!」
やだなあもう、予想的中なんて面倒くさい。
だから先を急ぐなとあれほど……言ってはいないが、もうちょっと警戒とかしてくれないかな。ワイムスは俺より先輩で、知識も豊富なはずなのに……
なんで、巨大な角を生やしたでかい牛みたいなのに追いかけられているのあの子。騒々しいったら。
「タッ、タッ、タケルゥゥゥーーーーッ!!」
「はぁい」
「のんびり手ぇなんか振ってんじゃねえぇぇぇーーー!」
あのでかい牛、牛っていうよりも……
【ガロノードバッファロー ランクC】
高地に住まう獰猛なモンスター。草食動物の天敵。
その巨大な角には猛毒が含まれており、パレシオン毒と呼ばれている。群れで狩りを行い、一度獲物と決めたものは息の根を止めるまで追いかける。
[補足]お肉は煮込み料理に最適。パレシオン毒は、アルツェリオ王国では生成を禁じられている。
なんですと。
煮込み料理に最適……
いやそうじゃなくて、このモンスターの名前、聞いたことあるな。
確か、ガレウス湖に撒かれた毒っていうのが、パレシオン毒。その毒はナントカってモンスターの角から生成されるって聞いたが、こいつなのか。
それならば、向かってくる個体の角が欠けていたり片方折れていたりする説明がつく。きっと闇市場に出すため、誰かが切り取ったんだ。そうやって角だけを求めてあとは捨ててしまう馬鹿者がいるのだろう。
いや、ご禁制の毒を生成されたら困るんだが。
「助けろバカーーーーッ!」
「助けてくださいってアタマ下げろよバカタレ! ビー……いないんだった。クレイ……も、いない!」
猛烈な速さで真っすぐ向かってくる敵は、その速さゆえに急に止まることはできない。
真っすぐこっちに来るとなると、正面から魔法を叩き込めばワイムスも巻き添えに。いっそのことアイツごと吹っ飛ばしちゃおうかと考えながらも、ユグドラシルの枝を取り出した。
「ユグドラシル覚醒! 速度上昇展開! 軽量展開! ついでに飛翔!」
素早い動きで空を翔け、三匹のガロノードバッファローの後方に移動。最後尾が気づく前に硬化をした拳で、ケツに一発。
「うりゃああ!」
「ギョヒアアア!」
尾骶骨が砕けたのか、一匹は走る勢いのまま転げ落ちて岩山に激突。派手に血しぶきを撒き散らして絶命した。
残る二匹はたたらを踏み、急激な方向転換。矛先を俺に変えた。
「ワイムス君! 結界を発動させるんだ!」
「えっ?」
「えじゃねーよ! 昨日やったろがバカタレ! アホ! とんま! 俺が作った魔道具!」
「ああっ? テメェどさくさに紛れて何言ってやがる!」
「余裕ぶっこいてんじゃねぇよ! 早くしろ!」
鋭い切っ先の巨大な角を俺に向け、二匹のガロノードバッファローは真っ赤な目で新たなる獲物を捕捉。絶対に食い殺してやろうという気まんまんで俺を睨んでいる。生きるための糧としての狙いなのか、それとも角を切り取られたことへの恨みからか。ともかく、その殺気はすごい迫力だ。
「えっ、えと、確か、起動?」
ワイムスの手に握られた、小さなガラス瓶。
その言葉に反応し、中の純白の砂が膨大な魔力を放出、コンマ数秒で透明な膜が光とともに一気にワイムスを包んだ。
「すげぇ……」
ほんとだ、すげえ。
ミスリル魔鉱石から削り出した砂に過ぎないというのに、その威力は目を見張るものがある。俺が作り出す結界よりも規模が大きく、魔力も強い。
これでワイムスの心配はしなくていい。あの結界膜は危険が去るまで威力を発揮してくれるだろうから、俺は俺で美味しいお肉を狩るまでだ。
「ワイムス! そこでじっとしていろよ!」
「あ、ああ! だけどお前は!」
ちびっこドラゴンや栄誉の竜王に頼ってばかりじゃないってところ、証明してやるよ。
正直言って、狩りも戦いもまだまだ慣れていない。クレイに言わせれば、村の子供の戦いごっこよりも下手くそらしい。ユグドラシルの杖をぶん回して突き刺し、ゲンコツでパンチしたりビンタしたり。戦い方としては格好悪い上に無様だろう。
だが、俺は戦士ではない。
「氷結槍展開っ、待機! 行動停滞展開! それいけ!」
偉大な魔法使いでもない。
「タケル! 後ろだ!」
採取専門家としても腕は未熟で。
「おりゃあああー!」
ただ日々を精一杯生きる人間に過ぎない。
効率的に戦うことができればもっとラクなんだろうが、今は頼りになる仲間がいるし、頼れるところは全面的に頼る。適材適所ってあるんだよ。
