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11巻
11-3
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クレイはほぼ脊髄反射で背負っていた太陽の槍を手にすると、同じく戦闘態勢を取る。
黒い空を凝視しているヘスタスの顔は、魔王と対峙していたときよりも真剣そのもの。びりびりとした緊張感が伝わってきた。
「この空が何。どうしたの」
「のんびりしてんじゃねぇぞタケル! こいつは……大量発生の合図だ」
「ん? 大量発生? 何の?」
「モンスターだ! あの野郎、魔石の力でモンスターを呼び寄せていやがる!」
「魔石の力……召喚魔法?」
「違う、そこいらのモンスターじゃねぇ、常闇のモンスターだ!」
なんぞそれ。
はじめて聞いたぞ常闇のモンスター。
「常闇のモンスターって……」
何のことかなと聞こうとしたら、ヘスタスは大きく跳躍して空へと飛び上がる。
「おら、ユグルの飛べるやつら! 偵察に行くぞ! 何人かついてこい!」
巨大なロボ型リザードマンが飛び上がり、空中でついてこいと言っている。
数人のユグルが、背の翼を大きく広げた。
率先して翼を広げたのは、ゼングムだった。
「鋼の英雄よ。私の名はゼングム。宜しければ貴殿の名を伺う栄誉を与かっても良いだろうか」
仰々しく名乗るゼングムの顔は真剣、というか目がキラキラしている。少年みたいな顔している。
「へへっ、堅苦しいこと言うんじゃねぇよ。耳かっぽじって聞けよ! 俺はヘスタス・ベイルーユ。リザードマンの英雄、ヘスタス・ベイルーユだ!」
巨大な十文字槍を回転させながら構え直したヘスタスは、歌舞伎役者のように見得を切って名乗りを上げた。
ガシャンガシャン、ガッショァァァーーーン! という、ロボ特有の金属音が鳴り響く。しつこいようだが、背中のジェットは演出なんです。「かっこいいから」という理由で俺がつけた飾りなんです。
悔しいが決まっているなと内心もやもやしていると。
「わおーんっ! わんわんわんっ!」
「英雄! ほんものの英雄! わんわんっ!」
「ピューイーッ!」
「あわわわわ、がっごいいっずよぉぉぉ~~~~!」
一斉に拍手喝采の雨あられ。
コタロを筆頭にコポルタ族が激しく喜び転げ回るのはなんとなく理解できるが、ビーついていこうとするな。スッスは感動しすぎて涙と鼻水で顔面が酷いことになっている。
ハヴェルマたちは一斉に拝み始め、何やら祝詞のような言葉を合唱していた。
満足いく反応だったのか、ヘスタスは悪ガキのようにドヤ顔を見せると、ゼングムを筆頭に数人のハヴェルマを連れて飛んでいった。
俺はついていこうとしたビーの尻尾を掴み、嬉しさと感動とで蹲っているクレイの背中を拳で叩く。
「クレイ、クレイ、早く戻ってきて。悶絶している場合じゃないから。かっこいいのはわかったから、ヘスタスたちが偵察に行っている間に常闇のモンスターとやらを教えてくれ」
「……俺は、知らぬ」
「は? 知らないのに槍を構えて戦闘態勢取ったのか?」
「ヘスタスに命じられて否やと言うリザードマンは存在せぬわ!」
逆ギレすることないのに。
俺がじっとりと睨んでやると、クレイはしゃんと立ち上がって背筋を伸ばし、咳払いをひとつ。
「うむ。常闇のモンスターというものも、空がこのように闇に包まれることも知らぬ。少なくとも俺が竜騎士として過ごしていたストルファス帝国では経験したことがない。ブロライトはどうだ」
辺りを警戒したままのクレイは、同じく警戒したままで殺気立つブロライトに問う。
何をそんなに怯えているのか、ブロライトは今にも泣きそうな顔をしていた。
「月の神が見えぬなど、あり得ぬこと。月の神が支配する夜の闇は、エルフに安らぎと癒しをもたらすのじゃ。日の神が支配する昼中、月の神が御隠れになる世が……日の光が届かぬ常闇の世界じゃと」
「それが常闇? そこからモンスターが召喚されるのかな」
「違うわよぅ」
月にも神様がいるのか、なんて考えていると。
俺とブロライトの会話を遮る声が。
「常闇なんてないワ。それはエルフに伝わる御伽噺に過ぎないの。夜更かししたら月の神に怒られちゃうんだからっ、という子供への脅しもあるわね」
「ピュ」
