表紙へ
上 下
193 / 250
13巻

13-1

しおりを挟む



 1


 生きることは食べること。
 食べるために生きていると言っても過言かごんではない。
 生きるためだけならば食にこだわらなくて良いのだ。
 より美味うまいものを求めるのは人としてのごうというか、元日本人としてのたましいに刻まれた呪縛じゅばくというか、ともかく生きるためにはいろいろと楽しんだほうが勝ちだと思っている素材採取家のタケルです。皆さん、より良い食生活を送っていますか。誰ですか食材採取家とおっしゃるのは。間違ってはいませんよ。
 俺が所属するチーム蒼黒そうこくだんの食生活は、とてもとても豊かである。
 マデウスにおいて通常一日二食で済ませるのが常識だとしても、俺にその常識は通用しない。朝と晩だけ食べるなんて、おなかいちゃうじゃないか。
 俺たち蒼黒の団は一日三食おやつつき。各々小腹こばらが空いたら木の実とハチミツをった携行食もどうぞ。しかも、美味おいしいのが当たり前の食事を提供しています。
 まず何よりも俺自身がひもじい思いをしたくないため、元気に働くためには腹いっぱいに食べなくてはならないと考えている。
 腹いっぱいになれば何でもいいと言う人とはちょっと仲良くはなれない。食うのならば楽しまなければ。
 かったい干し肉とっぱい葡萄酒ぶどうしゅを一日二回、もそもそと食べて飲むのが冒険者。モンスターが蔓延はびこる深い森の中で悠長ゆうちょうをして調理をしていられないから、という理由はある。それはわかる。腹が満たされれば早く仕事ができるしね。わかるよ。
 だがしかし、俺には前世からの業というか日本人のくなき食への追求といいますか、変態的にまで食に貪欲どんよくというか、一度覚えてしまった味が当たり前になってしまうと不味まずいものを口に入れるのがぶっちゃけ嫌っていうか。
 嗚呼ああ、アルツェリオ王国の王都で食ったデロデロのおかゆ的な汁状しるじょうの食い物を思い出すたびに悲しくなる。現地の貴族に大人気らしいということで食ったのに、あれはひどかった。同じものを作れるかと聞かれれば、小麦粉を練ってちぎって水溶き片栗粉かたくりこにぶちこんで混ぜて少々の塩と砂糖で熱したらでき上がるだろう。素材の味を生かしてみました。
 いや、もっと複雑な工程があったのかもしれないが、少なくとも俺の舌は複雑な味を感じなかったのだ! せめて、野菜を煮込んで出汁だしを取るとか! 細かくくだいた肉を入れるとか! 「貴族に人気」が免罪符めんざいふになると思うなよ!
 まあ落ち着こう。終わったことをなげいても仕方のないことだ。
 あの謎汁なぞじるにぎめし屋が流行すると同時に消えていったけどね! 少しでも金をかせごうとしたヤツの陰謀いんぼうではあったんだけども! 庶民も食わないような古麦を材料にしていたらしいよ! 酷い話だ!
 いやまあ落ち着こう。三十円も出せばうまいスナック菓子が食える環境で育った記憶がある俺の舌を基準で考えればきりがない。
 アルツェリオ王国内の流行というものは高位貴族が作り、そして次第に庶民へと浸透し、王都から郊外の町や村へと伝わる時には一昔前の流行と言われてしまう世界だ。貴族がこれが良いと言えば、それは良いものなのだと庶民は思う。