俺にはいろいろと恩恵があるらしいから、実は上手いこと利用すればとんでもないことができてしまうのだろう。だが、やらない。そんなの面倒じゃないか。
「ギュヒュア! ギュヒュア!」
残り一匹になったガロノードバッファローは、怒り心頭で巨大な角を振り回した。
猛毒の角に刺されたらきっと一瞬で死んでしまうのだろう。だがしかし、俺には各種免疫やら耐性やらがあるので刺さっても大丈――
「だが、痛いのはいやだ!」
「ギュアアアアアヒャアア!」
独特の叫び声を上げて突っ込んでくるでかい牛に恐怖など感じない。
硬化させた両手を構え、腰を落とし、力を込めた。
7 発見・発人深省
五日分……いや、六日分にはなるな。
テンペストボアーとガロノードバッファローをやっつけたおかげで、チーム蒼黒の団のための食料が確保できた。
俺も人並み以上に食うほうだが、プニさんもあの身体でかなり食う。クレイは俺の数倍。ビーはクレイ並み。エンゲル係数がトンデモ係数になるため、食料は多めに確保しておいたほうが良いのだ。
「ワイムス君、生きてる?」
目の前で大立ち回りというか、巨大な暴れ牛を三匹撃破した俺を唖然とした顔で見上げていたワイムス。うんうん、わかるわかる。俺のこと図体デカイだけのぼんくらだとでも思っていたのだろう。実はちょっと戦えるんですよ、これでも。
「おまえっ……お、ま、おまえ……」
「漏らしてないだろうな。近くにモンスターは……いない。もう大丈夫だ」
灰色点滅が遠巻きに固まっている以外に反応はない。もっと広い範囲を探せばモンスターの一匹や二匹いるだろうが、今すぐに警戒しなければいけないこともないので、ユグドラシルの杖を枝に戻した。
ワイムスはかたかたと震えながら、やっとの思いで上体を起こす。
「モンスターの襲撃なんて珍しくないだろう?」
「ば、ば、馬鹿言うんじゃねぇ。あんな……デカくて凶悪なモンスターに襲われることなんて滅多にないんだ。さっきのテンペストボアーだって……」
そもそも素材採取家というのは、単独で遠出をすることは滅多にない。臨時でもパーティーを組んで護衛してもらい、その報酬を分け合うのが通常。
それならもっと警戒しながら動くべきだったんじゃないか? 勝負に目が眩んで見境なくなったな。
「お前……戦士だったのか?」
「違う。さっきの無様な戦い方を見て、どうして戦士だと思えるんだ。戦士ならもっと戦略とか考えて効率よく動けるだろう」
「……それもそうか。だけどお前、無茶苦茶強いんだな」
それは昨日の段階で気づいていただきたかった。
強いという表現は語弊がある。俺は強いというよりも、便利な魔法のおかげでなんとか対応できているといった程度だ。さっきの戦いっぷりをクレイに見られたら、無謀だと叱られゲンコツ一発にくどくど説教がはじまるに違いない。
「それにこの魔道具……こんなの初めて見た。何なんだよこれは」
「そんなことより、レインボーシープがあっちにいるんだけど」
急斜面の坂の上、目を凝らしてよく見ると、色とりどりのもふもふとした何かが蠢いているのがわかる。
【レインボーシープ ランクD】
高地にのみ棲む、希少な草食動物。
その身に纏う毛は美しく柔らかく防寒に優れるため、乱獲されて個体数が激減している。あえて空気の薄い場所を選んで巣を作るのは、外敵から身を守るため。警戒心が強く、素早い動きで敵を翻弄する。
[備考]お肉は硬くて美味しくありません。
美味しいかどうかを毎回教えてくれる調査先生に親しみを感じるようになってきた。
動物を可愛い可愛くないで食う食わないを決めることは絶対にないが、お肉としてカウントするのはやめておこう。ただでさえ希少だというのなら、無駄に殺してはならないよな。
どうにかしてあの毛をいただきたいものだが……
「あいつか!」
「いやちょっと待ちなよ、ワイムス君。レインボーシープは警戒心が強くてすばしっこいから、なかなか捕まえられないって」
「誰に聞いたんだ!」
「誰にも聞いてねぇっての。図書館の本に書いてあった」
「本? くっそ、アンタ字が読めるのかよ。だったらどうするってんだ。ここまで来て諦めるわけにはいかないだろうが!」
ああもう、また走り出しちゃって。
こんな急斜面で、しかも空気が薄い高地ではしゃいだら、あっという間に疲れるじゃないか。ほらもうヘロヘロになっている。学習能力ほんとないんだなあの子。
彼は勝敗にこだわっているようだが、そもそも「素材採取の勝負」の意味、わかっているのかね?