どこから声がするかと思えば、俺の尻にへばりついたまま喋る緑の小人。そこで頬ずりするなバケモノ。
「それじゃあ、この現象はどうしたの。常闇からモンスターが来るって、ヘスタスが」
リベルアリナの首根っこを掴んで尻から離し、ブロライトの目の前に持ってきてやる。ブロライトは慌てて両手を服の裾で拭いてから、恭しくリベルアリナを受け取った。
プニさんはどうしたのかと思えば、スッスが手にしている布の中で極小の馬になって休んでいた。魔素水は飲んでいるようなので、後は復活を待とう。
「リベルアリナ、常闇のモンスターって知ってる?」
俺の質問にリベルアリナは何度も頷いた。
「ヘスタスちゃんはそう教えられたのかもしれないわね。アタシが大切に大切に育ててきた大樹を燃やされそうになったときも、こうやって空が暗くなったのヨ」
空を指さしたリベルアリナはブロライトの掌の上で腰を下ろすと、昔話を語ってくれた。
数えきれないほどの夜と朝を遡った昔、リベルアリナは大陸に木を植えた。大地の平穏を願って植えられた木は、リベルアリナの力で巨大に成長した。空を覆い隠すほどの巨大な木。それは、エルフ族が王宮として使用する巨大な木よりも、更に大きかったらしい。
リベルアリナが蝶よ花よと育てた木は「世界樹」と呼ばれ、大陸を象徴する木になった――
おっと、ここで世界樹の登場とな。
リベルアリナはそこで一息つくと、俺が手にした杖に視線を向ける。
「タケルちゃんのその杖は、いつ作られたのかはわからないけどアタシが育てた世界樹の枝の一つよ」
「これは、貰って……」
「ええそうネ。とっても素敵なチカラが宿っているわ。アタシのチカラじゃないのが悔しくて嫉妬しちゃうけど、アタシなんかでは計り知れないほどの尊いチカラを感じちゃうの。アハン……とっても気持ちイイわ。うずうずしちゃう」
「うずうずしなくていいから。それで? 世界樹が大きくなって?」
「アアンもうせっかちねぇ。だけどそんなタケルちゃんだから好きなのアタシ!」
「絞るぞ!」
「いやん優しくしてェッ‼」
ブロライトの掌の上で悶え蠢くリベルアリナは、悶えながらも話を続けてくれた。なんでコレを尊く感じられるのか不思議でならないエルフ族。
世界樹は永らく大陸の象徴として、旅人の目印として、人々の憩いの場となっていた。
だがしかし、そんな立派な世界樹を独占しようとする国が出てきたらしい。しかも何か国も。世界樹はリベルアリナの恩恵受けまくった貴重な木のため、枝葉の一つにも膨大な癒しの力が宿っていた。
この時代、もちろん回復魔法や回復薬が存在していた。だけど、でかい大陸を支配したいやつらが戦争を繰り返し、犠牲者出まくりで、回復薬を作る薬草が不足していた。
その薬草を育たなくさせたのはリベルアリナらしい。戦争がなくなることを願ってそうしたのに、支配欲に囚われたままの連中は争いをやめなかった。薬草がなけりゃ世界樹あるじゃん、みたいな浅はかな考えで世界樹を独占しようとしたなんてな。
「それでネ、どっかの馬鹿な国の馬鹿な王が、馬鹿な考えで魔力を集めたの。他の国に世界樹を持っていかれるくらいなら、燃やしちゃおうって。ホント信じられない。やだもう踏んづけたい。アタシね、そのときホントに怒ってね、馬鹿な国の領土を砂漠にしちゃった★」
リベルアリナはぺろっと舌を出して笑い話にしているが、笑えませんて。
緑の大地が砂漠化して困っていたユグルの民の前で、笑えません。
鞄の中から小さなミスリル魔鉱石を取り出し、リベルアリナに渡す。リベルアリナは恍惚とした顔でそれを受け取り、俺の指ごと抱きしめた。離せクリーチャー。
「それで、魔力を集めて?」
「炎の魔法なのか雷の魔法なのかはわからないけど、おっきな魔力を行使しようとしたらお空が真っ黒になっちゃってネ。アレは術者に対して魔力が大きすぎたの。魔力は暴走して、禍々しいモンスターを呼び寄せたわ」
「どこから?」
「イヤンそれはわかんないわよぅ。だけど、普通のモンスターじゃないことは確かね。悪い魔力のカタマリっていうのかしら……血肉を持ったモンスターじゃないの。イヤンな気配がもっちもちするの」
「もっちもち」
「そう。もっちもち! こう、悪いものが固まって、ぐわんわんしていて! とにかく、アタシたち精霊とか、聖なる身を持つ子たちは近づくのもつらいんじゃないかしら。あんなの、爪の先も触れたくないもの」