 極端な話、頭にちくわをぶっ刺してこれが今のお洒落しゃれざますよと言われれば、ああそうなのね素敵すてきだわ真似まねするわの世界。
 あの謎汁がトルミ村まで来なくて良かった。ほんとに良かった。謎汁が好物だった人には申し訳ないけども、他に美味いものはたくさんあるから。
 話がめちゃくちゃれまくったが、つまりは俺にとっての食は生きるための手段、娯楽ごらく、喜びなのだ。
 俺とこころざしを等しく、食うためならばランクSモンスターも嬉々ききとして狩る仲間たちがこのたび大幅なレベルアップをした。
 ドラゴニュートのクレイは魔力をあやつれるようになり、理性が吹き飛ぶ狂戦士から強い力を制御せいぎょし操る竜戦士へと進化。見た目もちょっと大きくなっていたから、これはもう進化と呼んで良いだろう。
 ハイエルフのブロライトは俊敏しゅんびんさが増し、アクロバットな動きに加え美しい白刃はくじんのジャンビーヤで勇猛ゆうもうに斬りつける姿はまさしく狩猟しゅりょう戦士。そして魔力を大量に消費するブロジェの弓の腕を上げた。
 小人族のスッスはまさかの忍者にんじゃに職業変更。もともとの隠密技能ハイズスキルを進化させ、短期間で隠密おんみつ殺傷という異能ギフトを身に付つけた。素早さと気配けはいを消す能力はチームの誰よりも優れている。料理は俺よりも上手。
 そして、ちびっこ竜である我らがマスコット、古代竜エンシェントドラゴンの子供ビー。
 俺に内緒で巨大な竜へと変化する能力を身に付けていやがった。いや、成長したのか? いやいや、成長したにしては中身がまったく変わっていないのだが。朝は早く起きられるようになったが、腹が減ったらわめきだすし俺の姿が見えないとわめきだすし俺が小動物とたわむれていると嫉妬しっとでわめきだす。可愛い。
 どんな鍛練たんれんを積めばちびっこ竜が巨大な成竜に成長できるのかは謎だが、相手は古代竜という名の神様だからな。なんとかなったのだから、そこを追及するのは無粋ぶすいというものだろう。
 なにはともあれ、チーム蒼黒の団は大幅な戦力増強となった。俺もちょっとだけ魔法の扱いが上手になりました。
 レベルアップをして食う量が倍増したという謎もあるが、それはまあ置いておく。たくさん食べるのは良いことだ。たくさん動くことだし。
 トルミ村に落ちてきた有翼人種ディアナーガのルカルゥとその守護聖獣しゅごせいじゅうザバ。
 空飛ぶ島から落っこちてしまった二人をなんとかして帰してやりたいと思うのだが、なんせお伽噺とぎばなしだと思われてきたまぼろしの有翼人の国、キヴォトス・デルブロン王国がどこにあるのかがわからない。
 存在を隠し、マデウスの空を飛んでいた国。
 さてさて、俺たち蒼黒の団はルカルゥとザバを故郷こきょうに帰すことはできるのだろうか。
 そして未知なる場所で新たなる食材、いや違う素材を探すことはできるのだろうか。
 そろそろ味噌みそが欲しいんだよね。醤油しょうゆの実があるのなら、味噌の実とかあるんじゃないかな。あと獅子唐ししとう茗荷みょうがとワケギ欲しいな。
 探そう。
 未知なる食材を!
 いや違う。素材を!