いかに早く顧客のニーズに応えられるかも大切だが、何よりその品質にもこだわるべきなのだ。早けりゃどんな品でもいいというわけではない。ましてや今回の依頼主は、貴族様で領主様。日頃から品質の良いものに囲まれた生活を送っているのだから、ちょっとやそっとの品じゃ満足しないはずだ。いくら採取が難しいものとはいえ、金さえ出せばなんでも手に入る御身分。
採取して早く帰った者が勝ち、というわけではないのだ。
「ワイムス君ワイムス君、まあちょっと落ち着きなよ」
「な、な、な、はあ、はあ、はあ、なんだ、よ!」
「元気があるんだかないんだかわからんな君は。やみくもに追いかけ回してどうするんだよ。抜け毛だからって、地面に落ちている汚いもさもさを拾っていくわけじゃないだろうな」
「えっ」
「こら馬鹿。アホ。ぬけさく。あんな黄色だか緑だか青だかの色が全部混じってうんこ色になっちゃっている毛を領主に渡すつもりか?」
レインボーシープは一匹が七色の毛をしているわけではなく、個体によって色が違うファンシーな生き物。遠目に見れば、カラフルなわたあめが蠢いているようにも見える。まるまるもっふりとしたわたあめに小さな四本脚がついてちょこちょこ走っている様は、なんとも癒される光景だ。
抜け毛を所望といっても、地面に落ちて汚くなっている毛じゃないだろう。やはり直接表皮を撫でて毛を梳って取るのが良い。もしくは、羊の毛刈りのようにして刈るのが理想ではないだろうか。
と、言っても羊の毛刈りもやったことないのだが。
櫛は持っている。自分の髪の毛を梳かす用に購入したが、けっきょく手櫛でパパッと整えてしまうから無駄になっていた。
「動物の毛を採取する場合はどうしていたんだ?」
「そういう依頼はあまりねぇ。牧場のホースシープの毛刈りなら、手伝ったことはあるけどよ。ホースシープはあんなにすばしっこくねぇし、一人が捕まえてもう一人が毛を刈るんだ」
「つまりは、俺とワイムス君が協力しなけりゃならないってことじゃないのか?」
「ぐうううう……っ」
一人でわーわー追いかけても、わたあめたちは必死で逃げるだけ。体力を消耗するだけだし、時間の無駄。
ギルドが何を思ってレインボーシープの抜け毛を勝負の対象にしたのか、その思惑がなんとなく見えてきた。
グリットのやつ、ちゃっかりしているよな。この機会に素材採取家同士、協力し合って依頼を達成しろってことだろ? ワイムスの面倒な性格を知った上で、俺に預けたわけだ。
「これから先もこういう依頼は来るかもしれない。俺はチームに入っているから協力してくれる仲間がいる。だが、お前は基本的に単独行動なんだろ?」
「一人じゃ刈れない動物の毛なんて、そんな依頼を受けなけりゃいいんだ」
「ほら、そうやって仕事を選り好みしているから、指名依頼が減っていくんだ。考えてもみろ。いくら冒険者としてのランクが高く、採取家としての腕が確かだったとしても、仕事を選り好みしているようなヤツに誰が依頼をする?」
頼んだところでどうせ受けてくれない。それだったら、なんでも引き受けてくれるヤツを最初から指名する。そうなっていくだろう。
「できないからやらないじゃ駄目だ。できないなら、できる方法を考えるんだ」
「……」
「方法がわからなければ誰かに聞く。教えを乞うことは恥ずかしいことじゃないし、屈辱でもなんでもない。自分が成長するための手段と考えればいいじゃないか」
一人でなんとかしようと奮闘するのも手だ。しかし、それだとできないことも少なくない。
「わからなけりゃ聞けばいいんだよ。簡単なことだろう?」
「……グリットも同じことを言っていた」
「グリットはアンタのことが大事だと思っているからこそ、クドクドと説教じみたことを言ってしまうんだ。だけど、それはとってもありがたいことなんだ」
「ハッ、うるせぇのに?」
あれだけ反抗的だったワイムスが、俺の話に耳を傾けはじめた。いい傾向だ。
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