魔鉱石にしがみついたまま怒るリベルアリナは、もっちもちな気配の悪いモンスターがたくさん生まれて危うく世界樹が倒されそうになってしまったと嘆いた。
だがしかし、そんなときに世界樹を守ってくれたのがリザードマンの一族と英雄ヘスタス。ヘスタスは大量に生まれたモンスターのほとんどをやっつけた。やるじゃんあのイモムシ。
空が黒くなる理由はわからないらしい。だが、今の空の黒さは当時と同じ。ヘスタスが常闇からモンスターが呼ばれると言った気持ちがわかる。どこからか悪い何かが生まれ落ちそうだ。
「それじゃあリベルアリナ、魔王のデコがモンスターを生み出すってことか?」
「んもう、額の魔石よぅ……アレってミスリル魔鉱石だけど、悪い削り方をしたのネ。魔力の吸収はイイんだけど、とってもイビツなまま。加工した子のウデが悪いんじゃないかしら。魔鉱石の許容以上の魔力を溜め込んじゃって、制御なんてできなくなっちゃっている」
魔石は通常、使用者のことを考えて加工される。
もともと特定の魔法の力を保持する魔石は削ることで魔力の含有量が減るため、下手に加工をしたら魔力を失う。それは、魔石を扱う者ならば誰しもが持つ知識。
魔王のデコの魔石は「後天性魔石」。充電池のようなものだ。魔素を吸い込み魔力に変え、力を溜め込むよう加工されたのだろう。その魔素を吸い込んで魔法に変える技術が完全ではなかった。
ヘスタスが挑発しただけで暴走する魔石なんて、よくデコに埋め込んだものだ。
ルキウス殿下や侍女アルテ、騎士ラトロも加工された魔石を埋め込んでいる。
装飾品を兼ねての加工なのだろうが、ユグルの魔石加工者は職人としての基礎知識を知らないのかな。
魔石を加工するには鍛冶職人や錬金術師、専門の職人の腕が必要となる。宝石のようにカッティングをし、敢えて魔石を輝かせる技術があるのだ。
しかし、東の大陸にあるアルツェリオ王国では国家資格を持つ専門職以外の者が悪戯に加工するのは禁止されていた。とても危険だからだ。
カッティングで魔石の威力が増すことはない。そのほうが美しいからと見栄のために加工するやつは愚か者とまで言われている。
魔石はあくまでも生活必需品。電池やマッチのようなものなので、それを加工して装飾品にしようなどと考える者はいない。少なくとも、アルツェリオ王国内ではいないだろう。
「ユグル……ゾルダヌが埋め込んだ魔石は全て加工されていた。宝石みたいに綺麗なものばかりだったけど」
「不思議よネェ……下手に削れば魔石のチカラが失われるものなのに、ルキウスちゃんの魔石はちゃあんと機能しているの」
俺の問いにリベルアリナは首をかしげた。
「タケルちゃんなら魔石の力を損なわずに加工することができると思うわよ?」
「え? 俺?」
「ええ。タケルちゃんの魔力は底なしだもの。魔石を削りながら魔力を注ぎ続けるの。そうすれば、魔石の力が損なわれることはないワ」
いやいや、俺だって爆発する魔石や炎を生み出す魔石を作り出すとき、ものすごく集中するのだ。
ビーを散歩に行かせるかブロライトに預けるかして、静かな場所で魔石に魔力を詰め込む。
集中しなければならないが、俺の場合はこうなればいいな、こうしたいな、と強く思えばその通りの魔石ができるので苦労はしない。
魔力を注ぎながら魔石の加工か。やったことはないが、しんどそうだ。
ゾルダヌの魔石は、そうやって作られたのだろうか。だとしたら、とんでもない魔力の持ち主がいるわけで。
「魔王の魔石は暴走しちゃっているでしょ? 魔石自体が苦しんでいるのね。だから助けてって誰彼構わず呼んでいる。その声に応えたのが、常闇のモンスターって言われているワ」
「ヘスタスは魔石が爆発することを予想していたんだけど」
「ん~~~、爆発しなかったわね。それよりも最悪な事態になっているみたい」
「常闇のモンスターって強いの? 何匹くらい来るのかな」
「んんんん~~~~、そのときによって強さは変わるけど、弱いってことはないワよ。少なくとも……そうね、ドルドベアの数倍の強さはあるかもしれないワね。あの魔力の強さだと数千匹くらいかしら」
なんですと。
リベルアリナはしれっと答えたが、俺たち蒼黒の団とスッスは目を剥いた。
ドルドベアはアルツェリオ王国最北、辺境のルセウヴァッハ領でよく見られる獰猛な大型の熊モンスターだ。雑食だがお肉大好きな巨大熊は、群れを成して冒険者や商人を襲う。