 + + + + +


 飛び散る粉塵ふんじん、叩きつけられる岩石。
 視界の悪い最中さなか、大地をふるわせるおぞましい咆哮ほうこうとどろく。
 全身をこおりつかせるような、弱者をあざけるような、立ち向かえるものならかかってこいと言わんばかりの――

「ぎゃあああああーーーっ!」

 白い岩壁がんぺきの谷底にひしめく、大量のカニ。
 おぞましい地獄じごくの光景、いやこの場合カニの養殖場って言うべきなんだけども。
 ともかくスッスは谷に響き渡る大絶叫をしたあと、固まってしまった。
 冷静に考えれば異常な景色だよな。眼下には数万匹のカニがひしめき合っているのだから。
 俺にとってカニは食い物だが、冒険者にとってカニはただの不気味なモンスター。そりゃ怖いよな。

「スッス、スッス、谷の底に降りなければ大丈夫。ここは防御魔法があるから」
「なんすかなんすかあの化け物!」
「えー、あれにおりますはー、カニです」
「か、かに? っすか? 化け物じゃないんすか?」
「食材です」
「はいいぃぃ?」
美味うまいんすよ」
「美味いんすか⁉」

 カニの繁殖場は谷底にあるのだが、がけの上から下をのぞけば一面にカニ。
 のカニを想像していただきたい。あれの、数百倍のカニがうごめいているのだ。最高。

「あんな、あんな虫みたいなのを食うんすか?」
「あれはカニです。甲殻類こうかくるい……いや、虫ではないけど、食うんすよ。しかも、すっごい美味い。これは保証する」

 スッスは俺のことを信じられないといった顔で見たが、俺もビーも真剣そのもの。クレイとブロライトに至ってはすでに戦闘態勢。久々のカニ狩りに興奮を隠そうとしていない。
 カニの見た目は節足せっそく動物蜘蛛類くもるい。なので、足が長くてたくさんある虫だと言うのも無理はない。
 そうか。俺たちは虫を好んで食うと思われているのか。ちょっとショック。

「スッス? スッス、おーい」
「ピュッピュ」
「固まっちゃった」
「ピュゥー……」

 ムンクの叫び状態のまま硬直こうちょくするスッスの頭を、ビーがぺちぺち叩く。

「ふふ。無理もなかろう。クラブ種を狙うはおろものと言われておるほど割に合わぬモンスターゆえ
「わたしもタケルに馳走ちそうされるまで食えるものだとは思わなかったのじゃ」

 クレイとブロライトは準備運動を終えると、谷底へと続く切り立った崖から見下ろす。
 二人にはシールド魔石ませきたくしているが、修業の成果を試すため今日は使わないと宣言した。
 俺の想像を超えて鬼のように強くなった二人は、今すぐにでもカニ狩りを始めたくてうずうずしている。
 スッスは未だに眼下の光景に硬直したままだが、クレイは崖を降りるため進む。

「ビー、スッスが我に返るまで護衛を頼む。慣れぬ場故、あせらせるな」
「ピューイッ!」
「ブロライト、粉塵を抑えられるか。ビーより小柄こがらなものは捨て置け」
「了解じゃ!」
やりとゲンコツ禁止な。剣で関節を切るようにしてくれ」

 俺がクレイの指示に追加すると、二人はうなずく。

「スッスにも経験を積ませるべきであるからな。ある程度は残す」
「だからって初戦がダウラギリクラブの養殖場でいいの? もっとほら、見た目が気持ち悪くないモンスターのほうが良くない?」
「お前はカニが食いたくはないのか」
「食いたい」
「ならば我らの好物なのだと説明するよりも、見たほうが早かろう」

 クレイはさも当然のように答えたが、スッスは前線で戦っていた冒険者ではない。危険なこととは無縁むえんの情報屋だった。
 蒼黒の団の新規加入者であるスッスは、俺たちの邪魔じゃまにならないようになりたいっすとクレイに言った。
 いや、料理ができる時点でスッスが邪魔になることなんて生涯しょうがいあり得ない話なのだが、スッスは律儀りちぎに戦闘でも役に立ちたいと言った。
 壮絶そうぜつな修業を経てスッスは、隠密というか、暗殺集団リルウェ・ハイズの客人というか、いわゆる忍者に転職したわけだが、実戦経験はとぼしい。
 経験を積ませるためにもいくつかの依頼を受注し、消化すればいいと思っていたんだけど。

「トルミ村近くの森にいるでっかい牛、何て言ったっけ。つのが四本あるイノシシみたいな牛」
「ランドブオイであろう」
「そうそれ。その牛でもよかったじゃないか。あの牛美味いし」
「そもそもはお前がカニを食いたいと言いだしたのが始まりではないか」