ギルドだとCランクやBランクの依頼に上がるほど、厄介な相手だ。お肉はとても美味しいのだけども。
そんなモンスターの数倍の強さ。しかも、数千匹とな。
リベルアリナにどう対応すれば良いのか聞こうとしたら、リベルアリナは魔鉱石を抱いたまま眠ってしまった。
肝心なときに使え……いや、魔素の薄いなかぎりぎりまで頑張ってくれたのだろう。
常闇のモンスターが何なのかわかっただけでもありがたい。
しばらくは壺の中にでも入れて眠ってもらおう。
リベルアリナの衝撃発言は全員から言葉を失わせた。
「あわわ、あわわわ……そそ、そんなモンスターの大群、襲ってくるんすか? 今から? こ、ここ? ここに?」
スッスはギルド職員であり、現役の冒険者。モンスターの知識は人一倍持っているし、その危険性も承知。震えるほど恐ろしくなるのはわかる。
だがしかし。
クレイは驚きはしたものの、太陽の槍を地面に突き刺して鼻息荒く言い放った。
「そのようなモンスターの軍勢なぞ、オゼリフ半島で経験しておるではないか」
なんてことないように、余裕な態度を崩さないクレイ。
これはクレイの元竜騎士としての性分なんだろうな。怯えている者がいたら、騎士は自信に満ち溢れた態度を取れと教えられたらしい。
ユグルの民も怯えたまま。そんななか、一番戦力になりそうなクレイが怯えてはならない。
守る立場の者は、自信満々でいなければならないのだ。
クレイの態度にブロライトも満面の笑みを浮かべ、胸を張って声高らかに言う。
「左様! 我らは古代狼の暴走すら鎮めたのじゃぞ? それに、ドルドベアの数倍程度のモンスターじゃろう? 大したことはないのじゃ」
「ピュイピュイーッ!」
ビーまでもそうだそうだと両手を上げ、今にも飛び出してしまいそうな勢いだ。
「オーゼリフの暴走……モンスターの大群……」
クレイとブロライトの自信満々な態度にスッスは我に返ると、震えていた掌をぐっと握りしめ、震えるコポルタ族の背を撫でながら呟いた。
「そうっす……そうっすよね。おいらは今、蒼黒の団に招かれているんすよね。そうっすよ。そうっす! ランクAの冒険者が二人もいて、FBランクの素材採取家が所属するチームっすよ?」
スッスは呟きを次第に大きくすると、しっかりと立ち上がって胸を張った。
「ビーはドラゴンっす! 強いドラゴンっす! そこら辺のモンスターに怯えている場合じゃなかったっす! それに、さっきの英雄がいるじゃないっすか! おいらたち、負けないっすよ!」
まるで皆に言い聞かせるように、そして己を鼓舞するように。スッスの声はユグルの民全員の耳に届いた。
灰と黒と、紫と緑と時々黄。
これでもかという不吉な空の色に、走る稲光。
気持ちが悪くて、息苦しささえ感じる。
恐ろしい。怖い。逃げ出したい。
そんな気持ちを風で吹き飛ばすかのごとく、スッスの声は響いた。
ギルド職員として緊急時の対応など学んでいるのだろう。ギルドがある街は大なり小なりモンスター襲来時の対応ができるよう、職員を訓練していると聞く。
ベルカイムの北にあるスタヴロウ平原でのゴブリン退治のさい、ギルド職員はてきぱきと動いてくれた。冒険者ではない一般人に不安を見せず、緊張を隠しながら平時と同じ顔をしていたっけ。
なかには慌てふためくギルド職員もいたが……あのとき慌てていたネズミ獣人の彼女は、今では立派な回復要員として活躍している。
「すごいな、スッス」
怯える者たちを落ち着かせているスッスの姿に俺は感心した。
オゼリフ半島のオグル族と小人族の合同村でも彼は率先して動き、暴走した古代狼との戦いで活躍してくれた。
そして、彼は経験を積んだ冒険者でもある。俺たちが知らない一般常識はもとより、食材の豆知識、野営の心得、モンスター相手の対応策なども持っている。
何より料理の手際がいいのだ。
クレイやブロライトといった、剛腕にものを言わせて肉や魚を解体する技術はスッスにはないのだが、細かい味付けを任せられるのは何よりも助かるのだ。
とにかくやたらとたくさん食う連中の台所番は、俺一人だけだと大変で大変で。数多ある調味料を微妙な配合で使え、あまつさえ煮込み料理の煮込む時間の大切さを理解してくれるだけで、なんかもう土下座したい。
「なあビー、クレイ、ブロライト。ちょっと相談したいんだけど」
俺は思いついたことを三人に耳打ちすると、三人とも笑って頷いてくれた。
黒い空を凝視しているヘスタスの顔は、魔王と対峙していたときよりも真剣そのもの。びりびりとした緊張感が伝わってきた。
「この空が何。どうしたの」
「のんびりしてんじゃねぇぞタケル! こいつは……大量発生の合図だ」
「ん? 大量発生? 何の?」
「モンスターだ! あの野郎、魔石の力でモンスターを呼び寄せていやがる!」
「魔石の力……召喚魔法?」
「違う、そこいらのモンスターじゃねぇ、常闇のモンスターだ!」
なんぞそれ。
はじめて聞いたぞ常闇のモンスター。
「常闇のモンスターって……」
何のことかなと聞こうとしたら、ヘスタスは大きく跳躍して空へと飛び上がる。
「おら、ユグルの飛べるやつら! 偵察に行くぞ! 何人かついてこい!」
巨大なロボ型リザードマンが飛び上がり、空中でついてこいと言っている。
数人のユグルが、背の翼を大きく広げた。
率先して翼を広げたのは、ゼングムだった。
「鋼の英雄よ。私の名はゼングム。宜しければ貴殿の名を伺う栄誉を与かっても良いだろうか」
仰々しく名乗るゼングムの顔は真剣、というか目がキラキラしている。少年みたいな顔している。
「へへっ、堅苦しいこと言うんじゃねぇよ。耳かっぽじって聞けよ! 俺はヘスタス・ベイルーユ。リザードマンの英雄、ヘスタス・ベイルーユだ!」
巨大な十文字槍を回転させながら構え直したヘスタスは、歌舞伎役者のように見得を切って名乗りを上げた。
ガシャンガシャン、ガッショァァァーーーン! という、ロボ特有の金属音が鳴り響く。しつこいようだが、背中のジェットは演出なんです。「かっこいいから」という理由で俺がつけた飾りなんです。
悔しいが決まっているなと内心もやもやしていると。
「わおーんっ! わんわんわんっ!」
「英雄! ほんものの英雄! わんわんっ!」
「ピューイーッ!」
「あわわわわ、がっごいいっずよぉぉぉ~~~~!」
一斉に拍手喝采の雨あられ。
コタロを筆頭にコポルタ族が激しく喜び転げ回るのはなんとなく理解できるが、ビーついていこうとするな。スッスは感動しすぎて涙と鼻水で顔面が酷いことになっている。
ハヴェルマたちは一斉に拝み始め、何やら祝詞のような言葉を合唱していた。
満足いく反応だったのか、ヘスタスは悪ガキのようにドヤ顔を見せると、ゼングムを筆頭に数人のハヴェルマを連れて飛んでいった。
俺はついていこうとしたビーの尻尾を掴み、嬉しさと感動とで蹲っているクレイの背中を拳で叩く。
「クレイ、クレイ、早く戻ってきて。悶絶している場合じゃないから。かっこいいのはわかったから、ヘスタスたちが偵察に行っている間に常闇のモンスターとやらを教えてくれ」
「……俺は、知らぬ」
「は? 知らないのに槍を構えて戦闘態勢取ったのか?」
「ヘスタスに命じられて否やと言うリザードマンは存在せぬわ!」
逆ギレすることないのに。
俺がじっとりと睨んでやると、クレイはしゃんと立ち上がって背筋を伸ばし、咳払いをひとつ。
「うむ。常闇のモンスターというものも、空がこのように闇に包まれることも知らぬ。少なくとも俺が竜騎士として過ごしていたストルファス帝国では経験したことがない。ブロライトはどうだ」
辺りを警戒したままのクレイは、同じく警戒したままで殺気立つブロライトに問う。
何をそんなに怯えているのか、ブロライトは今にも泣きそうな顔をしていた。
「月の神が見えぬなど、あり得ぬこと。月の神が支配する夜の闇は、エルフに安らぎと癒しをもたらすのじゃ。日の神が支配する昼中、月の神が御隠れになる世が……日の光が届かぬ常闇の世界じゃと」
「それが常闇? そこからモンスターが召喚されるのかな」
「違うわよぅ」
月にも神様がいるのか、なんて考えていると。
俺とブロライトの会話を遮る声が。
「常闇なんてないワ。それはエルフに伝わる御伽噺に過ぎないの。夜更かししたら月の神に怒られちゃうんだからっ、という子供への脅しもあるわね」
「ピュ」
どこから声がするかと思えば、俺の尻にへばりついたまま喋る緑の小人。そこで頬ずりするなバケモノ。
「それじゃあ、この現象はどうしたの。常闇からモンスターが来るって、ヘスタスが」