 はいそうです。
 俺たちは今、アルツェリオ王国内フォルトヴァ領にあるダウラギリクラブ養殖場に来ている。
 俺が勝手に養殖場と呼んでいるだけで、実際は獰猛どうもうなモンスターであるダウラギリクラブの繁殖地なんだけども。
 ここはチーム蒼黒の団がフォルトヴァ領主からもらった土地だ。
 フォルトヴァ領主はルセウヴァッハ領主であるベルミナントと懇意こんいにしており、そのツテでこの土地を借りられないか尋ねたのだ。賃料だって支払うつもりだった。
 だがフォルトヴァ領主はこの土地を、危険なダウラギリクラブの繁殖地をまるっと蒼黒の団に譲渡じょうとした。むしろ管理してもらえるのならどうぞどうぞと。
 フォルトヴァ領としては厄介やっかいなモンスターを無償むしょう退治たいじしてもらえるし、蒼黒の団が懇意にしている近くのシャバリン村も安全になるし、ついでに「蒼黒の団が近くで演習している」となればシャバリン村の観光にもなる、って。
 俺たちは演習をしているわけではないんだけど、カニ狩りするんです、って言ったら実戦経験を積むということだな、と勘違いされてしまった。
 冒険者のなかには俺たちの実戦を見せてほしい、なんて希望もあった。
 だがなあ。
 なんというかなあ。
 俺たちの実戦て。

「タケル! でかいのが行くぞ! わたしはしたカニが食べ、たいっ!」

 ブロライトのジャンビーヤがクレイの背丈せたけ以上もあるカニを一太刀ひとたちほふる。

「ブロライト! 腹を切るな腹を! なるべく間接を狙えばお肉が散らない! 氷結グラキ、展開っ!」

 二つになった巨大カニをかばんにしまいつつ、三メートル級のカニたちを氷漬けにする。

太陽たいようやりに頼らずとも、この剣をくれてやるわ!」

 悪役っぽいこと叫びながらクレイの大剣が炸裂さくれつ。五メートル級のカニが数十匹巻き込まれ岩壁へと叩きつけられた。

「ピュイーッピュピューィ」
「真面目に炎を吐きなさい。がしたらしかられますよ」
「ピュイィィッ! ピュー!」
「わたくしは炎なぞ吐きません。優雅ゆうがに空を飛ぶことが仕事なのです」
「ピュピー!」
「誰が役立たずですか!」

 ビーとプニさんは固まったままのスッスの両隣で仲良く喧嘩けんか
 これが俺たちの、いつもの実戦。
 緊張感はあるのだ。巨大なハサミに捕まれば、クレイのはがねの肉体すらちぎれるだろう。
 ダウラギリクラブはランクBのモンスター。一個体だけならば冒険者ランクCもあれば数人で討伐は可能。
 しかし、こいつらは群れで行動する。数十体どころではなく、数千体、時には数万体の軍勢となって町や国を襲う。
 以前俺たちがこの地に来た時は、ダウラギリクラブの氾濫はんらんまであとわずかという瀬戸際せとぎわだった。
 この地からカニがあふれたら近くの村を襲うだろうし、森の草花や動物、モンスターすら襲い食い散らかす。
 甲羅こうらも硬いし時には魔法も弾き返すカニ、クラブ種は冒険者から嫌われている。
 危険だし攻撃が通りにくいし素早いし見た目がアレだしで、不人気なのだ。でかくてするどつめにはたっぷりのお肉があるんだけども。
 この谷は魔素まその流れがモンスターに対しては理想的らしく、またダウラギリクラブらは魔素吸収を効率的に行うため異常な速さで繁殖はんしょくする。
 以前はえさが不足していて共食ともぐいをしていたが、前回来た時に俺が谷底の掃除そうじをしていたおかげで草花がしげるようになった。ここでもわさわさえていますエペペンテッテ。
 繁殖場が綺麗きれいになって食えるものも増えれば、そりゃ元気よく繁殖するよね。
 魔素の流れ云々うんぬん古代馬アルタトゥムエクルウスであるプニさんが得意げに教えてくれたのだが、プニさんはごぼうサラダが入ったつぼを抱え、無表情でもしゃもしゃ食っている。あのスタイルで俺たちの応援をしてくれているのだ。
 以前にここを訪れた時、俺たちはカニのあまりの美味さに食いながら戦ったっけ。よいおもいで。
 今回は力強い協力隊が来ているのだ。無様ぶざまな戦いは見せられないとクレイが言ったため、食いながら戦うのは禁止となった。