リベルアリナの首根っこを掴んで尻から離し、ブロライトの目の前に持ってきてやる。ブロライトは慌てて両手を服の裾で拭いてから、恭しくリベルアリナを受け取った。
プニさんはどうしたのかと思えば、スッスが手にしている布の中で極小の馬になって休んでいた。魔素水は飲んでいるようなので、後は復活を待とう。
「リベルアリナ、常闇のモンスターって知ってる?」
俺の質問にリベルアリナは何度も頷いた。
「ヘスタスちゃんはそう教えられたのかもしれないわね。アタシが大切に大切に育ててきた大樹を燃やされそうになったときも、こうやって空が暗くなったのヨ」
空を指さしたリベルアリナはブロライトの掌の上で腰を下ろすと、昔話を語ってくれた。
数えきれないほどの夜と朝を遡った昔、リベルアリナは大陸に木を植えた。大地の平穏を願って植えられた木は、リベルアリナの力で巨大に成長した。空を覆い隠すほどの巨大な木。それは、エルフ族が王宮として使用する巨大な木よりも、更に大きかったらしい。
リベルアリナが蝶よ花よと育てた木は「世界樹」と呼ばれ、大陸を象徴する木になった――
おっと、ここで世界樹の登場とな。
リベルアリナはそこで一息つくと、俺が手にした杖に視線を向ける。
「タケルちゃんのその杖は、いつ作られたのかはわからないけどアタシが育てた世界樹の枝の一つよ」
「これは、貰って……」
「ええそうネ。とっても素敵なチカラが宿っているわ。アタシのチカラじゃないのが悔しくて嫉妬しちゃうけど、アタシなんかでは計り知れないほどの尊いチカラを感じちゃうの。アハン……とっても気持ちイイわ。うずうずしちゃう」
「うずうずしなくていいから。それで? 世界樹が大きくなって?」
「アアンもうせっかちねぇ。だけどそんなタケルちゃんだから好きなのアタシ!」
「絞るぞ!」
「いやん優しくしてェッ‼」
ブロライトの掌の上で悶え蠢くリベルアリナは、悶えながらも話を続けてくれた。なんでコレを尊く感じられるのか不思議でならないエルフ族。
世界樹は永らく大陸の象徴として、旅人の目印として、人々の憩いの場となっていた。
だがしかし、そんな立派な世界樹を独占しようとする国が出てきたらしい。しかも何か国も。世界樹はリベルアリナの恩恵受けまくった貴重な木のため、枝葉の一つにも膨大な癒しの力が宿っていた。
この時代、もちろん回復魔法や回復薬が存在していた。だけど、でかい大陸を支配したいやつらが戦争を繰り返し、犠牲者出まくりで、回復薬を作る薬草が不足していた。
その薬草を育たなくさせたのはリベルアリナらしい。戦争がなくなることを願ってそうしたのに、支配欲に囚われたままの連中は争いをやめなかった。薬草がなけりゃ世界樹あるじゃん、みたいな浅はかな考えで世界樹を独占しようとしたなんてな。
「それでネ、どっかの馬鹿な国の馬鹿な王が、馬鹿な考えで魔力を集めたの。他の国に世界樹を持っていかれるくらいなら、燃やしちゃおうって。ホント信じられない。やだもう踏んづけたい。アタシね、そのときホントに怒ってね、馬鹿な国の領土を砂漠にしちゃった★」
リベルアリナはぺろっと舌を出して笑い話にしているが、笑えませんて。
緑の大地が砂漠化して困っていたユグルの民の前で、笑えません。
鞄の中から小さなミスリル魔鉱石を取り出し、リベルアリナに渡す。リベルアリナは恍惚とした顔でそれを受け取り、俺の指ごと抱きしめた。離せクリーチャー。
「それで、魔力を集めて?」
「炎の魔法なのか雷の魔法なのかはわからないけど、おっきな魔力を行使しようとしたらお空が真っ黒になっちゃってネ。アレは術者に対して魔力が大きすぎたの。魔力は暴走して、禍々しいモンスターを呼び寄せたわ」
「どこから?」
「イヤンそれはわかんないわよぅ。だけど、普通のモンスターじゃないことは確かね。悪い魔力のカタマリっていうのかしら……血肉を持ったモンスターじゃないの。イヤンな気配がもっちもちするの」
「もっちもち」
「そう。もっちもち! こう、悪いものが固まって、ぐわんわんしていて! とにかく、アタシたち精霊とか、聖なる身を持つ子たちは近づくのもつらいんじゃないかしら。あんなの、爪の先も触れたくないもの」
魔鉱石にしがみついたまま怒るリベルアリナは、もっちもちな気配の悪いモンスターがたくさん生まれて危うく世界樹が倒されそうになってしまったと嘆いた。
だがしかし、そんなときに世界樹を守ってくれたのがリザードマンの一族と英雄ヘスタス。ヘスタスは大量に生まれたモンスターのほとんどをやっつけた。やるじゃんあのイモムシ。
空が黒くなる理由はわからないらしい。だが、今の空の黒さは当時と同じ。ヘスタスが常闇からモンスターが呼ばれると言った気持ちがわかる。どこからか悪い何かが生まれ落ちそうだ。
「それじゃあリベルアリナ、魔王のデコがモンスターを生み出すってことか?」
「んもう、額の魔石よぅ……アレってミスリル魔鉱石だけど、悪い削り方をしたのネ。魔力の吸収はイイんだけど、とってもイビツなまま。加工した子のウデが悪いんじゃないかしら。魔鉱石の許容以上の魔力を溜め込んじゃって、制御なんてできなくなっちゃっている」
魔石は通常、使用者のことを考えて加工される。
もともと特定の魔法の力を保持する魔石は削ることで魔力の含有量が減るため、下手に加工をしたら魔力を失う。それは、魔石を扱う者ならば誰しもが持つ知識。
魔王のデコの魔石は「後天性魔石」。充電池のようなものだ。魔素を吸い込み魔力に変え、力を溜め込むよう加工されたのだろう。その魔素を吸い込んで魔法に変える技術が完全ではなかった。
ヘスタスが挑発しただけで暴走する魔石なんて、よくデコに埋め込んだものだ。
ルキウス殿下や侍女アルテ、騎士ラトロも加工された魔石を埋め込んでいる。
装飾品を兼ねての加工なのだろうが、ユグルの魔石加工者は職人としての基礎知識を知らないのかな。
魔石を加工するには鍛冶職人や錬金術師、専門の職人の腕が必要となる。宝石のようにカッティングをし、敢えて魔石を輝かせる技術があるのだ。
しかし、東の大陸にあるアルツェリオ王国では国家資格を持つ専門職以外の者が悪戯に加工するのは禁止されていた。とても危険だからだ。
カッティングで魔石の威力が増すことはない。そのほうが美しいからと見栄のために加工するやつは愚か者とまで言われている。
魔石はあくまでも生活必需品。電池やマッチのようなものなので、それを加工して装飾品にしようなどと考える者はいない。少なくとも、アルツェリオ王国内ではいないだろう。
「ユグル……ゾルダヌが埋め込んだ魔石は全て加工されていた。宝石みたいに綺麗なものばかりだったけど」
「不思議よネェ……下手に削れば魔石のチカラが失われるものなのに、ルキウスちゃんの魔石はちゃあんと機能しているの」
俺の問いにリベルアリナは首をかしげた。
「タケルちゃんなら魔石の力を損なわずに加工することができると思うわよ?」
「え? 俺?」
「ええ。タケルちゃんの魔力は底なしだもの。魔石を削りながら魔力を注ぎ続けるの。そうすれば、魔石の力が損なわれることはないワ」
いやいや、俺だって爆発する魔石や炎を生み出す魔石を作り出すとき、ものすごく集中するのだ。
ビーを散歩に行かせるかブロライトに預けるかして、静かな場所で魔石に魔力を詰め込む。
集中しなければならないが、俺の場合はこうなればいいな、こうしたいな、と強く思えばその通りの魔石ができるので苦労はしない。
魔力を注ぎながら魔石の加工か。やったことはないが、しんどそうだ。
ゾルダヌの魔石は、そうやって作られたのだろうか。だとしたら、とんでもない魔力の持ち主がいるわけで。
「魔王の魔石は暴走しちゃっているでしょ? 魔石自体が苦しんでいるのね。だから助けてって誰彼構わず呼んでいる。その声に応えたのが、常闇のモンスターって言われているワ」
「ヘスタスは魔石が爆発することを予想していたんだけど」
「ん~~~、爆発しなかったわね。それよりも最悪な事態になっているみたい」
「常闇のモンスターって強いの? 何匹くらい来るのかな」
「んんんん~~~~、そのときによって強さは変わるけど、弱いってことはないワよ。少なくとも……そうね、ドルドベアの数倍の強さはあるかもしれないワね。あの魔力の強さだと数千匹くらいかしら」
なんですと。
リベルアリナはしれっと答えたが、俺たち蒼黒の団とスッスは目を剥いた。
ドルドベアはアルツェリオ王国最北、辺境のルセウヴァッハ領でよく見られる獰猛な大型の熊モンスターだ。雑食だがお肉大好きな巨大熊は、群れを成して冒険者や商人を襲う。
ギルドだとCランクやBランクの依頼に上がるほど、厄介な相手だ。お肉はとても美味しいのだけども。
そんなモンスターの数倍の強さ。しかも、数千匹とな。