「おっきいカニだよ! あんなのはじめて!」
「あの爪は硬いよ! だけど爪の根っこは柔らかいんだ!」
「お腹の真ん中もふわふわしているの!」
「目玉をつぶすと動けなくなるよ! わんわん!」

 主にクレイとブロライトを中心にカニ狩りが行われるなか、その協力隊である茶色の毛むくじゃらが素早い動きで倒されたカニを回収してくれた。
 なんと、コポルタ族たちはカニを知っていたのだ。そして、食うとたまらなく美味いことも知っていた。
 だが、コポルタ族が暮らしていた北の大陸では魔素が薄まりカニが絶滅してしまった。もうあの美味い肉が食えないのかと悲しんでいたところ、俺がコタロとモモタを背中に張り付かせている最中に口にした「カニ食べたいな」の一言に彼らが目を輝かせたわけです。


 ――タケル、カニとは何なのだ?
 ――ええっと、カニというのはクラブ種のモンスターのことでね。とっても獰猛で美味うま恐ろしくて……
 ――クラブ種ということは、カラコルムクラブのことか? あれは美味いのだ!
 ――美味いのだ!
 ――なにそれちょっと待って今なんてった。


 コポルタたちが食べていたカニはダウラギリクラブではなく、カラコルムクラブという真っ黄色なカニだったらしい。なにそれ食べたい。絶滅したと言っていたが、地面の下にもぐって隠れている可能性だってあるのだ。今すぐに北の大陸に行ってカラコルムクラブ探しをしたい衝動しょうどう全身全霊ぜんしんぜんれいで抑える。
 基本的に雑食なコポルタたちは、食えそうなものならなんでも食う。ダンゴムシに酷似こくじしたプンプンオタマすら粉にして丸めておやつ感覚で食う。もりもり食う。
 臆病おくびょうで逃げるのが得意なコポルタではあるが、俺たちがそばにいるという安心感だけで今日のカニ狩りに同行したのだ。
 一段落したらカニなべやろうぜ。

「タケル、タケル、女王が五匹もいるよ! あんなにいたら、この谷から出ちゃう!」
「女王は怖いんだよ! わんわん!」

 クレイがタコなぐりにした比較的小柄こがらなカニをかつぎ上げ、嬉しそうに尻尾しっぽをブン回しているコタロとジンタ。ジンタは黒豆柴くろまめしばの青年で、このたびコタロの護衛に選ばれた。
 愛らしい豆柴が巨大カニをかかげる姿は恐ろしくシュールだが、ゲテモノだと嫌わず収穫に参加してくれるのはありがたい。
 俺はめすのカニを勝手にセイコガニと呼んでいたが、コポルタたちは女王と呼んだ。
 確かに三階建てビルくらいの大きさの雌ガニは女王の風格ふうかくがある。
 コポルタたちは総勢十名が参加。代表者二人に六畳ほどの保管庫になっている魔法巾着袋きんちゃくぶくろを預け、カニ回収を頼んだ。
 さすがのコポルタ族。大量に積まれていくカニをすさまじい勢いで回収、収納している。
 素早い動きのカニらの、さらに上をいく素早さで攻撃を回避している姿は素晴らしい。
 なんというか、たくましいというか、頼りになるというか、すごいぞつよいぞコポルタ。