リベルアリナにどう対応すれば良いのか聞こうとしたら、リベルアリナは魔鉱石を抱いたまま眠ってしまった。
肝心なときに使え……いや、魔素の薄いなかぎりぎりまで頑張ってくれたのだろう。
常闇のモンスターが何なのかわかっただけでもありがたい。
しばらくは壺の中にでも入れて眠ってもらおう。
リベルアリナの衝撃発言は全員から言葉を失わせた。
「あわわ、あわわわ……そそ、そんなモンスターの大群、襲ってくるんすか? 今から? こ、ここ? ここに?」
スッスはギルド職員であり、現役の冒険者。モンスターの知識は人一倍持っているし、その危険性も承知。震えるほど恐ろしくなるのはわかる。
だがしかし。
クレイは驚きはしたものの、太陽の槍を地面に突き刺して鼻息荒く言い放った。
「そのようなモンスターの軍勢なぞ、オゼリフ半島で経験しておるではないか」
なんてことないように、余裕な態度を崩さないクレイ。
これはクレイの元竜騎士としての性分なんだろうな。怯えている者がいたら、騎士は自信に満ち溢れた態度を取れと教えられたらしい。
ユグルの民も怯えたまま。そんななか、一番戦力になりそうなクレイが怯えてはならない。
守る立場の者は、自信満々でいなければならないのだ。
クレイの態度にブロライトも満面の笑みを浮かべ、胸を張って声高らかに言う。
「左様! 我らは古代狼の暴走すら鎮めたのじゃぞ? それに、ドルドベアの数倍程度のモンスターじゃろう? 大したことはないのじゃ」
「ピュイピュイーッ!」
ビーまでもそうだそうだと両手を上げ、今にも飛び出してしまいそうな勢いだ。
「オーゼリフの暴走……モンスターの大群……」
クレイとブロライトの自信満々な態度にスッスは我に返ると、震えていた掌をぐっと握りしめ、震えるコポルタ族の背を撫でながら呟いた。
「そうっす……そうっすよね。おいらは今、蒼黒の団に招かれているんすよね。そうっすよ。そうっす! ランクAの冒険者が二人もいて、FBランクの素材採取家が所属するチームっすよ?」
スッスは呟きを次第に大きくすると、しっかりと立ち上がって胸を張った。
「ビーはドラゴンっす! 強いドラゴンっす! そこら辺のモンスターに怯えている場合じゃなかったっす! それに、さっきの英雄がいるじゃないっすか! おいらたち、負けないっすよ!」
まるで皆に言い聞かせるように、そして己を鼓舞するように。スッスの声はユグルの民全員の耳に届いた。
灰と黒と、紫と緑と時々黄。
これでもかという不吉な空の色に、走る稲光。
気持ちが悪くて、息苦しささえ感じる。
恐ろしい。怖い。逃げ出したい。
そんな気持ちを風で吹き飛ばすかのごとく、スッスの声は響いた。
ギルド職員として緊急時の対応など学んでいるのだろう。ギルドがある街は大なり小なりモンスター襲来時の対応ができるよう、職員を訓練していると聞く。
ベルカイムの北にあるスタヴロウ平原でのゴブリン退治のさい、ギルド職員はてきぱきと動いてくれた。冒険者ではない一般人に不安を見せず、緊張を隠しながら平時と同じ顔をしていたっけ。
なかには慌てふためくギルド職員もいたが……あのとき慌てていたネズミ獣人の彼女は、今では立派な回復要員として活躍している。
「すごいな、スッス」
怯える者たちを落ち着かせているスッスの姿に俺は感心した。
オゼリフ半島のオグル族と小人族の合同村でも彼は率先して動き、暴走した古代狼との戦いで活躍してくれた。
そして、彼は経験を積んだ冒険者でもある。俺たちが知らない一般常識はもとより、食材の豆知識、野営の心得、モンスター相手の対応策なども持っている。
何より料理の手際がいいのだ。
クレイやブロライトといった、剛腕にものを言わせて肉や魚を解体する技術はスッスにはないのだが、細かい味付けを任せられるのは何よりも助かるのだ。
とにかくやたらとたくさん食う連中の台所番は、俺一人だけだと大変で大変で。数多ある調味料を微妙な配合で使え、あまつさえ煮込み料理の煮込む時間の大切さを理解してくれるだけで、なんかもう土下座したい。
「なあビー、クレイ、ブロライト。ちょっと相談したいんだけど」
俺は思いついたことを三人に耳打ちすると、三人とも笑って頷いてくれた。
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