「あああ、これじゃダメっす! おいらも、おいらも、何か手伝うっすよ!」

 スッスが我に返ったようだ。
 両頬りょうほほをビタビタと叩いたスッスは、意を決したように姿勢を正した。

「おいらだって蒼黒の団になったんす! 恥ずかしい真似は、絶対にできないっす!」
「ピュッピュピューイ!」
「スッス・ペンテーゼ! 行くっすよー!」
「ピュイィ~~~ッ!」

 頭にビーを乗せたスッスがほぼ垂直の崖を駆け降りてきた。
 黒い覆面に黒装束くろしょうぞくが壁を走り降りる姿は、まさしく忍者。手には巨大出刃でば包丁ぼうちょう
 スッスの復活に喜んだのはビーだけではなくて、コポルタたちも歓声をあげ我先へとスッスのあとを続く。

「硬くて切りにくいっ、ものは! 力任せじゃ、ダメっすね! とわーっ!」
「そうだよ! 柔らかいところがあるよ!」
「わんわん! 背中は硬いよ!」

 豆柴軍団をお供に、スッスは恐ろしいほどの速さでカニを切りつける。あれだけ巨大な出刃包丁を片手で器用に扱い、カニの関節を一刀両断。
 既に混戦状態になっているというのに、スッスは先ほどまでの醜態しゅうたいを振り払うべく走り抜けた。

「ジンタ! おっきいやつは赤い袋だよ! ちっちゃいのは白いやつ! ちゅうっくらいのはタケルに投げるんだ!」

 コタロは一通りカニを集めたら、岩山の上に立って仲間たちの指揮。
 俺は方々から飛んでくる中っくらいのカニをかき集め、感慨深かんがいぶかくコタロの姿を眺める。
 俺のローブに隠れてふるえていた王子様はどこへやら。
 このまま一族をひきいる立派な王様になってくれたらとは思うが、まだまだおさないままでもいいのよと思う。夜中にモモタと手をつないで俺の布団ふとんに潜り込んでくる可愛さを、決してくさないでくれ。他の種族の子供たちと切磋琢磨せっさたくまし、すくすくとゆっくり成長してくれたら良い。
 戦場を怖がるモモタはプニさんの背中に隠れながら両手を振っている。プニさんの指示で応援してくれているのかな。可愛い。
 コポルタたちは北の大陸で体験した常闇とこやみのモンスターとの戦いを忘れてはいない。だがしかし、あれほどの恐怖はそうそうない。

「常闇のモンスターをやっつけた旦那だんなたちが一緒にいるんす! 怖いことなんかなんもないっす! おいらたちも役に立つっすよーっ!」
「わんわんわんわんっ!」
「わおーんっ!」

 おお。
 スッスが女王ガニの巨大すぎるハサミを切り落とした。
 すごい! あのカニはエコモ・ダウラギリクラブの雌。卵を守るべくおすを背中にびっちりと背負い、卵を奪われるまいと怒り狂っている。

「せいこ、じゃなくて、女王の卵は壊さないように! ウニ丼ごちそうするから!」

 女王の背中にびっちりびっちりひしめく大量の卵にヨダレが出そうになる。あの卵は不思議と濃厚なウニの味がするのだ。
 ウニ丼が何なのかはわからないだろうが、俺が「ごちそうする」と叫んだその一言でスッスの顔つきが変わる。


しおりを挟む
表紙へ

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな

しげむろ ゆうき
恋愛
 卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく  しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ  おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

継母の心得 〜 番外編 〜

トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。 【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。

リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。 そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。 そして予告なしに転生。 ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。 そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、 赤い鳥を仲間にし、、、 冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!? スキルが何でも料理に没頭します! 超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。 合成語多いかも 話の単位は「食」 3月18日 投稿(一食目、二食目) 3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。